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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
18/25

相馬ヶ原の決戦④

 戦略戦術学科本陣。

「先生、前線から補給を求める伝令が来ました」

 戦闘開始からすでに二時間が経過していた。

 戦略戦術学科は前線に水の魔導戦士を配置していないので、行動の限界点が近かった。

「中央部隊に3名、右翼部隊に2名の水の魔導戦士を送りなさい。まったく後方部隊が貧弱だと戦いに苦労します」

 とは言っているが、湯田は落ち着きを取り戻していた。

 戦闘は戦略戦術学科の有利に傾き始めている。

 戦史研究学科の別動隊は戦略戦術学科の右翼の侵攻を遅らせることは出来たが、それでも完全に食い止めることは出来なかった。

 ついに戦史研究学科の主力は半包囲されてしまった。

 包囲された戦史研究学科の生徒たちは、

「ありゃりゃ、これは詰んだかな」

「やべー、あっちもこっちもも敵ばかりだ」

と口々に漏らした。それでも絶望はしていなかった。寧ろ、その声は陽気だった。

 戦う前からすでに苦戦することは覚悟していた。それなのに初戦を制し、その後も善戦していると言っていい内容だった。

 戦史研究学科の生徒たちは『伊達と酔狂』を合言葉に徹底抗戦する。

「飯塚君、また敵が攻勢に出るよ」

「《火弾(かだん)》、行くよ。みんなの残りの魔力も少ないから、丁寧に正確にね」

 飯塚の指示で行われた《火弾(かだん)》の一斉掃射は回数を繰り返す毎に精度を増していた。

「飯塚君なら、戦史研究学科が無くなっても砲術学科に問題なく、入れそうだね」

「ありがとう、でも、僕はもう一年、この仲間と一緒に卒業したいかな」

 すると「僕も」「私も」という声が出る。

「だけど今の迎撃でもうこっちは魔力が無くなりそうだ。水の魔導戦士でまだ魔力が残っている人いる?」

 その問いにみんなが無言で答えた。

「敵の《火弾(かだん)》の一斉掃射来るよ!」

 それを聞いた全員は「あー、ここまでな」と自分たちの『伊達と酔狂』の終わりを予感した。

「まだ終わりませんよ。《広域水壁(こういきすいへき)》」

 声と同時に広範囲に水壁が張られて、戦略戦術学科の一斉掃射を無効にしてしまった。

「先輩方、よく持ち堪えましたね。でもまだ戦ってもらいます」

「君は先生の…………」

「優里亜、と呼んでください」

 優里亜が主力に合流した。

「あの《広域水壁(こういきすへき)》は君がやったの? 中学生の領域を超えている」

 飯塚は驚きの声を上げる。

「今、そういうのいいんで。今、真境名先輩たちが勝つために行動しています。だから、もう少し踏ん張ってください」

「そうしたいけど、みんなもう魔力がないんだよ。優里亜さんが凄くても、君ひとり来ただけじゃ…………」

「パパが私だけをここに向かわせたのはこれだけで十分だからです。行きますよ。《広域水蘇(こういきすいそ)》、それと《広域水摩(こういきすいば)》」

 優里亜が使ったの術はどちらも上級特技だった。《広域水蘇(こういきすいそ)》は魔力回復術である《水蘇すいそ》を指定した範囲の味方全員に行う。《広域水摩(こういきすいば)》は指定した範囲の味方全員に使用魔術の強化を行う。

「優里亜ちゃん、君は一体…………」

「私はパパの娘です」

 飯塚の問いに優里亜はすました顔でそう答えた。



 戦場のどこか。

「あー、この先に敵がいるね」

 雷の魔導戦士の星野が敵を捕捉した。

「これはたぶん、一回敗退した戦略戦術学科の左翼だね。数が少ないから…………」

「どうする。戦うの?」

 理香が言う。

「真境名さんって頭は良いのに馬鹿なんだね」

 星野ははっきりと言った。

「あの、今日初めて話す者同士でそれは酷くない?」

「なんか、先生の娘さんとのやり取りを見てたら、こんな感じでいいかなって」

 星野は笑った。

「優里亜ちゃんのせいで私のイメージが…………」

「まぁまぁ、親しみやすくなったということでいいじゃん。で、敵は数が少ないといっても十人以上いるし、こっちは前衛が三人しかいないからこっそりと突破するよ。大丈夫、突破する隙間はあるから。というわけで茂木君、捨て駒、よろしく」

「ったく、じゃんけんに負けなければ、もう少し真境名さんと一緒に居られたのに…………やってやるよ!」

 茂木だけが別行動をとる。

「さて、はじめっかな。《雷幻(らいげん)》!」


 戦略戦術学科、生方部隊。

「生方さん、敵の別動隊が見えたよ!」

「やっぱりここを狙ってきたわね。敵にもう火の魔導戦士はいないはず、私を含めた風の魔導戦士の総突撃で一気に勝負をつけるわよ。全員、武技は《風槍(かぜやり)》、それから攻技は《風突(かぜとつ)》の準備を!」

 生方は指示から、突撃隊形を作るまで無駄がなかった。

「突撃!」の声と共に敵影へ攻め込む。

「えっ!?」

 しかし、敵影は接近すると消えてしまった。

「騙された!?」

 生方は周囲を警戒して奇襲に備えたが、それもなかった。自分が何か失態を犯してしまった、と予感する。


「茂木君、良い奴だったよ。あんまり思い出ないけど」

 星野は泣いたふりをしていた。

「勝手に殺さないで。魔力を使い果たして脱落しただけだから。でもこれでやっと…………」

 茂木の陽動は成功して、理香たちは敵陣への潜入に成功した。

「そうだね。戦略戦術学科の奴らに思い知らせていやろう! 真境名隊長」

「私、隊長になった覚えないんだけど? それに私って、連携は苦手で…………」

「いいよ、いいよ。私たちのことなんて気にしないで。死に物狂いでついていくから。真境名さんは全力で突っ走って!」

「そんなのでいいのかな…………でも、私は私の出来ることを精一杯やるよ!」

 真境名分隊の蠢動が始まった。



「生方さんから連絡です。戦史研究学科の陽動を確認したそうです。戦史研究学科がこちらの戦線を掻い潜って、本陣を強襲する可能性があるので注意してください、とのことです」

「そんなこと、分かっていますよ。その為に本陣には精鋭を布陣しています」

 湯田は鼻を鳴らす。

「それにしても戦線を突破を許したかもしれない、などと曖昧な報告をしてくるとは情けないですね。それに戦史研究学科は非常識です。本来、水の魔導戦士は火の魔導戦士の対策の為に最低限の数を前線に置くもの。あんなに水の魔導戦士を前線においては、移動に支障を出るでしょう。田中先生は魔導戦士戦の用兵の基礎を知らなすぎです」

 湯田が勝った気になって、得意げに語る。

「その代わり、持久力は格段に上がりました」

 上機嫌だった湯田に、円子が水を差す。

「確かに戦争、魔導戦士戦ならそれが定石なのかもしれません。でも、これは魔導戦士競技戦です。田中先生の判断は長時間の戦線の維持と耐久を可能にしました。それに初めにこちらの左翼を強襲してからほとんど動いていません。左は戦場の範囲ギリギリで回り込めず、包囲に向かったこちらの右翼部隊も戦史研究学科の別動隊との二正面作戦を余儀なくされて、完全な包囲には程遠いです。田中先生は最初からこれを構想していたのではないですか?」

「円子君、君の言い方は不愉快ですね」

 湯田は静かに、重い口調で言う。

「だとしたら、なんだというのですが、結局は延命に過ぎません。私たちの勝ちは揺るぎありません。戦史研究学科の連中がこの本陣を強襲する、というのも杞憂だったみたいですね。結局、来ません。来たところで雷の魔導戦士の探索に引っ掛かって、奇襲になどなりません。所詮は劣等…………」

「10時方向に配置していた。福島君との通信が途絶しました!」

 それは本陣で雷の魔導戦士の通信の軸になっていた南雲の声だった。

 円子は「来たか!」と身構える。

 風が吹いた。

 風と共に理香が現れた。

「現れましたね。真境名さん。ここに何をしに来たのですか?」

「勝ちに来ました」

「たった一人で何が出来ますか?」

「一人じゃないですよ」

 理香に遅れて、岸と木暮が到着する。

「真境名さん、早すぎ。俺たちの回復をもう少し待ってよ」

 岸の言葉に木暮も同意する。

「で、たった三人で何をしようって言うのですか? こっちは40人以上いるんですよ」

「もちろん戦います」

「愚かですね。土の魔導戦士部隊、戦線を作りなさい」

 湯田の指示で土の魔導戦士が立ち塞がる。

「二人とも戦線は私がこじ開けるから、その後はよろしくね。それから…………」

(星野さん、聞こえる?)

(聞こえるよ~~。私は例の場所に先回りしているから後で合流しようね。それから和田君は脱落したから、もう魔力の補給は出来ないよ)

(分かった。本陣にはあと何人いるかな?)

(三人だね。顔は大丈夫?)

(うん、知っているから問題ない)

(じゃあ、頑張って~~)

「何をこそこそしているんですか!」

 湯田は無視されていると思い、ヒステリックを起こした。

「私の全力できます! 《疾風進撃(しっぷうしんげき)》!」

 理香が戦略戦術学科の土の魔導戦士の作った防衛線に迫る。

「全員、防御を固めなさい! 所詮、真境名さんはスピードだけです!」

 湯田が声を張った。

 理香の得意とする《疾風(しっぷう)》系の魔術は速度を上げるものがほとんどで攻撃力を上げる術はあまり存在しない。

「《疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》!!」

 しかし、この技はそのほとんどに含まれない攻撃力に付与する術である。

 理香はその一振りで土の魔導戦士の防衛線に風穴を当てた。

「真境名さんに続くぞ!」「分かっているよ!」

 岸と木暮も戦略戦術学科の本陣に攻め込んだ。

「そんなことが…………ぼ、防御、防御です!」

 湯田はすぐに自分の周りを固めた。

 すると、理香は進路を変えて、守りが薄くなった今井という水の魔導戦士を狙った。

「ひっ! に、《二重水壁(にじゅうすいへき)》!」

 今井は咄嗟に二枚の《水壁(すいへき)》を展開したが、全くの無駄だった。

 理香は《疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)》の一振りで二枚の《水壁(すいへき)》を突破し、次の一振りで今井の魔力を削り切ってしまった。

「真境名さんを止めなさい!」

 湯田の怒声が響く。

「「こっちも忘れる!」」

 一方で岸と木暮も二人で何とか一人の魔導戦士に襲い掛かる。

「真境名さん、半端ないな。一瞬で魔力の多い水の魔導戦士を倒すなんて」

と木暮が言う。

「私たちも出来ることをするよ。《風短刀(かぜたんとう)

と岸が返す。

「そうだな。《風太刀(かぜたち)》!」

 二人で何とか一人の水の魔導戦士を倒した。

「って、こっちが一人倒す間に、真境名さんはもう一人倒してるよ」

 木暮が呆れ顔で言う。

「規格外だね。じゃあ、真境名さんと合流」

 三人は集まり、「撤退」を口にする。

「でも、簡単に逃がしてくれそうにないな」

 理香の視線の先には円子がいた。

「「真境名さん、ここは任せて」」

 木暮と岸の二人が言う。

「ここは私たちが時間を稼ぐから。真境名さんは行って。まだやることがあるでしょ?」

 岸が続けた。

「二人とも…………ありがと!」

 理香は二人を置いて、戦略戦術学科の本陣から離脱を図る。

「逃がすな!」と円子が言い放つ。

「おっと、ここを通りたければ、俺たちを倒して行ってもらおうか。真境名さんにはああ、言ったが、このまま戦略戦術学科の本陣を落としても構わないよな?」

 木暮がキメ顔で言う。

「うわー、分かりやすい死亡伏線だね」

「ですよねーー」

 二人は圧倒的多数の敵に瞬殺された。

「全く無謀な戦いだってね」

 戦闘不能になった二人に対して、円子が言う。

「そうでもないさ」

「なんだって? それはどういう意味…………」

「全く馬鹿のやることは分からなくて怖いです」

 湯田が割って入った。

「唯一の希望を託した本陣強襲作戦が失敗した気分はどうですか?」

 勝ち誇る湯田に対して、二人は声を揃えて、

「「せいぜい、吠え面をかいてください」」

と言い放った。 

出てきた魔術の補足説明。

広域水壁(こういきすいへき)

水の魔導戦士の中級特技。水壁を広範囲に展開する。中級特技だが、発動者の器量によって、水壁の範囲が異なる。


広域水蘇(こういきすいそ)

水の魔導戦士の中級特技。広範囲で《水蘇(すいそ)》を発動させる。中級特技だが、発動者の器量によって、《水蘇(すいそ)》の範囲が異なる。


広域水摩(こういきすいば)

水の魔導戦士の上級特技。広範囲で《|水摩》》を発動させる。発動時に大量の魔力を消費する為、使用できる魔導戦士は限られる。

水摩(すいば)

水の魔導戦士の中級特技。術の対象者の魔獣強化を行う。


雷幻(らいげん)

雷の魔導戦士の低級特技。幻を作り出して、陽動に使用することが出来る。


風槍(かぜやり)

風の魔導戦士の中級武技。槍の形をした武器。集団突撃の行う時によく使われる。


風突(かぜとつ)

風の魔導戦士の中級攻技。直線での攻撃力、速度上昇が優秀。《風槍(かぜやり)》と組み合わせて、集団突撃の行う時によく使われる。



疾風進撃(しっぷうしんげき)

風の魔導戦士の上級攻技。直線的な突破力では《疾風(しっぷう)》系で最強の攻技。扱えるものが少ない為、集団戦術には向かない魔術。


疾風の薙刀(しっぷうのなぎなた)

風の魔導戦士の上級武技。《疾風(しっぷう)》では珍しい攻撃力に特化した武技。その代わり、重いので上級攻技で補強しても、《疾風(しっぷう)》にしては速度が早くならない。

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