相馬ヶ原の決戦⑥
決戦前日、理香と優里亜が特訓している訓練場。
「やっと私の《水壁》を破る方法を見つけましたね」
理香は《疾風の薙刀》を顕現した。
がむしゃらに優里亜の《水壁》を破ろうとして、たどり着いた先が《疾風の薙刀》の習得だった。
「これがこの特訓の目的だったの?」
「先輩の戦闘能力はとても高いです。一対一の戦いなら、学生の中で最強クラスでしょう。でも突破力に欠けていました。今回の戦いの集団戦は必ずこちらの方が少ないです。だから、多少粗っぽくなっても一人で多数を相手に出来る戦力が欲しい、とパパが言っていました。だから、私は先輩に対して、突破させることだけを考えられるようにしたのです」
「でも、元々、水の魔導戦士が扱う守技は風の魔導戦士の攻撃には弱いよね? 実戦ではたぶん土の魔導戦士が立ち塞がる。大丈夫かな?」
「安心してください。私の《水壁》はその辺の土の魔導戦士の守技より防御力が高いですよ。信じられませんか?」
「ううん、信じる。先生は優里亜ちゃんを信じて、私の特訓に優里亜ちゃんを指名した。私は先生を信じてる。だから、先生が信じてる優里亜ちゃんも信じる」
「パパのことを信じてくれてありがとうございます。阿婆擦れ先輩」
理香の眉毛がピクリと動いた。
「優里亜ちゃん、私はもう君の守技を突破できるんだよ」
理香は《疾風の薙刀》を構えた。
「どうでしょうか? 一回ならマグレかもしれませんよ」
優里亜は《多重水壁》を展開する。
「もう一回やってやる!」
「いいですね。その意気ですよ。残りの時間は《疾風の薙刀》をきちんと扱えるように練習ですね」
優里亜は涼しい顔をで言う。
結局、理香の攻撃が優里亜に届いたのは最初の一回だけだった。
「もう九時過ぎですか。今日はこの辺までですね」
「もう一回!」
理香は悔しそうに言う。
「馬鹿ですか。本番は明日ですよ。これ以上は明日に響きます」
「別に私は…………」
「私のことを言っているんです」
言われて、理香は優里亜の顔を注視した。あまり感情を表に出さないので、気付きにくかったが、疲労の色が見えた。
「《疾風の薙刀》は魔力消費が激しいです。そのせいで私があなたを回復するペースが二倍だったんですよ。それに先輩の猛攻を防ぐのはとても神経を使いました」
優里亜はその場に座り込んだ。
「ごめん」
「そこはありがとう、でいいですよ」
「うん、ありがとう。でも、優里亜ちゃんは本当に大丈夫?」
「大丈夫です。私は魔力の回復も早いですから明日には回復しています。決戦は午後からですし、余裕です」
「優里亜ちゃん、明日は頑張ろうね」
「別には私は戦史研究学科のことなんて正直どうでも良いですけど」
「ここにきて、そんなこと言わないでよ!? 確かに優里亜ちゃんなら特技学科でトップに成れるだろうけど…………」
「でもパパを敗軍の将にするわけにはいきません。だから、私も本気で勝ちに行きますよ」
優里亜の言葉を聞いて、目的が同じなら動機は何でも良いや、と理香は思った。
戦史研究学科本陣。
「帰ったよ。本当に疲れた!」
理香が本陣に帰還した時、魔力をほとんど使い切っていた。
「お帰り」と先生が言う。
「私以外は脱落しました。ごめんなさい」
「君が謝るようなことはないよ。これは私の考えた作戦だ。責任は私にある。君だけでも帰って来てくれたことはありがたい。すぐに魔力回復をしてもらっていいかな? もしかしたら、もう一回、君の力が必要になるかもしれない」
「えっ? もしかして、主力が突破されましたか!?」
理香は焦って聞き直すが、先生は落ち着いて続ける。
「いいや、あっちは優里亜を向かわせたからもう大丈夫だよ。僕が警戒しているのは円子君と生方さんだよ」
「円子君と生方さんですか? …………分かりました。少しだけ休みます」
戦闘開始から二時間半が経過した頃、戦局は大きく動いた。戦史研究学科主力部隊を押してた戦略戦術学科の中央部隊はつい行動の限界を迎えて敗走を始める。
正面の脅威がなくなった戦史研究学科主力部隊は続いて、戦略戦術学科右翼部隊に攻撃を仕掛けた。戦史研究学科の主力と別動隊に挟まれる形になった戦略戦術学科の右翼部隊は逃げることも出来ずに壊滅した。
『先生、こっちの戦闘は終わりました』
飯塚から通信が入る。
「あ疲れ様」
『追撃しますか?』
「いいや、追わなくていい。もう戦う力は残っていないだろうから。それよりも急いで本陣に戻ってくれないかい?」
『戦略戦術学科に何かの動きがありましたか?』
「今のところないよ。でも勝つこと考えるとしたら、最後に選択する行動は決まっているからね。たぶん円子君ならこの本陣を狙ってくるだろうね」
『分かりました。帰還します』
こうして、主戦場での戦いは終結する。
「さて、出来れば楽をして勝ちたいのだけど、どうなることやら」
先生は頭を掻きながら言う。生徒たちはその姿を見ると妙に安心できた。
主戦場での戦闘終了時点で戦略戦術学科の戦力は戦線離脱か魔力枯渇で三分の二が消失していた。
残っているのは本陣の土の魔導戦士と円子・生方のところに居る魔導戦士だけだった。
「早く戻ったら、優秀な先生がお持ちなんでしょ?」
生方は言う。
「戻らない」と円子は返した。
「この中で僕と一緒に戦史研究学科の本陣に攻め込んでくれる者はいないか!? 全責任は僕がとるから」
円子が声を張った。
「円子君、馬鹿なの? それは完全な命令違反、あなた、さっき自分でこの戦いは軍の上層部の耳に入るって言ってたわよね? そんなことをしたら…………」
「こんな間違った命令に従ったら、僕は駄目になる! これが戦場なら死ぬと分かっている愚策に従うなんてごめんだ。僕は死ぬために軍人に成りたいわけじゃない。弱い人を守るために軍人に成りたいんだ! 命令を無視してでも民間人を守ろうとしてした大和准将のような人に僕はなりたいんだ!」
円子は別に冴香に媚を売るつもりで言ったわけではない。そもそも円子を含めた生徒全員が冴香が観戦席にいることは知らなかった。冴香が来ることは学校長の大神ですら知らなかった。
「何熱くなっているのよ? これはただの競技、模擬戦よ」
「でもここで引いたら、僕はこれからも人の顔色を見ながら生きることになると思う」
「下手したら退学になるかもしれないのよ」
生方が言うと、円子は笑った。
「たかが退学になるだけ、なんでしょ?」
結局、円子に三分の二の風の魔導戦士が着いていった。
「生方さん…………」
残った風の魔導戦士、金井が言う。他にも数名が生方と周りにいた。
「何、金井さん? 円子君に付いていかなかったなら、本陣に戻ったら良いじゃない」
「ううん、私は、私たちは生方さんと一緒にいる。だって、生方さんはいつもみんなに優しくしてくれるから、私たちは生方さんのところに居る」
「私が優しいですって? それは勘違いよ。私はみんなにいい顔をして、内申点を稼いでいただけ。どーせ、実力じゃ、円子君には勝てないから」
「だとしても、生方さんが優しかったのは事実だよ。私は生方さんと一緒にいたいな」
生方は何も言い返さなかった。仰向けに倒れる。
「私と金井さんって友達なの?」
「少なくても私はそう思ってる」
「そうなんだ。私、早いうちから魔力に目覚めて、それからは魔導戦士になる為だけに時間を使ってた。友達なんて作る暇ないと思ってたのに…………そっか、いつの間にか友達、出来てたんだ。…………空が青いわね。今まで死に物狂いで学年三位なんてくだらないものに固執して、空を見上げる余裕なんて無かった………………はぁ~~~~、いい? 私は円子君みたいに『全責任を取る』なんて言えないわよ。付いて来るなら、自分の判断で私に付いて来てよね」
生方は立ち上がる。
全員が生方に付いていく。
円子たちは何も障害なく、敵陣地の奥深くまで進軍で来た。
しかし、それを喜ぶことはなかった。それどころか早い段階で接敵を望んでいた。
円子たちの中に雷の魔導戦士はいない。よって、索敵は目視になっていた。戦史研究学科の奇襲に備えて、常に武技を発動しているので魔力が減っていく。
戦史研究学科は円子たちの動きに気付いていなかったわけではない。戦史研究学科は雷の魔導戦士を戦場に分散配置していたので、すでに捕捉していた。そして、万全の迎撃態勢を作り出す。
円子たちが戦史研究学科の本陣に近づいた頃、円子たちはやっと戦略戦術学科と接敵する。
「円子君、どうする?」
「どうするも何も突撃しかないよ。全員、武技は《風槍》、攻技は《風突》の用意を」
円子たちは最後の突撃の準備をする。
戦史研究学科は既に布陣を終えて、待ち構える。
全ての土・火の魔導戦士を投入。さらに可能な限りの水の魔導戦士も前線に配置して、随時魔力の補給が出来るようにする。
主力に合流していた優里亜や本陣にいた一倉も合流した。
誰もがこれが最後の攻防になると確信する。
「相手の中に円子君もいるみたい」
一倉が言う。
「円子君は私が絶対に止めるよ」
理香が返した。
戦史研究学科は円子の部隊に対して横陣で展開していた。
対して、円子たちは凸形を選択した。
「いいか、相手の火の魔導戦士が遠距離攻撃をしてきても立ち止まるな! 一人でも多く敵陣を突破しろ! 突破した者はそのまま本陣を目指せ! 誰がやられても絶対に立ち止まるな!」
「おぉぉぉ!」ということが上がる。
円子が手を上げる。
一瞬の静寂があった。
「突撃!」
円子の声で全員が《風突》による突撃を開始する。
しかし、すぐに異変に気が付いた。無数の障害物が円子たちの前に現れた。
「しまった! 《雷幻》を使って、《円型土壁》を隠していたのか!」
円子たちはそれを避けるしかなかった。突撃の勢いはすぐに失われてしまう。