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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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相馬ヶ原の決戦⑧

 理香たちの世代が一年生だった頃、風の魔導戦士には二人の化け物がいると同学年から言われていた。

 一人は真境名理香である。

 中等部時代に『天災』と馬鹿にされた速さを制御することが可能になり始めた理香の攻撃は常人には対応できなかった。

 そしてももう一人が円子大地(まるこだいち)だった。

 理香が速度に特化していたのに対して、円子は攻撃力と速度、どちらも優れていた。数値化した能力値では円子の方が優れていた。一対一の模擬戦でも円子の方が勝ち越していた。

 しかし、それはお互いに中級魔術以下のみを使っての模擬戦だった。自身の体に負荷がかかり、また相手に深刻なダメージを与える恐れのある上級魔術は使えたとしても、学生は使用を禁止されていた。

 しかし、それは去年までの話である。

 何度も試作されていた『競技用ユニフォーム』が完成して、魔力ダメージの完全無効果が成功したことで士官学校生の対人戦での上級魔術使用が解禁された。といっても正式に解禁されたのは9月、本当につい最近であり、全国的に見ても上級魔術の保持者同士の激突は今日が初めてだった。

 その戦いを目の当たりにした戦史研究学科の生徒たちは、理香に加勢しようかという気持ちがすぐに失せてしまった。ほとんどの生徒は理香と円子の戦いを目で追うことすらできなかった。

 上級魔術が使える風の魔導戦士の戦いは早すぎた。

 理香の《疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》と円子の《烈風の十文字槍れっぷうのじゅうもんじやり》がぶつかった瞬間、ぶつかった音が三回聞こえた。

「いったいどういうこと?」

 戦略戦術学科の金井が言う。

「どういうことも何も三度、お互いの武器がぶつかったんでしょ。私たちに見えなかっただけで」

 生方が返す。

「あの、生方さんたちは戦略戦術学科の本陣に帰らないの?」

 飯塚が申し訳なさそうに聞く。

 生方、金井、飯塚の三名は既にこの戦いから脱落している。

「戻っても怒鳴られるだけだろうし、それにこんなすごい戦いを間近で見れるのに、立ち去るのはもったいないじゃない?」

 生方は気楽な観戦気分で言った。

「でも、この戦いは長くは続かないわよ」

「どういうこと?」

「上級魔術は魔力の消費が桁違いなのよ。いくら魔力量の多いあの二人でもあんな風に全力で戦ったら、長期では戦えない。それに円子君は突撃で、真境名さんはこっちの水の魔導戦士を倒す為に使った魔力が回復しきっていないはず、お互いに相当の魔力を使った。残りの魔力は少ない」

 生方の言葉は当たっていた。

 この戦いの終わりは近かった。



「君との全力の一騎打ち。その機会を僕は願っていた。戦いが始まる前、こんなことになるとは思っていなかった! こんなに燃える戦いは初めてだ」

「奇遇だね。私もだよ!」

 二人の打ち合いは互角だった。

疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》を習得した理香は攻撃力で円子に肉薄する。

「でも、勝つのは僕だ。君は大きなミスを犯した」

「ミス?」

「君の武器は速さだ。しかし、その《疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》は疾風系の中で最遅の武技、突破力はあっても、一対一では僕の《烈風の十文字槍れっぷうのじゅもんじやり》の方が強い!」

 一進一退だった攻防は円子の優勢に変わる。

疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》で補強しているとはいえ、攻撃力では円子には敵わなかった。加えて、武技の重さで速度でも圧倒できない。

「君が集団戦の用意の為に攻撃力を上げなければいけなかったことは仕方ない。でも、もっと速度を極めるべきだったね! この勝負、僕の勝ちだ」

 円子の鋭い突きが理香の《疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》を砕いた。

 理香は距離を取った。



「あの円子先輩って言う方は相当、思い込みが激しいようですね」

「どうしたの優里亜ちゃん?」

 一倉が尋ねる。

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「円子君、これが私の最後の攻撃だよ」

 理香は笑った。

「もう君じゃ勝てないよ」

「行くよ、《疾風縮地(しっぷうしゅくち)》…………」

 その初動を円子は見失った。

「なっ!?」

 気付いた時には理香が目の前に来ていた。

「受けてみて、私の最速連続攻撃! 《疾風の脇差・双刃しっぷうのわきざし・そうは》! 《疾風連撃(しっぷうれんげき)》!」

 目撃した者の全員が何が起きたか分からなかった。

 恐らく、実践なら円子の体が細切れになっていたであろう無数の剣撃を、理香は二本の《疾風の脇差(しっぷうのわきざしで)》で行った。

 一瞬で円子の魔力の全てを削り切った。

 円子は何が起きたか分からず、身を見開いていた。理解が追い付くと微かに笑いながら、

「君と僕が互角なんて周りも、僕自身も認識が甘すぎた。真境名さん、君の完璧な勝ちだ」

と言って、その場に座り込んだ。

 この瞬間、円子たちの大攻勢は完全に失敗した。

 戦史研究学科の生徒は歓喜の声を上げた。

 円子はそれを眺める。

「何よ、だらしない」

 生方が円子に話しかける。

「ごめん、生方さんがくれた好機を無駄にした」

「別に円子君の為にしたわけじゃないし。どうせ退学になるにしても魔導戦士競技戦を途中で放棄したって言われるよりも、指揮官に逆らったっていう方がかっこいいと思ったからよ。もう私はこんな戦いどうだってよかった」

「それでもごめん、勝てなくってごめん」

 まだ、戦略戦術学科の全ての戦力が消滅したわけではなかった。

 それでも補給を絶たれ、攻撃の要である風の魔導戦士の大半を消失した戦略戦術学科にはこれ以上の戦闘継続は不可能なはずだった。

「さて、勝利の立役者、胴上げしちゃう? 胴上げいっちゃう!?」

 一倉の声で理香の周りに人が集まってきた。

「えっ、ちょっと!?」

「知ってるよ。今の戦闘でほとんどの魔力を使ったんでしょ? 今の真境名さんなら、私でも捕まえられそう。というか、捕まえた」 

 一倉は理香の腕をガッチリと掴んだ。

「い、痛いってば! こうなったら…………」

 理香が本気の抵抗をしようとした時だった。

 一倉の表情が変わる。

 理香が辺りを見ると雷の魔導戦士の表情が変わっているのが分かった。

「恐らく、湯田先生からの通信だね」と先生が言う。

「降伏宣言かな。映像通信できているけど、私、映像系は苦手なんだよね。優里亜大魔導戦士様、お願い致します」

 一倉は優里亜に対して、祈りのポーズで言う。

「私だってもうほとんど魔力がないのに…………《雷映(らいえい)》」

 湯田先生が投影される。

 しかし、様子がおかしい。頭を掻き毟ったのか、いつもきっちりしている髪型は乱れ、目は充血し、顔は脂汗にまみれていた。

 それがさらに不気味に映ったのは、湯田が笑っていたからだ。

「戦史研究学科諸君。この戦いは卑劣だ。本来、戦いというものは戦力を並べての正面決戦であるべきである」

 何を言っているんだ? とみんなが思った。

「だが、私は寛大だ。君たちに汚名を返上する機会を与えてやろう。これから私の水の魔導戦士の術でこちらの残存兵力を回復させる」

「「「はぁ!? 何言ってるんだ!?」」」

 今度はみんなが声を出した。

「正々堂々、戦おうじゃないか。結果は見えているが。せめてもの慈悲として、君たちの担任も魔力を使うことを許可しよう」

「待ってください!」

 言ったのは円子だった。

「なんですか、命令無視をした愚か者!」

 湯田は怒鳴った。目には怒りが見て取れる。

「この戦いは僕たちの負けです。戦史研究学科は半数の兵力で良く戦いました。それを認めるの教師の役割ではないですか!?」

「うるさいうるさい! 私は負けてなどいません! 確かに後衛が貧弱で、風の魔導戦士は命令無視をする問題だらけの軍団ですが、私の力量があれば勝てます! 後であなたや生方さんの責任を問うとしましょう。今は少しでも反省していればいいのです!」

 湯田からの通信は一方的に切られた。

『緊急通信! 戦略戦術学科がまた動き出した!』

 前線で偵察をしていた須田から連絡が入った。

「嘘でしょ!? 本当にやったの!? こんなの反則だよ!!」

 理香は怒りと理不尽さで叫んだ。

「これは机上論者が、机を割ったという所かな。ここまで追い込んだことには少しだけ申し訳ないと思うが…………」

 先生は気の毒そうに言う。

「先生、そんなこと言っている場合じゃないですよ! 戦略戦術学科が攻めてきます! そうだ、優里亜ちゃん、みんなの魔力を回復させて」

「私が魔力の湧き出る不思議な壺でも持っていると勘違いしていませんか? 私だってもう魔力切れですよ」

「じゃあ、どうするの!? このままじゃ理不尽な負けたかをするよ!」

 理香が慌てていると外部からの相馬ヶ原全域に向けての通達が流れて。


『皆さん、聞こえてますか? 私は学校長の大神です。湯田先生の言葉ですが…………』


 それは学校長からだった。

 理香は安心する。無茶苦茶なことを言う湯田を止めてくれると思った。


『認めることにします』


「………………は?」

 理香は耳を疑った。


『これはこの魔導戦士戦競技を立案した大和准将との協議の結果です』


 続く言葉に理香はさらに驚く。

「冴香さん、なんで!?」


『どーも、初めまして人、久しぶりの人、昨日ぶりの人、それとさっきぶりの人、私は大和冴香です。というわけで戦史研究学科の先生も力を使っていいよ。もちろん、全力でやっていいから。責任は私が持つよ』


 それを聞いた生徒たちはどよめいた。

「大和冴香?」「あの英雄の?」

 そんな声が聞こえる。

「先生が全力を出したって…………」

「なんですか? 私のパパを馬鹿にするんですか?」

 優里亜がキッと理香を睨んだ。

「そうじゃないよ。でも、雷の魔導戦士の特性は探索・通信・妨害だよ。攻技は何もない。力を使えたって…………」

「まぁ、見ていてください。この戦いはもう終わっていますから」

 優里亜は自信満々に宣言した。

「やれやれ、教員にまで競技用ユニフォームを渡したと思ったら、あの人はこういうことだったのか」

 先生は困った表情をしていた。           

出てきた魔術の補足説明。

烈風の十文字槍れっぷうのじゅうもんじやり

風の魔導戦士の上級武技。攻撃範囲と速度の均衡がとれた武器で上級魔術を扱える魔導戦士が良く採用している。肉体強化の攻技と合わせると強力。


烈風進撃(れっぷうしんげき)

風の魔導戦士の上級攻技。攻撃力と速度を上昇させる魔術。単純だが、強力で上級魔術を扱える魔導戦士が良く採用している。


疾風連撃(しっぷうれんげき)

風の魔導戦士の上級攻技。攻撃速度だけを追求した魔術。速度を極めたものが使えば、対処は非常に困難。反面、連撃終了後に反動で大きな隙が生まれる為に扱いが難しい。



雷映(らいえい)

雷の魔導戦士の中級特技。通信を映像で行うことが出来る。

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