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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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相馬ヶ原の決戦③

 戦史研究学科の主力は敵陣中央に向けていた進路を右に変えて、敵左翼を強襲した。先鋒の指揮官は火の魔導戦士の飯塚、数は土20人、火9人、水10人、雷7人。

 これは戦略戦術学科の左翼を上回る戦力である。

「本陣に援軍要請は送ったのか!?」

 左翼の指揮を任された土の魔導戦士、都丸は怒鳴る。

「送ったけど、まだ時間がかかるよ! どうする!?」

「どうするだって!? 戦うしかないだろ! 戦史研究学科の奴らなんて大したことない、火の魔導戦士部隊、《火弾(かだん)》の一斉掃射だ!」

 都丸の指示で戦略戦術学科左翼に所属する五人の火の魔導戦士は《火弾(かだん)》の一斉掃射を行った。

 

 戦史研究学科側。

「飯塚君、敵の《火弾(かだん)》が飛んでくるよ」

「水の魔導戦士部隊《水壁(すいへき)》をお願い。こっちはもう少し接近したら、《火弾(かだん)》を撃つ」

 飯塚の指示通り、戦略戦術学科の《火弾(かだん)》を防いでから

「これだけ近づけば十分。今度はこっちが《火弾(かだん)》の一斉掃射だ!」

 その一撃で戦略戦術学科の左翼部隊は深刻な存在を出す。

 火の魔導戦士全員と水の魔導戦士10人を投入しているので、遠距離戦では圧倒的に有利である。

 一方、戦略戦術学科には対火の魔導戦士に当てる水の魔導戦士がいない。火弾による被害は甚大だった。


「風の魔導戦士を出撃させろ! 相手の戦線を突破して火の魔導戦士を止めないと全滅するぞ!」

「駄目だ、敵の土の魔導戦士がきっちり《土鎧(どがい)》を使っている。突撃しても突破できない!」

 低級武技の《土鎧(どがい)》であるが、密集すれば風の魔導戦士の突撃を防ぐだけの防御力を発揮する。個々の能力で劣る戦史研究学科はこの一週間、集団戦の戦い方を徹底的に練習した。

 《火弾(かだん)》の一斉掃射の精度も、《土鎧(どがい)》の密集した防御力も戦略戦術学科を凌ぐ。

「敵の第二射が来るよ!」

 永井という生徒が叫ぶ。直後被弾した。これにより戦戦略戦術学科の左翼は半壊する。

「て、撤退だ!」

 都丸の指示は保身の為だったが、正しかった。

 戦略戦術学科の左翼は土7人、風6人、火2人の脱落者(戦線復帰不可能)を出して、敗走した。

 初戦は戦史研究学科の完勝だった。


 戦史研究学科本陣。

 一倉がスピーカーモードにしていた《通信回路》から戦史研究学科の勝利報告が届くと生徒たちは歓喜する。

 理香も初戦の勝利にホッとした。

『先生、聞こえてますか?』

 スピーカーから飯塚の声が聞こえてくる。

「ああ聞こえるよ」

『敵を追撃しますか?』

「いいや、敵の中央がそっちに迫っているから、防御を固めて迎撃の準備をお願いするよ」

『分かりました』

「厳しいと思うけど、どうにか持ち堪えてほしい」

 先生は《三次元地形図》を見る。

「相手は左翼は撤退して、その代わり中央が動いた。それにつられて相手の右翼も動いたね」

 《三次元地形図》の戦略戦術学科の布陣は戦史研究学科から見て、右側に寄り始めた。そのせいで戦場の左側に戦力の空白地帯が発生する。

「さて、勝つか負けるかの賭けを打とうかな」

 先生は真剣な表情だった。

 理香はそれを見た時、背筋が寒くなった。普段の先生とは違う。それは本物の戦場を、死線を乗り越えてきた軍人の顔だった。

「パパ、顔が怖いよ」

 優里亜が指摘する。

 すると、先生は気まずそうに頭を掻いた。

「いけない、いけない」と首を振る。

「さて、真境名さん、それと木暮君、岸さん、星野さん、茂木君、和田君」

 先生が本陣に待機させておいた6名の名前を呼んだ。

 理香と木暮、岸は風の魔導戦士、星野と茂木は雷の魔導戦士、和田は水の魔導戦士だった。

「君たちの分隊でやってもらいたいことがある」

 理香は「はい」と言い、背筋を伸ばした。



 初戦に勝利し、歓喜、そして、次の一手を打とうとしていた頃、戦略戦術学科の本陣はまさかの敗戦に動揺していた。

「戦史研究学科の魔導戦士ごときになんて様ですか!」

 湯田は逃げ帰ってきた都丸に対して、怒りをぶつけていた。

「でも、こっちの火の魔導戦士の攻撃は防がれて、倍の火力が飛んできて…………」

「だったら、風の魔導戦士で敵の戦線を崩せばいいでしょう!」

「でも、敵の戦線は…………」

「言い訳はもういいです! もっと臨機応変に戦えないと戦場では役に立ちません。下がりなさい」

 言われて、都丸は肩を落として下がっていった。

「まったくとんだ恥をかきました。都丸君は土の魔導戦士としての成績が良かったから、左翼の指揮官にしましたけど期待外れでしたね」

 湯田は自身には責任はないという口調で言う。

「戦いはどうなっていますか?」

「左翼の敗退後に駆け付けたこちらの中央部隊が敵を押しています」

 それを聞くと湯田の溜飲が少しだけ下がる。

「当然です。戦史研究学科ごときがこれ以上勝てるはずがありません。いずれ、右翼部隊も駆け付けるでしょう。そうすれば、戦史研究学科ごとき一捻りです」

 円子が前に出る。

 批判されると分かっていても円子は言わずにはいられなかった。

「ならば、今すぐに僕たちに出撃を命じてください」

 円子が言うと、湯田は不機嫌な表情に戻った。

「また、あなたですか。いいですか、戦いというものは…………」

「私も円子君と同意見です。私たちに出撃を命じてください」

 円子は驚く。生方が同調したのだ。円子は生方が面と向かって、教師に反発するところを初めてみた。

 それは湯田もだったようで、すぐに何かを言い返せなかった。それでもすぐに冷めた表情になり、

「あなたもですか、生方さん」

「私は円子君が正しいと思います。私は円子君を支持します」

「いいですか、私は教師であなたたちは生徒。私が指揮官であなたたちは兵士。逆らうことは許しません! うるさいのが増えるのは目障りです。生方さん、あなたは左翼の敗残兵をまとめて空白地帯になった右の穴埋めに行きなさい」

「…………分かりました」

「左翼部隊の残存兵力の魔力回復の為、水の魔導戦士を二人、連れて行っていいですよ」

「ありがとうございます」

 生方は出ていく。

 円子は追いかけた。

「生方さん、なんで?」

「別に言いたいこと言っただけ。本陣から出れて清々するわ。それに空白地帯を埋めるのは()()()にしては悪い策じゃないと思うわ」

「なんだって?」

「円子君、必死すぎ。あなたらしくないわ。もっと余裕を持っていきましょ。戦史研究学科が奇襲するとしたら、右からだもの。もし、接敵したら私が戦史研究学科に致命傷を与えてやるわ」

 円子は生方に言われて気が付いた。攻めることばかりに気を取られて、大きな隙を見落としていた。

「なら、もっと兵員を増やすべきだ。そんな中途半端なことをしたら、ただの兵力分散だ」

「言っても無駄でしょ。大丈夫、敵の主力はこっちの中央部隊が抑えているし、戦史研究学科の残りの兵力を考えれば、接敵しても互角の戦いが出来るはずよ」

「敵の主力の中に真境名さんがいなかった。もし、君が接敵するようなことがあったら、絶対に真境名さんがいる」

 その言い方が生方は気に入らなかった。

「だから何? 確かに真境名さんと一対一で戦ったら、私じゃ勝てない。でもこれは集団戦よ。真境名さんがいくら強くても個人の武が集団に勝てるわけない」

 それだけ言うと生方はすぐに円子から離れた。

「私も余裕がないわね」

 生方は自分への反省の意味で呟いた。



 戦いは中盤戦に突入する。

 序盤の攻防を制した戦史研究学科だったが、兵力、戦力の差は埋めがたいものがあった。

 戦略戦術学科の左翼を敗退させた戦史研究学科の主力はその後、戦略戦術学科の中央部隊と交戦していた。劣勢は明白だった

 それでも総崩れを起こさなかったのは飯塚の的確な《火弾(かだん)》の集中砲火と従軍する水の魔導戦士の随時魔力補給が大きかった。

 しかし、そこに戦略戦術学科の右翼が来援しそうになる。

「一倉さん、残っている土の魔導戦士部隊を相手の右翼部隊の側面にぶつけてくれるかな」

「でも、こっちには風、火の魔導戦士はもういませんよ。敵を殲滅するのは無理です」

「殲滅する必要はないさ。側面からの攻撃というのは無視できないものだよ。それで少しでも相手の侵攻が遅れればいい」

「分かりました」と一倉は返して、味方の最後の土の部隊を動かした。

 それが功を奏して敵の足が止まった。

「さて、これでこっちの手札はすべて切ってしまった。後は真境名さんが上手くやってくれること信じるしかない」

「上手くいかなかったらどうするの?」

 娘の優里亜の問いに対して、親の先生は肩を竦めて、「新しい就職先を探すさ」と答えた。

 

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