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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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相馬ヶ原の決戦⑦

 円子たち戦略戦術学科の突撃は呆気なく失敗する。

「戦時中、日本軍が九州を奪還する為に戦っていた頃、帝国の風の魔導戦士の突撃に日本は苦戦していた。それに初めて対応したのは当時中尉だった西住さんだったんだ。あの人は円型の《土壁(どへき)》を多数設置することで風の魔導戦士の突進力を殺すことに成功したんだ。仕組みは波の勢いを殺す消波ブロックと一緒だね」

 先生の言葉だった。

 理香は先生がさらっと言った「西住さん」に反応した。

「西住さんって、あの西住中将ですか?」

「そうだね」と先生は返した。

 現在は中将まで昇進している。そして、冴香と同じ『九州奪還の七柱英雄』の一人でもある。

 知り合いだというなら、理香は詳しく話を聞きたい気持ちになるが今はそんな時間は無かった。

「《円型土壁(えんがたどへき)》の出口は決まっている。飯塚君に連絡をしてくれるかな? 戦略戦術学科の生徒たちが見えたら、一点集中砲火を行うように、と」

「分かりました」と一倉は答え、飯塚に指示を送った。

円型土壁(えんがたどへき)》の迷路から出口から出てきた戦略戦術学科の生徒に対して容赦のない集中砲火を浴びせた。

「一方的、このまま勝っちゃいそう…………」

 理香が言う。

「なんですか、勝てるのにその残念そうな声は? もしかして、最後まで一進一退の攻防を期待していましたか?」

 優里亜が指摘した。

「そういうわけじゃないけど、あの戦略戦術学科がここまで追いつめられるなんて思わなかった」

「司令官の差ですね」

 優里亜は自慢げに言った。

 円子も含めてた僅かな風の魔導戦士は辛うじて、集中砲火から抜け出すが、すでに数は7人まで減っていた。

「決まりましたね。あの程度の人数ではこちらの土の魔導戦士の戦線を抜けません」

 優里亜が断言する。

 しかし、先生は一瞬、鋭い視線になったかと思うと笑った。

「それは断言が早かったね。もう一山ありそうだよ、優里亜」

「えっ?」と優里亜はらしくない声を出した。

 異変は左翼からだった。

 戦史研究学科の左翼側面が強襲されたのだ。

「あれは生方さんだよ! 《円型土壁(えんがたどへき)》の外側から側面を狙われた!」

 一倉が報告する。

 戦史研究学科と戦略戦術学科の戦いは最後の一幕に突入する。



 生方明(うぶかためい)は初等部で天才と呼ばれた。

 早くから魔術に目覚め、他を寄せ付けない速度で成長した。

 中等部に入ると秀才と呼ばれるようになる。豊富な魔術の知識と魔力制御の精密さは中等部の域を超えていた。中等部二年まで生方より優れた魔導戦士は同学年にいなかった。

 唯一の対抗馬は男子で一番優秀と言われていた円子だったが、彼はまだ成長段階で生方に勝つのは難しかった。それでも当時の同級生は、男女二人の秀才を「双璧」と呼んで、別格視していた。

 その頃の理香はというと、自身の魔術の速さを制御することが出来ずに暴走していた。同学年の生徒たちからは『天災』と馬鹿にされていた。

 しかし、生方は自分がいずれは円子や理香に追い抜かされることを薄々感じていた。

 男子の魔導戦士としての成長期は15歳前後。

 理香は自身の強大過ぎる能力を制御できるように成れば、その成長はどこまで行くか分からない。

 それに比べて、生方はすでに『完成』していた。もうこれ以上、能力は上昇しない。そして、生方は自身が保持している魔力保有量が平均以下だということにも気が付いていた。どんな努力をしても多大な魔力を消費する上級魔術を実践レベルで使いこなすことが出来ないと分かっていた。

 高等部に入ると生方は『優秀な生徒』止まりになっていた。

 円子の意識は常に理香に向くようになる。円子の成長は予想以上で「10年に一人の天才」と呼ばれるようになっていた。

 理香も粗削りながら、成長し自身の速度の制御を出来るようになり始めていた。

「円子君に勝てるとしたら、真境名さんぐらい」

と高等部一年の頃は皆が言っていた。生方の名前が二人の対抗馬として出ることはなかった。

 それでも腐らずに生方は努力して、専門実技で学年三位を維持し続けた。凡人のトップを維持した。

 そして、今年度、理香が戦史研究学科になったことを知った時、自分が円子の隣に返り咲くことが出来るのでは、と期待した。

 しかし、現実は残酷だった。

 周りは円子を『最強』と称えて、孤高の存在にしてしまった。

 生方が惨めに思ったのは、円子の意識が同学科の成績二位の自分より、戦史研究学科に()()()理香に向いていたことだった。

 生方は自分では絶対に円子の隣に並ぶことが出来ないと知った。全てを諦めた。

「――――はずだったのに…………なんで私こんなことしているのかしら」

 生方は戦史研究学科の左翼を強襲するとそのまま戦史研究学科の中央部隊まで斬りこむ。

 生方の行う突撃は巧みだった。

「おっと、今度はこっちの方が良いわね。それにしても本当にこんな戦い方をすることになるなんて…………勝っても負けても、他の学科から笑われそうね」

 生方は守りの弱い部分を確実について、戦史研究学科の陣形を搔き乱した。

「なるほど《風迅撃戦(ふうじんげきせん)》か」

 先生は感心していた。

「《風迅撃戦(ふうじんげきせん)》って、確か冴香さんが考案した戦術ですよね」

 理香が聞く。

「そうだよ。やっていることは古代からある機動戦と変わらない。守りの強固なところを避けて、手薄なところを攻める。それを魔導戦士戦の戦いに嵌めただけだ。でも、それを運用するのは難しい。《風突(かぜとつ)》の勢いを保ったままの方向転換は瞬時の判断力と広い視野が必要だ。並の指揮官じゃできないよ。生方さんの統率力は素晴らしいね。だけど、《風迅撃戦(ふうじんげきせん)》は少ない兵力で敵陣を攪乱、突破する為に無理な運動を行っている。すぐに行動の限界点に達する。…………まぁ、生方さんはそれも計算の内なんだろうけどね」

 生方を中心に戦史研究学科を引っ掻き回した一団は最終的に飯塚たちの布陣する火の魔導戦士隊の場所へ到達した。

「みんな、《火弾(かだん)》の用意を…………」

「もう遅いわよ! みんな、相手の火の魔導戦士を一人残らず倒して!」

 生方の指示で全員が動いた。生方自身も飯塚に襲い掛かる。

「凡人の全力を見せてあげる。上級武技《空っ風の直槍(からっかぜのすやり)》!」

 生方は一撃で飯塚を貫いた。

 しかし、上級武技を使った反動で生方の魔力も尽きてしまう。

「終わったわね。たった一振りで魔力が尽きるなんて、本当に嫌になる…………」

 周りを見ると一緒に突撃した仲間も戦史研究学科の火の魔導戦士を倒すと力尽きていた。

「ここまではやったわよ。後はあなた次第ね、円子君。『十年に一人の天才』の力を見せて頂戴」

 やりきった生方の表情はすっきりしていた。



「先生大変! 飯塚君たちがやられちゃった!」

 一倉が声を上げた。

「それは一大事だね」

 先生の声は、言葉の無いように反して穏やかだった。

「その代わり、生方さんたちもやられたみたい」

「一倉さん、みんなに一斉に伝達をお願いしていいかい?」

「可能な限りやります。内容は?」

「『円子君の突撃を止めれば勝ち』と言ってくれ。さて、最後の踏ん張りどころだよ」



 一方、円子たちは生方の突撃が敵の火の魔導戦士を倒すのを確認していた。これで接近前に遠距離攻撃で殲滅される可能性は無くなった。さらに戦史研究学科の左翼から中央にかけての陣形は乱れている。突破できる可能性は大いに期待できた。

「みんな、生方さんが作ってくれた道だ。行くぞ!」

 円子は迷わず突撃を選択した。

「守れ!」「防げ!」「止めろ!」

 戦史研究学科の各員は必死になって円子たちを止めようとする。

 円子たちも同じく必死だった。ここが最後の勝機だと言うことは分かりきっていた。

 守りきれば、戦史研究学科の勝ち。

 攻め切れば、戦略戦術学科の勝ち。

 両軍の激突は中々、勝負がつかず泥沼化していく。

 戦史研究学科は戦闘開始から戦い続けての最終盤、どうしても疲労は隠せない。

 戦略戦術学科は多勢に無勢で苦戦を強いられる。

 両軍は決定打を欠いていた。

 その乱戦を抜けた者がいた。円子だった。他の全員は倒された。円子は単騎で本陣を目指す。

 しかし、その途中で歩みを止めた。

「…………君が最後に立ちはだかることは知っていたよ、真境名さん」

 円子の前に理香が単身で立ち塞がる。

「私は円子君がここまで来れたことに驚いてる」

「僕一人の力じゃないさ、生方さんやみんなのおかげでここまで来れた。だから、負けるわけにはいかない。君を全力で倒す!」

「私は戦史研究学科でやりたいことが出来た。だから、失くしたりはしない!その為にあなたを倒す!」

「「………………」」

 二人の間に静寂が流れる。

 他の戦史研究学科の生徒たちは割って入ることが出来なかった。その空間は二人だけのものになっていた。

「《疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》! 《疾風縮地(しっぷうしゅくち)》!」

「《烈風の十文字槍れっぷうのじゅうもんじやり! 《烈風速撃(れっぷうそくげき)》」

 相馬ヶ原の戦いの最後の一戦が始まった。

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