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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
12/25

新学期

 理香は東京から帰ってきた翌日、図書室へ行った。次の日も、その次の日も、理香は図書室に通い続けた。

 空調が効いていて、勉強の効率が良い。それに()()先生に会うかも、と思っていた。

 しかし、夏休み期間中、先生が図書室に来ることはなかった。

 職員室を何度か通ったが、いつも先生はいなかった。学校にも来ていないようだった。

「まぁ、新学期になれば、会うことになるよね」

 先生に会えずに帰宅して、そう呟くのが日課になっていることに理香は気付いていない。

「それにしてもどうしようかな」

 理香は最近、一つの悩みがあった。このまま戦史研究学科へ残るか、戦略戦術学科への編入試験を受けるかである。夏休み以前の理香なら迷うことはなかった。それが事件に巻き込まれて、先生の素性を少しだけ知って、冴香に出会って、変化した。

 東京から帰って来てから、歴史書を何冊か読んだ。

 歴史という視点から戦争を勉強しようかな、と少し達観したことを考えるようになっていた。

「まぁ、あと半年あるし、それまでに結論を出せばいいかな」

 東京での体験後、理香は少しだけ周りを見れるようになっていた。

 そして、明日から新学期が始まる。


 

 二学期初日、久しぶりに理香は先生に会う。

 一学期と変わらず、だらしない姿で朝のHRを行うが、理香は嫌悪しなくなっていた。

 一限目が始まる前、理香の隣の席の男子生徒が鉛筆を落とす。理香は鉛筆を拾って、その男子に渡した。

「はい、これ」

「あ、ありがとう」

 隣の席の男子生徒、飯塚は少し驚いたようだった。

「どうしたの?」

「真境名さんが誰かと関わろうとするなんてびっくりした」

「なにそれ? 私だって人と話すよ。って、確かに今までは無関心だったね」

 理香も学科の中で孤立している自覚はあった。どうせ来年には戦略戦術学科に転入する、と思って学科内の生徒に興味を示さなかったことは認める。

 しかし、最近は来年もこの学科に居るかもしれない、と考えていた。

「ねぇ、飯塚君って、歴史が得意だよね? 一学期の期末テストで私より上だったでしょ?」

 飯塚は学期末の戦史科目で唯一、満点を取った。理香はどんな科目でも自分より順位が上の人は確認していた。

「そうだけど」と飯塚は少し押され気味で答える。

「今度、歴史を教えてよ。勉強じゃなくて、娯楽的な感じで」

「い、いいよ」と飯塚は承諾する。

「ありがと」と理香は返す。

 その後、飯塚の周りに彼の友達が集まり、何やら小声で話をしている。内容が半分くらい聞こえてくるが、理香を馬鹿にしているわけではなかった。理香が人と接したことに驚いているだけだった。


 そんなに意外?


と思っていると敵意のこもった視線を感じた。

 一倉、という女子生徒だった。

 なんだ? と理香は思ったが、深くは考えなかった。

 昼休みになって、理香は図書室に行こうとする。

 その時だった。

「ねぇ、皇国ホテルをテロリストから救った英雄だからって調子に乗ってるの?」

と一倉に絡まれる。

 

 あっ…………そういえば、実感がなかった(実際私の功績じゃないし)から忘れていたけど、テロリストの捕縛って世間では私がやったことになってるんだっけ。


「いや、調子には乗ってないけど」

「ちょっと時間ある?」

「えっと、私、これから図書館に…………」

「うん、ちょっと来てくれるかな?」

「ええぇ…………」

 理香は一倉の気迫に押されて断れなかった。

 理香は人があまり来ない空き教室に連れてこられた。理由は分からないが、一応、暴力的なことをされることも考えて逃げる用意をする。

「真境名さんって、飯塚君のことが好きなの?」

「えっ?」

「ちょっと有名になったからって、飯塚君に近づいて…………」

 一倉の感情は嫉妬だった。理香は何となく状況を察した。

「一倉さん、って飯塚君のことが好きなの?」

「いや、私がっていうより、飯塚君のことを好きな女子って結構いるから、その…………」

 一倉は目を泳がせる。

 好きなんだろ、と理香は突っ込みたくなった。

 理香は少し考える。

 飯塚は歴史研究学科の中だと成績上位で、今年になってから魔導戦士の能力が飛躍的に伸びたらしい。たぶんだけど、容姿もいい。

 確かに迂闊だったかも、と理香は朝の行動を反省する。

 理香は一倉の性格は推測する。面と向かって言うあたり、陰湿な嫌がらせはしそうにない。クラスで、中心にいて悪い子ではない。誤解を解けば、それで全てが解決しそうだ、と結論を出す。


 でも、どうやって?

 こういう時の対処って、どうすればいいの?


 理香には誤解を解く方法が分からなかった。

「ち、違う。そんなつもりじゃない」

 理香の選択は素直な否定だった。そして、これは失敗だった。

「じゃあ、誰が好きなのよ?」

「はぁ? 別に私は好きな人なんか………」…

 否定しようとした時、理香の脳内で、ブランデーをラッパ飲みしている先生が思い浮かんだ。


 えっ、なんで? 違う違う!


 理香は脳内会議でそれを否定した。

「その反応、他に誰かいるのね?」

 一倉は理香の反応を見逃さなかった。一倉の感情は嫉妬から好奇心へ変わる。

「ねぇ、誰? 恋する乙女はみんな友達だよ!」

「調子のいいなぁ…………」

「もし、恋の相手が飯塚君なら背中から刺すけど」

「…………それ友達なのかな!?」

「ねぇねぇ、教えてよ!」

「私をあなたの恋愛話に巻き込まないで!」

 理香と一倉がわーわー、と騒いでいると

「えーっと、君たち何をしているんだい?」

 理香はその声を久しぶりに聞いた気がした。厳密には朝のHRと授業でも聞いた声だったが、距離が遠かった。この距離で話しかけられたのは皇国ホテル以来だった。

「先生、お久しぶ…………」

「田中先生!」

 一倉は声を張る。

「乙女の密談です。恋愛の話です!」

「それ言ったら、密談じゃないからね」

 理香は指摘する。

「そうかい、一倉さんの恋愛観は面白いからね」

「えっ?」と理香は声を漏らす。

「先生、人類はぐちゃぐちゃになるまで恋をする生き物なんですよ。それは千年前に書かれた源氏物語が物語っています。あんなドロドロした恋愛小説が当時のベストセラーなんですよ。戦争は変わるかもしれませんけど、恋愛は変わりません」

「確かにそうかもね。でも、戦争だって武器は変わっているかもしれないけど、本質は変わらないよ。戦場へ行くまでは情報と補給が、戦場では指揮官の質が勝敗を左右するんだ。これは昔から変わらないね」

「確かにそうですね。結局人間って形を変えて、同じことをずっと繰り返しているのかもしれませんね」

「それは歴史研究者が行きつく一つの答えだね」

 理香は取り残された気分だった。実際、取り残されている。

 二人が楽しそうに話しているのを見るとモヤモヤする。こんな気持ちは初めてだった。

 理香が不機嫌になっているのに、一倉が気付く。

「あっ…………先生、私、真境名さんと話の続きをしたんですけど?」

「そういえば、そうだったね。真境名さんも大変な事件だったのに元気になって良かったよ」

「別に平気ですよ。私は頑丈ですから」

 理香は素っ気ない態度を取る。

「はいはい、先生は早く消えてくださ~~い」

 一倉に言われて、先生はその場から去って行く。

 先生がいなくなると一倉は

「ごめんごめん、真境名さんの好きな人って先生だったんだね」

 さらっと言った。

「…………はぁぁぁぁぁぁ!!!??? 何のこと!?」

「えっ、だって私と先生が話している時、真境名さん凄い顔してたよ? 怖かった」

「一倉さんに言われたくないよ! 『飯塚君のことが好きなの?』って、言った時 凄い怖かったからね!?」

「まぁまぁ、それは誤解だったわけだし、忘れて。それに今、顔が赤いよ。先生に会えたからでしょ」

「これは怒ってるの!」

「よく考えたら、『高嶺の花』の真境名さんが飯塚君なんかを好きになるはずないよね」

「その通りだけど、一倉さんは飯塚君のこと好きなんだよね!? その言い方、酷くない!? というか高嶺の花?」

「筆記試験はトップ、実技試験もトップクラス。文武両道で容姿端麗、落ちこぼればかりの私たちからしたら、話しかけるのも躊躇う存在だったの。あっ、でも一学期の終わり頃から真境名さんが感情的になっているところを見た男子が、『あれ? 真境名さんって結構子供っぽくてかわいくね?』ってなっていたんだよねぇ」

「先生とのやり取りがそんなふうに影響していたの? 初めて知った」

「で、もしかして、先生と夏休みに何かあった? 急接近しちゃった!?」

「一倉さん、本当にグイグイ来るね! 女子って怖い生き物だね! それに先生とのことは秘密! 言えない! あっ…………」

 一倉がニヤッとした。

 理香はまずいと思ったが、手遅れだった。

「違うんの。秘密って言うのは…………」

 軍部から口止めされているなんて言ったら、余計ややこしくなる。


 あれ、これ、完全に詰んでない?


「ふ~~~~ん」

 一倉は勝ち誇ったような顔をする。

 理香は何も言えなかった

「もういいです。ご想像にお任せします」

「うん、分かった。みんなに真境名さんの思い人が先生だって言うね!」

「鬼畜! 悪魔! 帝国軍だって、そんな下劣なことしないよ!」

「冗談、冗談。でも、先生って結婚しているらしいよ」

「…………うん、知ってる」

「叶わない恋は辛いよ」

「だから私は別に…………」

「真境名さんって変わったね。一学期の頃は我関せず、みたいで本当に話しかづらかったけど、なんだか、今の真境名さんって隙があって、構いたくなる」

「私としては友達は欲しいけど、一倉さんはちょっと考えようかな」

「まぁまぁ、そう言わずに恋する乙女同士仲良くしましょ」

 それだけ言うと一倉は走っていった。

 理香も教室に戻る。

「う~~ん、この誤解、どうしよう…………」

 理香は唐突に発生した問題に頭を抱えながら、教室に戻る。すると教室が騒がしかった。

「真境名さん、大変!」

 一倉が理香に駆け寄ってきた。

「戦史研究学科が廃止になっちゃう!」

 新学期は波乱の始まりだった。

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