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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
14/25

決戦に向けて

 戦史研究学科の生徒は戦略戦術学科との模擬戦が決まった当初、勝てるわけないと諦めていた。

 それでも士気は徐々に上がっていく。戦って、勝ったら学科は継続、負けたら学科は消滅。戦わなければ、学科は消滅。結局のところ、学科を存続させる為には勝つしか選択肢がない。湯田が戦史研究学科を見下しているのは、戦史研究学科の生徒全員が知っているから交渉で学科の存続を訴えることが無駄のことも分かっていた。窮鼠となった戦史研究学科の生徒は猫にでも虎にでも噛み付く覚悟は出来ていた。

 だから、戦史研究学科の生徒はいい意味で開き直って戦うに挑むことが出来る。

 理香を除く戦史研究学科の生徒は、先生の指示で徹底的な隊列行動の練習を行う。


 日曜日、決戦五日前。

「おい、誰か、合言葉はないか?」

 休憩時間に一人の生徒が言う。

「合言葉?」

「そうだよ、合言葉。強大な敵に立ち向かう自分たちを奮い立たせるかっこいいやつ、なんかない?」

 生徒たちは各々で考える。

「玉砕覚悟! って、どうだ?」「馬鹿、負けてるじゃん!」「じゃあ、サクラサクラ!」「それも玉砕って意味じゃん!」「じゃあ、万歳突撃!」「一応、勝つこと、考えようぜ。いまんとこ、全部死んでる」「絶対勝つぞ」「ありきたりすぎ!」「勝機は我らにあり!」「どんな勝機があるか教えてくれ!」

 などと意見が出ては誰かが否定するを繰り返す。大抵の言葉が出尽くすと沈黙が流れた。結局、合言葉は決まらない。

「『伊達と酔狂』、でいこう」

 提案したのは一倉だった。

「どうせ、まともにやったって、戦略戦術学科の奴らになんか勝てない。面白半分、興味半分、気楽にやるくらいで丁度良くない? その上で勝てたら、儲けもんだし!」

「かっこいいかも。文字も簡潔で分かりやすい!」

「伊達と酔狂で戦略戦術学科を相手にする、良いね!」

「確かにそれくらいの気持ちがないと戦えない。全力で『伊達と酔狂』の戦いをしようぜ!」

 決戦五日前、合言葉も決まり、戦史研究学科の士気はさらに上がっていた。

「まぁ、勝てなかったら、そん時はそん時で! ところで誰か先生の再就職先を紹介できない? あの人、絶対に歴史のこと以外、駄目でしょ?」

「「「「「確かに!」」」」

 一倉が言うと、みんなが笑った。

 


 対照的に戦略戦術学科の士気は低かった。

 戦略戦術学科の生徒からすれば、今回の一件は完全に巻き込まれた形になった。しかも相手が他校の戦略戦術学科ならともかく、底辺の戦史研究学科だというのだから馬鹿馬鹿しいと思ってしまうのは仕方ない。

「どうせ勝てるだろ」「めんどくさい」

という意見が大半を占め、全体での演習はロクに行わず、戦史研究学科のことを偵察することもしなかった。

 この状況を「まずいな」と思ったのは円子だった。

 勝てるだろう、などという感情が戦いでどれだけ危険かを円子は理解していた。

 円子は湯田先生に全体演習を提案するが、

「戦史研究学科相手などにそんな時間を割く必要はありません。それでは必死になっているみたいじゃないですか。戦略戦術学科はいつも通り戦い、勝てばいいのです」

と却下された。

 しかし、学科の生徒全員が参加する大規模な模擬戦は誰にも経験がなかった。

 決戦四日前、円子は仕方なく、有志で練習希望者を集める。集まったのは戦略戦術学科の生徒の三分の一ほどだった。円子の呼びかけにすら、参加しないほど戦略戦術学科の士気は低かった。

 それでも円子は「集まってくれてありがとう」と演習に参加した生徒に言う。

「もしかしたら、ここにいる君たちが今回の戦いの切り札になるかもしれない」

 円子は属性ごとに生徒を分けて、演習を行う。

 特に円子自身と同じ風の魔導戦士の演習には力を入れた。

「金曜日まで使えるようにしたい戦術があるんだ」

 円子が提案した戦術を聞くとその場にいた全員が驚いた。

「そんな難しいことをしないと勝てないと思っているの?」

 意見したのは生方という女子生徒だ。専門実技試験で三位の成績の実力者である。

「これを使うことにならなければいいと思っている。だけど、準備はしておくべきだと思う」

「円子君がそこまで言うなら、私は付き合うけど…………」

 生方が賛同したことで、他の生徒も従う。

 その後も円子たちは放課後に集まり、決戦前日まで演習を繰り返した。

「今日は少し早めに終わろうか」と円子が言う。

「それは賛成」と生方が返した。

 前日に練習のし過ぎで当日に疲れが残ったら本末転倒である。

「円子君、一緒に帰る?」

 生方が誘う。

「いや、僕はちょっと寄るところがあるんだ」

「…………そう、じゃあ、また明日、ね」

 生方の声は少しだけ沈んだ。

 少し早めに練習を切り上げた円子はある場所に向かった。



「少し休憩しましょうか」

 優里亜は言う。

「そんなこと言われなくても、もう魔力は尽きているよ!」

 理香は両膝をついて訴えた。

「でも初日に比べたら、だいぶ攻撃的になりましたね。はい、《水蘇(すいそ)》っと」

「もう明日には決戦だけどね! まだ優里亜ちゃんに一撃を与えてないけどね!」

「頑張ってくださいね。…………でも、その前にお客さんみたいですね」

 優里亜は訓練場の内側からしていた鍵を外す。

 そこに立っていたのは、

「円子君…………」

「久しぶりだね、真境名さん。これは秘密の特訓?」

「何、偵察? 私たちは敵同士だよ」

「僕は別に敵対したつもりはないよ。…………真境名さん、どうしてこんなことをするんだい?」

「こんなこと?」

「君は戦略戦術学科にいるべき人だ。なんで戦史研究学科に加担する」

「………………」

「僕は今でも君が戦史研究学科に在籍していることが信じられない。僕のライバルは君だけだ。来年こそは同じ学科でお互いに切磋琢磨したいと思っている。ここで戦略戦術学科と戦ったら、こっちに来た時にしこりが残るよ」

「ごめん、言いたいことがあるならはっきり言ってくれない?」

「君は明日の戦いに出るべきじゃない。そんなことをしたら、君の経歴に傷がつく。明日の戦いで戦史研究学科が負けたって、良いじゃないか。才能の無い者たちが、そのことに気付く機会が早めに来ただけさ」

「…………私は円子君のことを誤解していたみたいだね。優しい人だと思っていたよ。あなたも《弱い(れっとう)》を馬鹿にしてる」

「僕は弱い者には寛大だよ。守らないといけないと思っている」

「あなたは守りたいと思っているんじゃない! ただ自分の優秀さを確認するために弱い人を守っているだけ」

 理香は一度、大きく息を吸い、静かに決意を込めて言う。

「円子君、私は戦いに出る。そして勝つ。勝って、来年も戦史研究学科の一員として学校生活を送る。他の学科に行くつもりはないよ」

 それは宣戦布告だった。

「…………そうかい、それが君の答えなんだね。残念だよ。明日は全力で戦って、君たちを潰すよ。じゃあね、明日の決戦で会おう」

 円子は出て行った。

「これは面白いですね。先輩が来年、士官学校の三年生になっているか、無職になっているか、見ものです」

「無職は酷くない!? もし、学校にいられなくなっても、何かして働いているよ! …………たぶん」

「まぁ、せいぜい頑張ってください」

「ねぇ、優里亜ちゃん、そろそろ先生の秘策を教えてくれない?」

「秘策?」

「そうだよ、先生は明日の決戦、勝率は五割だって言ってた。私にはそうは思えない。どんな魔法を使うつもりなの?」

「知りませんよ」と優里亜はきっぱり言う。

「パパは私にだって、全てを言いません。でも、パパがそう言ったなら、勝てるはずです」

「優里亜ちゃんは先生のことを信頼しているんだね」

「はい、世界で最高のパパです」

 先生のことを話すときだけ優里亜は年相応の表情になる。

「だから先輩もパパのことを信じてください」

「大丈夫、信頼してる」

「随分簡単に言いますね。それで勝てなくても怒らないでください」

「怒らないよ。信頼しているっていうのは、勝てるって信じてるわけじゃないよ。どんな結果になっても先生が私たちの為に出来ることをやってくれたんだ、って信頼してる」

「そうですか」

「だから私は先生の力になりたい。私、やっと歴史に興味を持った。友達になってくれそうな子にも出会った。私は戦史研究学科を失いたくない」

 自分のこと、沖縄のこと、この二つだけを考えて生きていた理香が初めて身近な人の為に戦う決意をする。

「ならもう少し強くならないとですね」

「うん、行くよ! 《疾風の脇差(しっぷうのわきざし)!」

 回復した理香は再び優里亜に立ち向かう。



 決戦前夜、群馬県渋川市某所。

「君も司令官として模擬戦に参加するらしいね」

 冴香がいう。

「ええ、まぁ、理不尽に道を閉ざされそうな若者を救おうと思いまして」

「勝算は?」

「五割、と思っています」

「随分と謙遜だな。両学科の戦力を見せてもらったよ。私は九割、ブン君が勝つと思っている」

「それは過大評価ですね。兵力は倍の差。さらに個々の戦力でもこちらは不利です」

「確かに兵士の質は戦略戦術学科の方が上だろう。だが、司令官が『机上論者の湯田』じゃ優秀な兵士を上手く運用できるか怪しい」

「机上論の湯田?」

「ブン君は軍のことに疎いんだったね。湯田大佐は戦時中、後方支援による功績で評価を受けて、でも、机の上での作戦は立てられても、戦場の変化に対応するだけの能力がなかった。だから。湯田大佐を嫌う人たちの間で流行った言い方らしいよ。私は戦後、九州の名護屋城駐屯地で一緒になったんだ。酷い嫌がらせを受けたなぁ」

「嫌がらせ? それまで面識がなかったのになぜ?」

「問題です。湯田大佐の年齢は何歳でしょうか?」

「大体、四十くらいだったかな?」

「四十四歳を四捨五入して、四十にするな。もう一つ問題。私の年齢は?」

「大体、四十くらい…………痛いですって、何すんですか?」

 四十くらいと言った瞬間、冴香は先生の手の甲をつねった。

「三十五、を四捨五入するからだ! いい? 私と湯田大佐は年齢に九つも差があるんだ。それなのに当時、私は大佐、あっちは少佐だった。それが気に食わなかったんだろうね」

「なるほど、つまらない男ですね。さてと…………」

「おっと」

 冴香は先生が取ろうとしたブランデーの瓶を横から掠め取る。

「明日は模擬戦だろ。酒はそれくらいにしておけ」

 冴香は笑い、取り上げたブランデーの瓶をラッパ飲みした。

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