相馬ヶ原の決戦①
戦いには定石というものがある。
それは魔導戦士戦でも変わらない。
その一つが兵種の割合である。
戦線維持の役割を持つ土の魔導戦士が三割。
遠距離支援の役割を持つ火の魔導戦士が一~三割。
敵の戦線を切り崩す風の魔導戦士が一~三割。
補給と治療を行う水の魔導戦士が三割。
通信と索敵を行う雷の魔導戦士が一割。
土・水・雷の魔導戦士の割合はほぼ変わらない。
変動するのは火・風の魔導戦士の割合だ。
火の魔導戦士が多ければ、迎撃が目的の布陣。
風の魔導戦士が多ければ、攻勢が目的の布陣。
しかし、これは全て戦力が潤沢に揃った状態の話である。
今回の学科対抗戦の場合、戦力には限りがあった。
戦史研究学科の兵力は90名。
しかも兵種が土の魔導戦士は35人。火の魔導戦士は9名。風の魔導戦士は3人しかいない。迎撃には火の魔導戦士が足りず、攻勢に出ることは問題外である。
戦史研究学科の唯一の強みは水の魔導戦士が21人、雷の魔導戦士22人、さらに優里亜が加わっていることで、後衛が優れていることである。
対する戦略戦術学科は兵力だけ見ると倍の180名である。
倍の兵力を誇る戦略戦術学科の弱点があるとすれば、兵種が前衛に偏っていることである。
土の魔導戦士は75名、風の魔導戦士は74名。火の魔導戦士は10名。水の魔導戦士は11名。雷の魔導戦士は10名。
これは優秀な火の魔導戦士は砲術学科を選択し、優秀な水や雷の魔導戦士は特技学科を選択する為である。
火の魔導戦士が少ないことは風の魔導戦士の存在が解決してくれるが、水の魔導戦士の不足は持久力に、雷の魔導戦士の不足は通信と連携に支障を生む。
「私たちが勝つにはそこを上手く突くしかないよね」
決戦開始前に理香が呟く。
「でもな…………」
それはやっぱり厳しい。
「土の魔導戦士の数は負けているし、攻めるにしても守るにしても厳しいよね…………」
「そんな難しい顔しないでよ。かわいい顔が台無し」
「そんなこと、言っても無理ですよ。こんな絶望的な状況…………って、ええっ!?」
「どーもー」
さらっと冴香が登場した。
しかも冴香が登場した場所に問題がある。
「冴香さん、ここ、トイレの個室です!」
決戦前、理香はトイレに籠っていた。冴香はトイレの個室を上から覗き込んだのだ。
「安心して、理香ちゃんが最中だったら、覗いた頭をそっと引っ込めたよ」
「覗いた時点で問題ですよ!? い、今出ますから!」
「私はこのままでもいいよ。なんだか背徳的な気持ちになれるし」
「私が良くありません!」
理香は冴香を連れてトイレを飛び出した。こんなところに英雄がいることが分かったら、大騒ぎになるので人のいないところに移動する。
「私、冴香さんのことを誤解していたかもしれません」
「人は英雄に自分の理想を押し付けるんだよ」
冴香は悪戯っぽく笑う。
軍の上層部が来る、という噂は本当だったらしい、と理香は思った。
「で、どうしたの? もう少しで戦いが始まるよ」
「…………分かってます」
「不安?」と冴香が真面目な顔で言う。
「はい」と理香は素直に答えた。
「そんな理香ちゃんに大人からの助言だよ。実力以上のことをしようとしないこと。成るように成るし、成るようにしか成らないよ。上手くやろうとしたら、駄目になる。だから出来ることをやりなよ。気楽にやりなよ。大丈夫、ブン君が何とかするから。もし負けたら、私がブン君を怒ってあげる」
冴香が笑い、それにつられて理香も笑った。
理香の気持ちがすぐに切り替わることはない。
それでも淀んでいた気持ちは動き出す。
「ありがとうございます。私、行きますね」
「頑張ってね!」
理香は戦史研究学科陣営に向かった。到着すると他の全員が揃っていた。
「随分長いトイレでしたね。そんなにお腹が痛かったんですか?」
優里亜が言う。みんなが笑った。
「違うし、みんなの前でそんなこと言わないでくれるかな!?」
「ちょっと、真境名さん。いつから先生の娘と知り合いだったの!?」
一倉が聞く。
「あー、えっと、その…………」
理香の目が泳ぎまくった。
「この決戦があると決まってからです。私と真境名先輩で特訓をしていました」
「先生の言っていた真境名さんの特訓相手って先生の娘さんだったの!? というか中学生だよね!?」
「中学生ですけど、先輩たちの力になれると思います」
優里亜の言い方は不愛想だった。
戦史研究学科の生徒たちは不安そうな表情をする。
「だ、大丈夫だよ、みんな。優里亜ちゃんは本当に凄いから」
理香は皆にそう言って、説得を試みる。
「私のことは戦いが始まれば、分かります」
その言い方を「自信あるなぁ」「生意気な子だな」「背伸びしてるのかな」とそれぞれの捉え方をした。
「優里亜ちゃん、もっと愛想良くした方がいいよ」
理香が優里亜に言うと
「いやいや、一学期中、我関せず、って態度を貫いてた真境名さんが言わないでよ」
「一倉さん、後ろから刺さないでくれる!?」
今度はみんな(主に男子)から「えっ、一倉って真境名さんと仲いいのか?」「いつからだろ」「月とすっぽん」などと言うひそひそ話が聞こえてくる。
「おい、月とすっぽん、って言ったやつ、開幕、敵陣に突撃しろよ」
と一倉は男口調で言う。男子生徒は押し黙った。
「一倉さん、貴重な戦力を無駄にしないで」
と理香が制止する。
「だって、みんな、真境名さんをすっぽんって言ったんだよ。酷くない」
「………………うん、そうだねーー」
理香は一倉から目を逸らしながら、感情の籠もっていない声で言う。他のみんなは笑いをこらえた。
「酷い、真境名さんも私がすっぽんだと思ってたんだ!」
「な、何も言ってないでしょ!?」
私への食い付き方、すっぽんみたいだったよね? という言葉が理香の頭を過ったが、それは心の中に留めておいた。
「みんな、緊張はないみたいだね」
「「「「先生!」」」」
「これから戦いが始まるけど、無理なく、落ち着いて戦ってくれれば大丈夫。勝つ算段はしてあるからね」
その時、開始を直前のベルが相馬ヶ原一帯に響いた。
「それじゃ皆、始めるとしようか」
先生は特に力を入れずに言う。それを聞いた理香たちは妙に安心できた。
「総員、配置に付け!」
一倉が声を張り、各々が持ち場へと散っていった。
戦場になる相馬ヶ原は多少の起伏があるものの、特記すべきことの少ない地形である。野戦の場合、兵力が重要になってくる。それは戦争形式が変化した現在でも変わらない。
戦史研究学科は奇を衒わない横陣で布陣した。
そして、雷の魔導戦士を斥候に出して、戦略戦術学科の動向を探る。
「さて、こっちも準備をしますか。《三次元地形図》、展開」
本陣に残っていた優里亜は立体映像の地形図を作り出した。
「凄い! それって、中級特技じゃん! 私、実技の成績は良いけど、こんなに精巧な地形図は作れないよ」
一倉は優里亜の展開した三次元地形図に驚く。
「私を褒めている時間があったら、斥候からの連絡をまとめて地図に落としてもらってもいいですか? 一倉先輩って通信系、得意なんですよね」
「優里亜ちゃんはクールビューティだなぁ。分かったよ~~《通信回路》連結接続」
(みんな聞こえる? 状況報告宜しく)
(A地点、狩野小隊、敵左翼を確認、数は土15人前後、風10人前後、恐らく火5人、敵の雷・水の魔導戦士無し。敵の索敵妨害無し)
(B地点、須田小隊、敵主翼を確認、数は土20人前後、風20人、火・雷・水の魔導戦士無し。敵の索敵妨害無し)
(C地点、萩原小隊、敵右翼を確認、数は土15人前後、風10人前後、恐らく火5人、敵の雷・水の魔導戦士無し。敵の索敵妨害無し)
斥候からさらに詳しい敵の布陣が送られてくる。
一倉はそれを優里亜の展開した《三次元地形図》に送った。
「鶴翼の陣か。数的有利があるんだから、これが教科書通りだね」
先生が言う。
理香は少しだけ焦りを覚える。
味方と敵の布陣を見るとすでに半包囲の危機が迫っていた。
「先生、これって相手が包囲陣を完成させる前に各個撃破に出るべきじゃないですか?」
理香が言う。これは別に理香の独創ではない。古くから歴史の記録にある包囲殲滅からの脱却方法である。
「もし、私たちにそれを可能にするだけの機動戦力があれば、良かったですね」
理香の提案を優里亜が一蹴する。
「けど、それでいい。こっちの初手は中央突破だよ」
「えっ!?」
これには優里亜も驚いた。
「一倉さん、前線の部隊に全速前進を命じてくれないかな。ただし…………」
それを聞いた一倉は笑う。
「それは面白いですね。恋愛の駆け引きみたい!」
「湯田先生がどんな顔をするか楽しみだよ」
「先生って、戦争は嫌いみたいですけど、作戦を考えるのは好きみたいですね。凄い楽しそうです」
理香が素直な感想を言う。
「ああ、楽しいよ。だってこれは人が死なない競技戦だからね」
先生は少年のように笑った。その表情は33歳とは思えないほど若かった。
出てきた魔術の補足説明。
《三次元地形図》
雷の魔導戦士の中級特技。範囲内の起伏や障害物を含めて立体映像にする魔術。中級特技だが、発動者の器量によって、精巧さ、範囲の拡大、立体映像の継続時間が異なる。
《通信回路》
雷の魔導戦士の低級特技。予め記録しておいた相手と遠距離でも連絡を取る魔術。難易度は低級特技だが、敵からの傍受を阻害する技術を会得する為にはそれ以上の技術が必要。もし、敵にこちらより優秀な雷の魔導戦士がいたら、全ての通信が傍受される危険がある。逆にこちらの雷の魔導戦士の方が優秀なら情報戦で圧倒的に有利になる。
連結接続で接続者全員と情報の共有が可能だが、軸になっている発動者の技量が低いと接続が不安定になったり、敵にすべての情報が筒抜けになる危険がある。