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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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相馬ヶ原の決戦⑤

「この戦いは勝ちましたね」

 湯田が言う。

「しかし、戦史研究学科の二人が言っていたことが気になります」

 円子が指摘した。

「あんなのものは負け惜しみですよ。真境名さんの能力に頼った博打を仕掛けただけです」

「だと、良いんですが…………」

 円子の気持ちは晴れなかった。

 戦史研究学科の動きは予定通りだった気がしたのである。

「先生、前線から伝令が来てます」

 一人の生徒が入ってきた。

「そろそろ、来る頃だと思っていましたよ。戦史研究学科を殲滅しましたか?」

 湯田の表情は緩み切っていた。

「いえ、違います。いつになったら補給部隊は到着するのかということでした」

「補給が……………あっ!」

 それを聞いた瞬間、円子は目を見開いた。戦史研究学科の行動の全ての意味が脳内で繋がった。

「補給ならもう送りましたよ。行き違いじゃないですか?」

 湯田は何が起きたか分かっていなかった。

「こんなところに居る場合じゃありません! 早く生方さんの救援に行くべきです!」

 円子は声を張った。

「急になんですか?」

 円子は《三次元地形図》の前に立ち、

「もし、真境名さんたちが右翼を突破し、ここに来たとすれば、現れるのは2、3時方向のはずです。しかし、実際は10時方向から現れた。これがどんなことを意味しているか。まだ分かりませんか!?」

「なんですか、その言い方は? 生意気ですね。単に索敵が出来ていなかっただけですよ」

「真境名さんたちはこちらの中央・右翼部隊と本陣の間を駆け抜けて来たのです。こちらの水の魔導戦士を倒しながら」

 ここまで言われて、湯田はやっと事の重大さに気付いた。

 本陣の被害は3人、その全てが水の魔導戦士だった。もし、中央と右翼の部隊に送った水の魔導戦士がすでに倒されているとしたら、水の魔導戦士の残りは本陣に1人と生方の部隊に2人だけになってしまう。

 水の魔導戦士がやられれば、魔力補給が出来なくなる。

「先生、僕らを、風の魔導戦士を生方さんの救援に向かわせてください! それから小菅さん(水の魔導戦士)をすぐに中央部隊に護衛付きで向かわせてください! 戦史研究学科の主力を中央部隊が抑えていてくれれば、僕と生方さんで戦史研究学科の本陣に攻め込みます」

 円子の判断は的確だった。

 もし、円子の作戦を湯田が採用していたら、まだ勝てたかもしれない。

「生方さんへの救援だけは認めます。ですが、小菅さんは前線に送ることは出来ません。そんなことすれば、この本陣の機能が低下してしまいます」

「では、僕たちの敵本陣突撃を認めてください」

「駄目です! そんな博打みたいな戦い方は愚か者がすることです。それで負けたら、私の顔に泥を塗ることになるんですよ!」

「もうそんなこと言っている場合じゃないんですよ!? 今動かなかったら、負けます!」

「黙りなさい! 生徒は教師に従っていればいいんです!」

 湯田は目を見開き、息が荒くなり、額に脂汗が浮かんでいた。

 この人にはもう正常な判断ができない、と円子は諦めた。

「…………そうですか、分かりました。僕たちは生方さんの救援に向かいます」

 しかし、今から行っても間に合わない、と円子は薄々分かっていた。

「真境名さんなら、こっちの水の魔導戦士を二人くらい簡単に倒してしまうだろうな…………」



「はぁ…………ついに私たちだけになってしまったわね、真境名さん」

 理香は星野と合流していた。

「悲壮感出さないでよ。ここまでは作戦通りなんだから」

「あはは、そうだね。じゃあ、最後の仕上げといこうかな。私が相手の注意を引くから、その間にパパっとやっちゃって」

「…………うん、分かった」

 理香は申し訳なさそうな表情になる。

「そんな顔しないで。真境名さんがいなかったら、戦略戦術学科を追い込めなかった。十分楽しめたよ。それに私たちは『伊達と酔狂』で戦ってるの』

「『伊達と酔狂』? なにそれ??」

「そっか、真境名さんはいなかったから、知らないよね。この戦いに勝ったら、教えてあげる。じゃあ、そろそろ、行動を開始するよ」

 二人は再び別行動を取った。



 生方はまだ本陣のことを知らなかった。

 もし、知っていたら、水の魔導戦士を死守することも出来たかもしれないが、今の生方の第一目標にあったのは「真境名さんを倒す」ということだった。

「生方さん、あれ!」

 生方部隊の後方に集団が出現する。

「慌てないで、あれは陽動。さっきと同じ手は食わないわ」

 陣形を横に展開して。必ずどこかに本物がいるはずだから」

 両翼が素早く展開する。

「いた!」

 最も左にいた金井が声を上げた。

 全員の意識がそちらに向く。

「どーも、戦略戦術学科の皆さーん、元気ですか?」

 星野が笑顔で手を振る。

「こっちが囮!? ってことはまさか…………!?」

 生方は星野が作り出した《雷幻(らいげん)》に視線を向けた。

「私はこっちだよ!」

 理香は星野が作った《雷幻(らいげん)》の中から飛び出した。

「しまった。真境名さんをとめて!」

「もう遅い! 《疾風縮地(しっぷうしゅくち)》、《疾風の脇差しっぷうのわきざし》」

 理香は二人の土の魔導戦士を突破して、水の魔導戦士を倒してしまった。

 一瞬の出来事で誰も理香を止めることは出来なかった。

「あれが真境名さんの全力…………あんなの疾風そのものじゃない…………」

 あっという間に二人の水の魔導戦士を倒して、理香は戦場から去って行った。

「ごめん、生方さん」

 理香の突破を許してしまった石坂と藤井が謝る。

「あれはしょうがないわ。それに試合終了の知らせが鳴らないということは真境名さんたちの奇襲は失敗したってことでしょ。なら、戦史研究学科はもう勝てない」

 生方は理香に見向きもされなかった悔しさをその言葉で紛らわした。

 直後、円子たちが到着する。

「生方さん、真境名さんは来たかい!?」

「どうしたの随分と慌てて? 来たわよ。ごめんなさい。突破されてしまったわ」

「被害は?」

「えっ? 被害は水の魔導戦士が二人やられただけで、前衛は無傷よ」

 それを聞いた瞬間、救援に来た円子たちの表情の曇った。

「どうしたの? 真境名さんの本陣奇襲は失敗したんでしょ?」

「いや、成功したよ。真境名さんは本陣の3人、中央・右翼部隊に向かった5人、それからここにいた2人の水の魔導戦士を倒したよ。こっちにいる水の魔導戦士はもう小菅さん一人だけになった。前線はもうすぐ行動の限界点に達すると思う」

 それを聞いた時、生方は理香たちの狙いを理解した。そして、心の底から悔しくなった。

「真境名さんは私のことを全く見ていなかった………………敵とも、障害とも認識されていなかった」

 自分が何かに対して、ここまで悔しがることが()()出来るのだと自覚した。

「で、これからどうするのよ? 補給は断たれ、出来ることは限られているわ。もう敵の本陣に突撃する賭けに出るしかないんじゃない?」

 生方は円子と同じ結論に達した。

 円子は首を横に振る。

「それは僕も提案した。でも、駄目だって言われたよ」

「は? なんで?」

「失敗した時に先生の顔に泥を塗る、ことになるから、らしいよ」

 聞いた生方は言葉が出なかった。

 それは全員が同じだった。全員の戦意を失われていく。

「あは、あははははは!」

 突然、生方は狂ったように笑い始めた。生方がこんな風に笑うと所を誰も見たことが無かった。全員が驚く。

「生方さん?」と円子が声をかける。

「もう全部が馬鹿馬鹿しいわ」

 生方は地面に座り込んだ。切れてしまった。何もかもがどうでもよくなった。

「だってそうでしょ? 自分のことしか考えない指揮官の為に戦いなんてごめんよ。戦場でこんなこと言ったら、殺されるかもしれないけど、これは競技で、私たちは学生」

「この戦いは軍の上層部に報告されるはずだよ。途中で投げ出したら、あとでまずいことになるよ」

「だから何? せいぜい、退学になるくらいでしょ? いいわよ、別に。どうせ私なんて才能が無いもの。あなたや真境名さんみたいな化け物になんて絶対なれない。ちょうどいいわ。士官学校なんてやめてやる」

「本気で言っているのかい?」

「冗談で言っているように聞こえるかしら?」

 円子と生方が言い合いをしていると

「円子君、先生がいったん戻るように言ってる」

と今来たばかりの永井が申し訳なさそうに言う。

「先生には何か打開策はありそうだったかい?」

 円子が尋ねる。

 永井は首を横に振った。

「ううん、非常識だ、とか、元々後衛が不安定だったのが悪い、とか前衛が苦戦しなければ、とかブツブツ言ってる」

 円子は何も言えなかった。

「この勝負決まったわね。明日から私たちは戦史研究学科(劣等生)に倍の兵力で挑んで負けた、って馬鹿にされるのよ。素敵じゃない」

 生方がヒステリー気味に言った。

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