相馬ヶ原の決戦②
魔導戦士競技戦に参加した生徒たちには特殊な服が支給されていた。
これは魔術の持つ殺傷能力を完全に奪い、代わりに与えたダメージによって相手の魔力を消滅させる効果がある。魔力がゼロになった時点で戦闘不能となり、競技戦から離脱する。この魔導戦士戦において、魔力と体力はイコールである。
今までの模擬演習は殺傷力を抑えてはいたものの精神へのダメージが大きかった。それでは『見せ物』として問題がある、と冴香は考えて競技用ユニフォームを開発した。
「どうもお久しぶりです。大神少将」
観戦席に着いた冴香は渋川支部士官学校の学校長である大神に挨拶をして隣に座った。
「なんだ、軍の上層部が来ると言っていたが、君のことだったのか」
大神は煙たそうに言った。明らかに歓迎していなかった。
「名護屋駐屯所以来ですね」
冴香と大神には名護屋駐屯所で面識があった。その時の冴香は大佐、大神は今と同じ少将だった。
大神から露骨な嫌がらせを受けることはなかったが、大佐だった冴香はまともな役職に就けなかった。飼い殺しを指示したのは大神だった。
国民から英雄として人気の高い冴香の存在は面倒だった。
「君もやっと落ち着いた居場所を見つけたみたいで良かったじゃないか」
口調には少しも友好的な感情はなかった。
「はい、それと今回の戦いを『魔導戦士競技戦ルール』でやらせて頂いてありがとうございます」
「ふん、軍の上層部から連絡が来た。君の差し金だろ」
「さて、何のことでしょうか?」
冴香は惚けた。
「ところで今回の件、急すぎませんか?」
「何がだね?」
「戦史研究学科の廃止の件ですよ。確かに軍の縮小は国の方針です。けど、それは全体で軍人の数を減らすというものであって、学科をまるごと失くすという方針ではないはずです」
「全国で見ても戦史研究学科などというものがある士官学校の方が稀だ。それが無くなっても問題あるまい」
「全国的に少ない、というのは廃止の根拠にならないと思うのですが?」
「部外者の君がそこまで考える必要はない。今後の我が校の方針は湯田君に一任している。湯田君なら大丈夫だ」
「…………そうですか」
大神は湯田を高く評価していた。湯田は上の者に逆らうことはない。常に媚を売り、自身の評価を上げることに努めていた。大神は人の表面しか見れない。自分に意見する人間を嫌う。結果的に渋川支部士官学校は大神とその大神から信頼されている湯田に逆らわない体系になってしまった。
学校長が大神と聞いた時になぜ湯田が出世していたかすぐに理解できた。
冴香は名護屋駐屯所にいた時から「なぜ大神程度の人間が少将になれたのか」と思っていた。
「まぁ、見ていたまえ。湯田君が指揮する戦略戦術学科の生徒が、戦史研究学科に完勝するところを」
「大神少将は戦史研究学科の『田中少佐』のことを知っていますか?」
「知っているともただ歴史が好きなだけのつまらない人間だよ。経歴は伏せられているが、どうせ碌なことをしてこなかったのだろう。聞けば、今回の騒動の原因だそうじゃないか。今日のことが終わったら、責任問題を追及してやる」
冴香はそれ以上会話をしなかった。話すことは何もないと思った。
丁度良く、開始を知らせる鐘が鳴った。
戦いが始まってすぐに戦史研究学科に動きがあった。
前衛部隊が突出し、戦略戦術学科の主翼に迫る動きを見せたのだ。
戦略戦術学科の本陣。
「戦史研究学科はこちらの中央に迫ってきました」
「そうですか。なら、中央部は後退。両翼は進軍して三方から囲みなさい」
生徒の報告に湯田が答える。指示を受けた生徒は本陣から出て行った。
「まったくあれだけ啖呵を切ったのだから田中先生には何か秘策があるのかと思ったら、中央突破ですか。それくらい、簡単に予知できます」
湯田はすでに勝ちを確信していた。
「湯田先生、ちょっといいですか?」
円子が名乗り出た。
「なんですか?」
「前線にも雷の魔導戦士を配置すべきです」
今回の戦いで湯田は前線に雷の魔導戦士を配置していない。連絡は機動力のある風の魔導戦士が担当していた。
「それではこの本陣の機能が下がります。それに戦略戦術学科は雷と水の魔導戦士の数は少ないのですから、万が一、前線に配置して、やられたら取り返しのつかない損失になってしまいます」
「…………そうですか、分かりました」
円子は不満を飲み込み、さらに続ける。
「ならば、こちらの中央を押し上げるべきです」
すると湯田は円子に失望の眼差しを向けた。
「君は学業優秀ですが、所詮は戦いを知らない子供ですね。もし、中央を押し上げて、万が一にも中央突破を成功させてはこちらが危険になります」
「分かっています。しかし、戦史研究学科の戦力で中央突破をするのは難しいはずです。それよりも戦いが長引いた時、回復力で劣るこちらが不利になる可能性があります。今は多少強引でも前線を押し上げて、短期決戦を挑むべきです」
「短期決戦になりますよ。包囲殲滅戦でね」
湯田は円子の意見を否定した。
「私も円子君の意見が正しいと思うわ」
湯田の前から下がった円子に、生方は言った。
「ここは戦場、なら大切なのは正しいか、正しくないかじゃない。勝てるか、負けるかだ。戦史研究学科が簡単に負けてくれればいいけど…………」
それから少しして異変が起きた。
円子の目の前を慌てた伝令役の生徒が通り過ぎて行った。
嫌な予感がした円子は一度、本陣に戻った。
「先生、た、大変です。相手は進路を変えてこちらの左翼に攻撃を仕掛けてきました!」
「なんですって?」
湯田の声から焦りが見て取れた。
「ちょっと見せてくれ」
円子は雷の魔導戦士が展開していた《三次元地形図》を見る。
今の戦略戦術学科の布陣を見て、「そういうことか」と呟いた。
「何が起きているの?」と生方が言う。
「中央を下げてしまったせいで左翼が完全に孤立してしまった。相手は最初から中央突破なんて考えていなかったんだ」
「包囲殲滅の布陣が逆手に取られたんだね」
戦略戦術学科の主席と次席が冷静に状況を分析していると
「ならば、主翼を左翼の救援に向かわせます。急ぎなさい!」
湯田が焦りながら指示を出した。
「待ってください!」
再び円子が意見する。
「今度はなんですか?」
湯田は露骨にイライラしていた。
「中央と右翼は今の場所に留まるべきです」
「あなたはさっき進軍すべきと言いましたよね? ちぐはぐなことを言わないでください」
「状況が変わりました。今、相手の動きに付き合うと陣形が崩れてしまいます。乱戦になり、戦闘が長引くとは避けるべきです。左翼への援軍は本陣から出すべきです。それとやはり迅速な連携の為に雷の魔導戦士を前線に配置すべきです」
「もういいです。円子君、下がりなさい。君はどうも戦場の本質を分かっていないようです」
さらに言い返そうとした円子を生方は止めて、強引に下がらせた。
「ちょっと落ち着こう。円子君と先生が言い争っているのを見たら、他のみんなが不安に思うでしょ?」
「ああ、すまない。ちょっと感情的になっていたよ」
「そんなに戦史研究学科が怖い?」
「ただの羊の群れなら怖くないさ。でも、戦史研究学科には真境名さんがいる。一頭の獅子が率いれば、羊は猛獣に変貌する」
「…………そう、やっぱり真境名さんなのね」
生方は一瞬だけど俯いた。
「でも、こっちには円子君がいる。真境名さんには負けないでしょ?」
「………………」
円子は俯き、無言になった。
「ねぇ、どうしたの? …………もしかして何か隠してない?」
「…………僕と真境名さんが一騎打ちをしたら、正直どっちが勝つか分からない。真境名さんが僕より実技の成績が低かったのは、彼女が集団戦技能でA~Eの五段階評価中D判定だったからだよ」
「えっ? 真境名さんってD判定があるのに実技で二位だったの?」
筆記・共通実技・専門実技の総合成績は校内に張り出されるが、詳細まで張り出されることはない。だから、理香の能力が偏っていることに気付いている生徒はほとんどいない。
「そう、だから恐ろしいんだ。そんな魔導戦士、聞いたことない」
生方は円子の話を聞いて、やっと円子と危機感を共有することが出来た。
「でも、なんで円子君は知っているの。それになんで今まで言わなかったの?」
生方は問い詰める。
「去年の三学期、真境名さんの詳細成績表を先生が間違って、僕に渡してしまったんだ。で、僕もそれに気付かずに開いて、その時知った。で、真境名さんに返した時、D判定を取っているなんて恥ずかしいから誰にも言わないで、って頼まれたんだよ」
「頼まれた、って…………なんで、今まで言わなかったの? それが分かっていたら、みんなだって真境名さんを脅威だと思って、この競技戦にもっと意識が高くなっていたかもしれないじゃない!?」
「僕はそんな方法で真境名さんの利用したくなかった。それに真境名さんは来年、戦略戦術学科に来ると思っていた。仲間を裏切るようなことをしたくなかった」
「でも、真境名さんはもう戻らないって言ったじゃない! だったら、その時点でみんなに言うべきだった。もう今から言っても遅いわ。逆に混乱させる!」
「ちょっと待って、なんでそれを生方さんが知っているの?」
生方はしまった、という表情をした。
「それは…………いえ、そんなことを言っている場合じゃない。先生だって分かっているはずよ。なんで真境名さんの対策をしてないの!?」
「対策はしているさ。僕たちが本陣いる」
「えっ?」
「先生は戦史研究学科が勝つためには真境名さんがこの本陣を強襲するしかないと思っている。だから、本陣にこれだけの戦力を置いているんだよ」
風・土の魔導戦士の中で成績が上位の者は全員、本陣にいた。
結果、前線にいる魔導戦士の戦力は決して強力とは言えなかった。
「もし戦史研究学科が中央突破で本陣を目指していたら、僕らは勝っていたと思う。でも違った。別のやり方で勝ちに来たんだ」
「別のやり方って何よ?」
「分からない。だから、戦力が潤沢なうちに攻勢に出るべきだと思った。でも、それは破棄されたよ」
「…………ねぇ、私たちの今の状況説明してあげましょうか?」
「お願いしようか」
「敵を知らず、準備を怠り、相手の後手に回る。これって歴史の敗北者がとってきた行動よ」
生方の言い方は冷ややかだった。