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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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相馬ヶ原の決戦⑨ 最終

 観戦席。

「教師を参戦させるというのは横暴じゃないですか?」

 冴香が言う。

「いいや、水や雷の魔導戦士が少ないのは集団として大きな欠陥だ。まともな戦闘を行うための措置だ」

 大神は言い切った。

「私も戦時中は雷の魔導戦士として後方から戦線を支えていた。君のように前線で力の限り暴れていただけの者には分からないだろうがね。この戦いは戦略戦術学科に不利だった。水の魔導戦士が少ないから補給が不安定の為、短期決戦しか選択肢が狭くなり、雷の魔導戦士が少ないから索敵が満足に出来ず、前線との連携に支障があった。こんな状態では湯田君もまともな指揮が取れなかった」

「それを言うなら、戦史研究学科の兵数は戦略戦術学科の半数だったのですよ。戦いにおいて数は絶対的な有利です。それを持っていた湯田大佐が負けたのは、指揮官としての能力が低いからではないですか?」

「大和准将はおかしなことを言う。湯田先生は負けていない。それに兵数が倍と言っても、命令無視を起こすような問題生徒もいる。これではまともな指揮など取れないだろ」

「生徒に命令無視をされるような器ということじゃないですか」

 冴香の言い方は刺々しかった。

「大和准将、君が一方的に湯田君を嫌っているのは知っている。だが、これ以上、彼に対して謂れのない暴言を吐くのなら、私は無視できなくなるぞ」

 冴香は「昔に比べて感情的にならないな」と自分に驚いていた。軍や政界のつまらない人間を見過ぎたか、と思ってしまう。

「それに比べて、理香ちゃんは純粋だったなぁ。こいつらの比べたら、泥水と清水」

 冴香は小声で言った。

「何か言ったかね?」

「いいえ、何も言ってません。そうですね。一つ念を押しておきます」

「なんだ?」

 大神は嫌そうな顔をする。

「教員が戦いに参加する、とした以上、教員がどんなことをしても何も言わないでくださいね」

「ふん、雷の魔導戦士のことなら、私自身よく知っている。どんなに優れた雷の魔導戦士でも、指揮する兵がいなければ、何も出来ない」

「ふーん、そう思いますか…………」

 冴香は笑った。



 戦場、戦史研究学科陣営。

「先生ももう一つ属性を持っていたりするんですか?」

 理香が尋ねる。

「いいや」と先生は返した。

「私は生粋の雷の魔導戦士だよ。もちろん、雷の魔導戦士には攻技も武器系の武技も存在しない。だけどね、私には一撃でこの戦いを終わらせる方法があるんだよ。本当はこんな反則に近いことを教師がしていいのか、考えてしまうが、先に反則をしたのは湯田先生だし、それに対してなら…………」

「パパ、早くしないと間に合わなくなるよ。『あれ』って発動まで時間がかかるんでしょ?」

 優里亜が指摘する。

「そうだってね、じゃあ、そろそろ始めるとしようか」

「始めるって何を…………」

「先輩、ちょっと静かにしてもらえませんか? パパが集中できません。他の皆さんも騒がないでください」

 みんなが優里亜の言葉に従った。

 先生は右手を前に出して、動かない。

 理香は内心で焦ってしまう。魔力を回復した戦略戦術学科がこちらに向かっている。

 理香が耐えかねて、声を出しそうになった時だった。

 先生の右手の前に光が収束し始まる。

「雷の魔導戦士の性質は魔力の制御と収束にあります」

 優里亜が小声で言う。

「戦場には両軍がぶつかり、発散された魔力の残骸が充満しています。それを集めて再利用する。《収束砲撃》の理論なら先輩も聞いたことがあるんじゃないんですか?」

「その理論なら知っているよ。大戦中に同盟・帝国、両方が独自に研究したらしいって。でも火・土・風・水・雷のバラバラの魔力を一度に制御することはいくら雷の魔導戦士でも不可能と結論づけられたはずだよ」

「ええ、普通なら不可能です。でも魔導戦士の限界を超えた存在『超越者』ならそれを可能にします」

「…………はい? ちょ、超越者って、優里亜ちゃん、本気で言っているの?」

「本気も何も事実です。まぁ、見ていてください」

 理香は信じられなかった。

 大戦中、極稀に独自能力が覚醒した者がいる。それが『超越者』である。

 その能力は絶大であり、一人で戦局を左右するほどだった。日本の超越者は『七柱英雄』が有名である。

 そんな伝説級の力の発動が目の前で起きていた。

 光の収束は次第に大きくなっていく。

 それは一人だけで制御していると思えないほど強大な魔力の塊だった。

「すごい…………」

 理香は言葉を漏らす。そして、理香がこの光を見たのは二度目だった。

 10年前、沖縄からの脱出の時、迫る敵に対して、光の束が飛んで行った。それは敵を焼き尽くした。

「なんで、今まで忘れていたんだろ。違うよね。忘れていたんじゃない。あの時は理解が追い付かなかったんだ。今でも理解が追い付かないけど…………」

 やがて、光の収束は臨界点に達する。

 先生は一度、瞳を閉じて、深呼吸をした。

 そして、声を張ることなく、平坦な口調で言った。


「超越特技《轟雷帝の一撃ごうらいていのいちげき》発射」



 直後に強烈な光が戦略戦術学科の本陣方面にめがけて飛んでいった。


 戦略戦術学科本陣。

「勝つのは私です。私が劣等生などに負けるはずがありません」

 湯田の息は異常に荒かった。生徒たちは誰も話しかけようとしない。

「えっ!?

 大林、という雷の魔導戦士が戦史研究学科から放たれた異常な量の魔力に気が付く。

「せ、先生、魔力の塊のようなものがこっちに向かってきます」

「は? なんですかそれは? いいですか、報告はもっと正確に…………」

 湯田が全てを言い終える前に戦略戦術学科の本陣を《轟雷帝の一撃ごうらいていのいちげき》が直撃した。


「これを使うと一時的に全ての魔術が使えなくなるから、困る。優里亞、どうかな?」

「戦略戦術学科の残存兵力の三割が戦闘不能だよ。その中には 湯田先生も含まれている。はい、これ、前線の人からの映像」

 映し出された映像には泡を吹いて、伸びている湯田がいた。

「し、死んでないよね?」

 理香は心配そうに言う。

「あまりに強い光の衝撃で驚いただけですよ」

と優里亜は答えた。

 理香は湯田の姿を見て「いい気味だ」、と言って笑ってやりたかったが、先生の『超越特技』の衝撃で、まだ感情表現がちぐはぐだった。

「ちょっと刺激が強すぎたかな。すなまい」

 先生は苦笑しながら、頭を掻く。

 いつもと変わらない先生の姿を見て、理香や他の生徒も安心した。

 やっと歓声が聞こえた。

 今度はそれを妨げる者はなかった。最後にイレギュラーは発生したが、勝った。

 理香たちは戦力差・兵力差をひっくり返して、戦略戦術学科に勝利した。

「よし、今度こそ胴上げ! 真境名さんと優里亞ちゃんと先生を!」

 一倉の言葉でみんなが集まる。

「ちょ、待って…………!」

 拒否は受け入れてもらえず、理香の体は高く宙に舞った。


 あれ、先生たちは!?


 先生と優里亜の親子は、生徒たちの包囲を抜け出した。遠くから拍手を送っていた。


 あの親子、逃げ足速すぎ!

 でも私がこんな風にみんなと仲良くなれると思わなかった。


 抵抗をやめて、脱力する。たまにはこういうことがあっても良いか、とみんなの好意を受け入れた。



 再び観戦席。

「これで文句なく、戦史研究学科の勝ちですね」

 冴香が宣言する。

「こんなことが…………」

 大神は真っ青だった。

「おーい、早く試合終了の合図をしてよ!」

 管理席に対して、冴香が叫んだ。

「え、あっ、はい!」

 呆然としていた審判員がやっと試合終了の鐘を鳴らした。

「さてと……………」

 冴香は立ち上がり、観戦席の最上段の端に座っていた老人に軽く会釈すると観戦席から飛び出した。

 そして、戦史研究学科陣営に向かった。

「ちょっと、ちょっと、君は大人げないな」

「冴香さん」と先生が言うと、生徒たちの注目が突然現れた英雄に向く。

「私に戦闘許可を出したのは湯田先生ですよ」

 先生は困ったように言う。

 英雄と先生が気軽に話を始めると騒ぎはさらに大きくなった。

「せ、先生、大和准将と知り合いなんですか!?」

 一倉が言う。

「うん、まぁね、冴香さん、あなたのせいで私が注目されそうです。どうするんですか?」

 先生はめんどくさそうに言う。

「まぁまぁ、なんにせよ。復帰戦を勝利で飾れたのは良いことじゃない。今後も魔導戦士の活性化に尽力してくれたまえ」

 冴香は先生の肩をポンポンと叩く。

「まったく、これは超過勤務ですよ」

「怒らない、怒らない。良いブランデーが手に入ったから、それで勘弁して」

「三割まで磨いた有名日本酒もつけてもらいましょう」

 二人のやりとりにみんなはついて行けない。

 一倉もさすがに英雄が前ではずかずかといけなかった。

「うん、分かるよ。あの英雄、大和准将と先生がこんなに親しげに話していたら、驚くよね」

 理香が一倉に話しかける。

「んっ? もしかして、真境名さん、あの二人が知り合いだって知ってた?」

「あっ…………」

 理香は目を逸らす。

「真境名さんって嘘下手だよね」

 一倉は理香の腕をガッチリと掴んだ。

「詳しく聞かせて」

 一倉は笑顔だが、掴む力は全く緩めない。

「か、勘弁してよ! 色々言えないことがあるんだって!」

「大丈夫、絶対に誰にも言わないから」

「その言い方って、絶対、いつの間に広がるやつだよね!?」

「いいからしゃべれ~~、体に聞くぞ!」

「なんで、男口調になっているの!? って、何処に手、突っ込んでるの!?」

「大丈夫、すぐに気持ちよくなるから」

「なってたまるか!」

 理香は全力で一倉の魔の手から逃げた。服が乱れ、頬が赤くなっている。

 その姿は男子生徒の視線を集めたが、そういうものに鈍感な理香はあまり気にしなかった。


「こんな試合、無効だ!」


 その声に理香はうんざりする。

 また、湯田先生だった。

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