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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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季節外れの赴任教師

 1955年、7月、理香十六才、士官学校高等部二年。

「1935年に勃発した世界大戦は15年間続きました。日本国も連合軍の一員として、帝国と戦いました」

 理香は、戦史の授業を退屈そうに聞いていた。

「真境名さん、暇そうですね。なら、この戦争と前時代の戦争の決定的な違いを説明して頂きましょうか?」

 戦史学と戦略戦術論を兼任する教員の湯田が言う。

 理香は立って、一度咳払いをした。

「この戦争が前時代と違ったのは『魔力』の力を運用した世界初の魔導戦士戦争だったことです。各国が後れを取ったのはこの点で、魔力に対し、通常兵器で対抗するという愚行を行いました。それは紀元前の装備で、火器を装備した軍隊に対し、平地で真っ正面から挑むほどの愚行でした。結果、帝国は世界の半分を占領する快進撃をします。魔導戦士の研究が進むまで二年間は、戦争などというものでは無く、只の蹂躙でした。戦況が変わったのは、1940年です。西洋では、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・ソビエトの五強国連合が反転攻勢を敢行。日本は下関の戦いで初めて帝国に勝利し、勢いに乗り、九州奪還戦を行い、成功します。その後、沖縄に進軍し、この時、活躍したのが第13特別攻撃部隊と…………」

「もういいです。座りなさい」

 湯田先生は冷たい口調で、理香に着席するように言う。

「真境名さん、私は戦争の違いを説明してください、と言ったんですよ。亡き故郷のことを語りたいのは分かりますが、そんなことまで言わなくて良いのですよ」

 理香の態度が悪いのか、それとも余所者だからなのか、湯田の口調は尖っていた。

「すいませんでした」

 ぶっきらぼうに言う。

 理香はこの教員が嫌いだった。戦史の勉強も嫌いだった。


 なんで私は戦史研究学科になんているのだろうか?

 何で戦術戦略学科の試験に落ちたのだろうか?


と考える。一年生の時は全員が共通の学科だが、二年生からは適性のある学科ごとに振り分けが行われる。一年時の成績が良かった理香は当然、成績優秀者が在籍する『戦略戦術学科』に振り分けられると思っていた。

 しかし、結果は落第候補の劣等生が半数も在籍する『戦史研究学科』への振り分けだった。

 理香は何かの間違いだと思い、学校側に確認したが、返ってきた答えは「間違いない」というものだった。

 今日も退屈な授業が終わって、帰宅する。といっても家は無かった。寮である。

「ただいま母さん、父さん」

 理香は二人の遺影に手を合わせて、簡単な食事をした。

 残りの時間は、戦術戦略論の勉強と魔術実践の特訓に当てた。

 理香には選択肢がない。身寄りがない。財産もない。そんな理香がまともな教育を受ける代わりに課せられたのは、国への奉仕だった。

 理香には魔導戦士の才能があった。だから、士官学校にも入れたし、衣食住には困っていない。初めは生きるために軍人としての道を歩んだけど、今は違った。故郷を奪還するために軍人になりたい。理香はそう思うようになった。

 来年、学科変更の編入試験がある。

 今度こそ、戦術戦略学科に入ると心に決めていた。



 次の日、理香は登校するといきなり職員室へ呼び出された。

「今日、戦史研究学科に新任の教員が来ます。これでやっと戦史研究学科から解放されます」

 前任の戦史研究学科の教員が急病のために辞職し、湯田が仕方なく戦史研究学科を受け持っていた。この湯田という男は落ちこぼれである戦史研究学科の生徒を見下していた。

「休み時間に学内を案内してあげなさい。学級委員の役目です」

 湯田は目を合わせずに言う。

 理香は、内申点の足しになれば、と学級委員をしていた。

 消極的な生徒の多い戦史研究学科で学級委員をやりたがる生徒はいなかったの、学級委員になるのは簡単だった。

「分かりました。で、その先生は?」

「それがまだ来ていない。遅刻かもしれません」

「はい?」

 赴任初日に遅刻、理香は不信に思う。

「経歴とか写真とか分かりませんか? 予め知っておいた方が、対応しやすいので」

 教師はファイルを渡した。

 名前は田中一郎。

 男、顔は間抜け美形といった感じだ。

 それになんだか偽名っぽい。

「…………先生、二点良いですか?」

「なんですか?」

「編入前の履歴がないのですけど?」

「私もそれ以上は知らされていません。まぁ、この時期に補強される教師なんてろくでもないんでしょうね。まして、戦史なんて担当する教員など落ちこぼれでしょう」

 湯田は馬鹿にしたように言う。

 理香は直感で面倒くさいことが起きる気がした。



「いや~~、私は朝に弱くてね」

 田中先生が来たのは、朝のHRギリギリだった。

 髪の毛はボサボサで服は皺だらけでだらしない。

 HRで簡単な自己紹介をしてから、午前の授業を行う。

 そして、お昼の休憩の時、私は気が進まなかったが、学校案内をすることにした。

「図書室はどこかな?」

 田中先生はそんなことを言った。

 理香はイライラする。

 考えておいた案内ルートに黙って従ってほしかった。

「…………こっちですよ」

 理香は不愛想に言う。

「ありがとう。君はみんなと話したりしないのかい?」

「どうも本土の方とは話が合わないみたいですから」

 理香は学科内で孤立していた。去年まで少しは友人もいたつもりだったが、理香が落ちこぼれ学科に決まるとほとんどの人が理香から離れていった。その程度の友人だった。

「そうかい。私で良ければ、いつでも話し相手になるから、声をかけてくれてかまわないよ」

「結構です」と冷たく言い捨てる。

「私に近づこうとしても無駄ですよ。色恋沙汰には興味ありませんから」

「自分の娘と同じくらいの、しかも生徒に手を出す気にはならないよ」

「……………………」

 理香は田中先生の「娘」という所に反応した。

 しかし、先ほど対話を拒絶した手前、聞こうとはしなかった。

「ここが図書室です」

「うん、ありがとう」

 先生は図書室に入る。

「ちょっと、ほかのところも案内したんですけど?」

「私は図書室の場所が分かれば、いいよ。本さえ読めれば、いいからね」

 この人はなんだ、と理香は思う。それは好意ではなく、十割の嫌悪からだった。

 教員に見えない。軍人にも見えない。

「先生は何者ですか? たぶん、普通じゃないですよね? どうしてここに来たんですか?」

 理香は堪らず聞いてしまった。

「まぁ、色々あってね。ここに来たのは士官学校は働きながら歴史の関わることが出来るからだよ」

 理香はイライラは増す。

「なら、あとは好きにしてください」

「君もどうだい?」

「結構です」

「本は良いよ。人類最強の武器だ」

「人類最強の武器?」

「そう、本、紙とペンこそが人類最強の武器だ」

「紙とペンじゃ、敵は倒せませんよ」

「敵を倒すことだけが勝つことじゃないさ」

「あなたは何も知らないんですね」

「何がだい?」

「私、沖縄の収容所にいたんです。最悪で、いつ殺される分からない場所。私と一緒にいた子たちはみんな死にました。私も殺さると思っていた。あそこから救い出してくれた兵士さんだった。人を救えるのは紙とペンじゃない。力です。そして、今の時代の力は魔力です」

「なるほど、そういう考えもあるね。でも、君は殺す相手にも家族が、人生があると考えたことがあるかい?」

「それは…………」

「ないよね? そもそも、君は『殺す』ではなく、『倒す』と言った。その一点だけとっても戦争を直視していなんじゃないのかい?」

「先生には戦争が分かっているんですか? 年齢的にはあの戦争に参戦していてもおかしくなかったですよね? 先生の経歴が白紙なのも、名前が『田中一郎』なんてあからさまな偽名なのも怪しいです。あなたは何者ですか?」

 理香はムキになっていた。正論では勝てないと分かって、答えにくいであろう部分を突いた。理香は自分に嫌悪する。相手の弱いところを攻めるなんて卑怯だと思ってしまう。

「戦争は時間と人材の無駄使いだ。だから、なるべくならやってはならない」

 先生は理香の質問には答えなかった。露骨に拒否した。

「やってはならない? 日本はまだ沖縄を奪還できていないんですよ!? もう十年。日本は立ち直りました。もう一度、帝国と戦うべきです。沖縄を奪還、いえ、帝政に苦しむ帝国の国民を開放するための聖戦を行うべきです!」

「確かに沖縄を奪還することは重要だ。しかし、戦争だけが手段ではないよ。話し合いで済むかもしれない」

「話し合い? それが通用する相手だと思いますか? 帝国の奴らに人道なんてない畜生なんですよ! 私たちが正義で、帝国が悪なんです!」

「正義と悪、なんて単純なもので戦争ができれば楽なんだけどね。戦争とは主張の違いから起きることだから正義も悪も存在しないよ」

「あなたは日本国の軍人にあるまじき思考を持っていますね」

「この国は自由思想が認められているはずだよ? だから、私はこの国のために…………やれやれ、話をしていたら、休み時間が終わりそうだ。本を読むのは放課後にするとしようか。君も次の授業の準備をした方がいいよ。図書室までの案内、ありがとう」

 先生は図書室から出ていく。

「何のあいつ!」

 まだ図書室に残っていた数名の視線が集中するのを感じたが、気にならなかった。

 追いかけて、もっと言いたいことがあったが、授業に遅れるわけにはいかない。

 理香は一度、先生のことを忘れることにした。

 そして、一つの問題を思い出す。

「最悪だ…………」

 図書室から戦史研究学科の教室までの最短通路には、士官学校のエリートが在籍する『戦略戦術学科』の廊下を通らないといけない。理香は出来れば、ここを通りたくなかったが、遠回りしている時間は無い。仕方なく、戦略戦術学科の前の廊下を通る。

 その途中で戦略戦術学科在籍の女生徒数名が廊下の真ん中に陣取り、理香の行く手を塞いだ。

 理香が無言で脇から抜けようとすると今度は足を使って、道を塞いだ。

 理香はわざとらしく大きなため息をつき、「どいてくれないかな?」と言う。

 それに対して、女生徒たちは馬鹿にしたように笑う。

「どきませ~~ん。あんた、自分の身分が分かってないの?」

「身分?」

「戦史研究学科なんて学校の落ちこぼれ、底辺! そんな劣等生が、将来の将官候補生と同じ場所にいていいわけないでしょ?」

 女生徒の一人が理香の髪を掴もうと手を伸ばした。

 反撃することは簡単だった。

 しかし、反撃すれば、どうなるか、知っている。

 理香は四月に同じような状況で相手の腕を掴んだことがあった。非は相手にあったはずなのに後日、理香には一週間の停学が告げられ、絡んできた戦略戦術学科の生徒はお咎めなしだった。

 それ以降は戦略戦術学科との接触をなるべく避けていた。それにただでさえ、理香は自分が戦略戦術学科から目の敵にされているのを知っていた。

「捕まえた」

 理香の髪を引っ張る。

「ねぇ、何か言うことがあるんじゃない?」

 女生徒の口調は理香を馬鹿にしていた。

「あなた、中間試験の順位、何位だったの?」と理香が言う。

「はい?」

「だから、中間試験の成績だよ。筆記でも、共通実技、あ、それから私と属性が同じなら属性実技、どれでも良いよ? 底辺の私を馬鹿にするってことはどれか一つくらい、私よりいいんでしょ?」

 今度は理香が女生徒を馬鹿にする。

 理香はこの女生徒とのことなんて名前も知らなかった。それでも自分より成績が悪いことは知っていた。だって、理香は筆記で入学からずっと学年一位、共通実技は今回は学年三位で今までは二位か三位、専門実技はずっと学年二位。自分より成績が良いのが誰かも確認しているし、目の前の女生徒は違う。

 これが戦略戦術学科の生徒から目の敵にされている理由だった。自分たちより成績のいい劣等生がいることが腹立たしかった。

 馬鹿にされた女生徒は顔を真っ赤にした。

「こいつ!」

 あー殴る気だなぁ、と理香は衝撃に備え、歯を食いしばった。

「やめないか!」

 その一言で女生徒は動作を停止する。

「円子君…………!」

 女生徒の顔から血の気が引いた。

 理香の髪を掴んでいた手を放す。

「いったいなんのお騒ぎだ!?」

 円子と呼ばれた生徒は渦中の理香たちを見る。

「この『戦研』の女が私に絡んできたの! とても怖かった…………」

 先ほどまで理香の髪を掴んでいた女生徒は怯えたふりをする。

「ここを通ろうとしたら、劣等生が同じ所にいるな、って絡まれた」

 理香は乱れた髪を直しながら、淡々と言う。

「でたらめよ!」と女生徒が甲高い声で言う。

「落ち着いて、で、真境名さんはなんて絡んできたの?」

 円子は女生徒に視線を向ける。

「そ、それは…………」

 女生徒は即答できなかった。咄嗟に嘘を言うだけの応用が利かなかった。

「答えられないの? それに僕には君が一方的に真境名さんの髪を掴んでいるように見えたけど?」

 女生徒はそれ以上、反論が出来なかった。

「ごめん、真境名さん、また嫌な思いをさせてしまったね」

 円子は頭を下げる。

「いいよ、それより、また私なんかを庇って大丈夫?」

 理香はこの円子という男子生徒をよく知っていた。いつも庇ってくれるから…………ではなく、理香が唯一、入学から一度も実技で勝ったことがない生徒だからだ。

「僕は誰にでも平等でいたいと思っている」

 円子は本気でそう答える。理香など他の学科の生徒の味方をしても、のけ者にされることが無いほど人気が高い。成績と人格でそれを成立させている。

「素直にありがと、って、言っておくよ」

「来年は一緒の学科になれることを楽しみにしているよ。友人として、ライバルとして」

 ライバル、というのは認めるが、友人というのは怪しいと理香は思った。

 同じ学級委員なので顔を合わせることは多いが、友人と言えるほど近い存在になった覚えはなかった。

「じゃあ、授業に遅れたくないから行くね」

 去り際に理香は絡んできた女生徒と目が合った。理香を睨みつけていたが、何の感情もわかなかった。

 授業にはなんとか間に合った。

「真境名さん、早くしなよ。もう授業が始まるよ」

 今日に朝、遅刻しそうになった先生がそんなことを言う。

 理香は怒りが込み上げてくる。

「すいません」と不愛想に言って、席に着いた。

 こんな先生がクラスから受け入れられるわけがない。みんなから嫌われるはずだ。

 そんなことを理香は思ったが、その予想は大きく外れた。

 二週間後、先生はクラスに馴染んでいた。

 歴史の勉強がしたいと言うだけあって、その知識量はとんでもなかった。元々、戦史研究学科は歴史好きが半分である。残りの半数は他の学科から弾かれた落ちこぼれ。

「歴史好きに世代の違いは関係ないということかな」

 というわけで、このクラスのぼっちは引き続き、理香一人である。

「まぁ、それは良いんだけど…………」

 理香は気に食わないことがあった。

 学期末の筆記テストで初めて全教科百点を逃した。

「戦史98点…………」

 張り出された点数表にはそう書いてあった。

 間違えた一問は教科書にない問題だった。恐らく、先生が授業中に言ったことだったのだろう。

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