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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
11/25

真夜中の語り②

「やぁ、冴香さんは寝相が悪いだろ?」

「知ってたんですか? なら、教えてくださいよ」

「憧れの英雄がどういった人物か、知ってもらいたくてね。英雄もただの人間だったでしょ? 寝相は悪いし、口は軽いし、自由だし」

「そうですね。普通の人でした。でも、冴香のことを尊敬する気持ちは変わりません。むしろ強くなりました。これからはもうちょっと柔軟に物事を考えようと思います。…………先生はどうして寝ないですか?」

「昔から魔力を使ったら、しばらく寝れなくなるんだよ。好きなはずのブランデーを飲んでも、味もしない。酔いもしない」

 先生は少しだけ苛立っているようだった。雷の魔導戦士はその特性上、精神的負荷が凄まじい。

 一時的に性格が変化することもあるらしい。

 先生はブランデーをラッパ飲みしていた。

 それを理香は取り上げた。

「私の友達(ブランデー)の取らないでほしいな」

友達(ブランデー)もあまり求められてしまうとあちらから愛想を尽かされますよ」

 テーブルの上に空の瓶が二つ。三本目も半分以上減っていた。

「二千年以上付き合いのある友達が裏切るもんか」

 先生は苦笑する。

「代わりになるか分かりませんけど、私と話をしませんか?」

「驚いたね。君は私のことを嫌っていると思ったよ」

「嫌われていると思っているのに、よく近づけますね」

「私からすれば、愛すべき生徒で、守るべき子供だ」

 子供、その言葉に少し前ならムッとして言い返していたと思う。それを今は飲み込むことが出来た。

「私って、子供で世間知らずだったんですね」

「みんな、そんなものさ。私だって君くらいの歳の頃には知らないことがありすぎた」

「でも先生は日本の為に、私たちの為に戦っていたじゃないですか?」

「国に言われた正義を信じてね」

 先生は自嘲気味に笑う。

「先生は日本が嫌いですか?」

「私は嫌いな国にいるほど忍耐強くないよ。まして、嫌いな国の公僕なんてやらない」

「先生って不思議ですね。軍人に見えません」

「軍人になんて、なりたくなかったさ。たまたま、魔力を持っていたから、軍人に成るしかなくなっただけだよ」

 魔導戦士育成総動員法。

 それは帝国に対抗するために発令されたものだった。

 魔力のある者は身分、年齢に関係なく、軍人に成ることを強制された。

 今の時代にそれは破棄されて、魔力を持っていてもそれに封印を施せば、軍人に成る必要はない。

「君は軍人に成ることを後悔していないか?」

 先生が言う。

「私にはこれしか道がありませんでしたから。故郷も身寄りもお金もない。頼れるものが何もありませんでした」

 それを聞いて先生は驚く。

「それはおかしい。君には毎月お金が送られていたはずだ」

 それを言った瞬間、先生は「しまった」という顔をした。

 理香の中で一つの謎が解ける。

「先生、やっぱり酔っているんじゃないですか? その一言は失言ですよ」

「酔っているわけじゃない。魔力を使った反動で言葉選びが迂闊になっているだけさ。でも、そのお金があれば、君は軍人に成らなくて済んだはずだよ」

「まるで私が軍人に成ることを避けたかったみたいですね。…………あのお金には手を付けませんでした。毎月、匿名で送られてくるお金。私だけが貰っていいものかと悩みました。いつかこのお金を渡してくれている人に会って、返すつもりでした。先生が私に支援していた人だったんですね」

「まぁね」

「どうしてですか?」

「君のことが心配だった」

「だから、それが分からないんです。私のような孤児は他にもいたはずです。なんで先生は私だけを特別扱いしたんですか?」

 この問いに対して、先生は無言になる。

 またブランデーに手を出そうとしていた。

「駄目です。これを飲んだら、たぶん先生は真実を飲み込んでしまう。それはさせません」

 理香はブランデーを手元に引いた。

「はぁ、でも確かに君はそろそろ知るべきかもしれないね。いつかは話そうと思っていた。それが今日になるとは思わなかったよ。いや、あれを見たからには今日話すべきだったのかもしれない」

「あれ?」

「黒い刀のことだよ」

「先生はあれが何か知っているんですか?」

 理香は前のめりになる。

 先生は深呼吸して、理香を真っすぐ見つめた。

「知らない」

 理香は脱力してしまう。

「…………ちょっと、そこは知っているって言うところじゃないんですか!?」

「知らないものは知らないさ。…………だけど、君が救い出された施設が何だったかは知っているよ」

 先生の声が暗くなる。

 理香にもそれは伝染して、固唾をのんだ。

「君がいた施設は人体実験所だよ」

 それを聞いた時、理香は思ったほど驚かなかった。

 投薬の記憶が今でも残っている。実験所と言われても「やっぱりそうだったんだ」くらいにしか思わなかった。

「ここからは私の推測だし、親しい人にしか話していないことだ。それに気分を悪くするかもしれないから、先に謝っておくよ。君は何らかの実験の被検体で、その実験の成功体だ」

「成功体?」

「施設を強襲した時に研究データは帝国の兵士によって破棄されてしまった。だが、事前の探索で研究者たちは「やっと成功した」と言っていたんだよ。そして、あの施設から救われたのは君一人だ。ならば

その成功例は君のことだと考えるのが妥当だ」

「それをなんで軍に言わなかったんですか?」

「言えば、今度は日本が君を実験体にしてしまう」

「でもそうすれば、何か分かったかもしれません。もしかしたら、進んでいた帝国の魔導戦士研究に追い付けたかもしれないのに」

「私はその為に子供を犠牲にしたいとは思わない。日本の軍人とは民間人を守るために存在していると思っている。それなのに子供の命を差し出して、国家の繁栄を考えるなんて、それは国家の在り方が変わってしまう。そんな国家は滅んで、一向にかまわない」

 先生は魔術の反動のせいか、お酒のせいか、過激なことを言う。

「国家よりも一人の子供の命の方が大事だというんですか?」

「国家なんて人間が生きるための手段に過ぎない。必ずなければいけないものでもない。だが、子供は違う。次世代を繋げなければ、人は死に絶えてしまう」

「結構、極端な考え方を持っているんですね」

「失望したかい?」

「いえ、先生は極端な考え方を持っています。でも、人の考え方も聞いてくれる人です」

「それがこの国の在り方『民主主義』というものだからね。話を戻そう。私は君の黒い刀の正体を知らない。しかし、あれが帝国の成功した実験だとしたら、碌でもないものだろう」

「それって私を心配しているからですか。それとも監視しているからですか」

「両方というのが的確だと思う。君には得体の知れない力が備わってしまっている。それが君にどんな影響を及ぼすか分からない」

「…………今日、私は混濁した意識の中で自分の全部が黒い何かに飲み込まれる感覚に襲われました。で、気が付いたら、寺岡を圧倒していました。その間は痛みも無くて、力が溢れてきて、猟奇的で好戦的な気持ちになっていました」

 理香は自分で言っていて、おぞましかった。寺岡を圧倒していた時、本当ならもっと早く決着をつけることだって出来た。しかし、出来なかった。いたぶりたいと思ってしまった。

「その力って今も出せる?」

「無理みたいです。冴香さんに黒い刀を取り上げられた瞬間に私を支配していた力はどこかに消えてしまって、もう感じることが出来ません」

「そうか…………けど、刀さえ手放せば、元に戻るならよかったよ。その力は使うべきじゃない」

「はい、分かっています。それにあれが実験の結果の力だとしたら、それは私の力じゃありません。そんな卑怯な力を使いたくありません」

「君は真っすぐだね。あんなに酷い目に遭って、故郷を失って、一人だったのによく真っすぐに成長してくれた」

 先生はまるで我が子のように理香の頭を撫でた。

 誰かに頭を撫でられるのなんていつぶりだっただろうか。理香はその感覚に戸惑った。

「ちょっと、先生!?」

「あっ、すまない。やはり酔っているようだ。こんなことをして済まない」

「い、いえ、大丈夫です」

 理香は自分の体温が上がっていくのを感じた。

「な、何か、お酒の入ってない飲み物を持ってきますね」

 理香は立ち上がる。

「私はそれでいいんだが」

 先生は理香が取り上げたブランデーを指差す。

「お酒は駄目です」

 理香はブランデーを持って、冷蔵庫に向かった。

「これって、食べていいのかな? 大丈夫だよね??」

 冷蔵庫には高そうなチョコレートが入っていた。すでに三分の一ほどが消化されている。少しだけお腹の減っていた理香はそれも持っていくことにした。先生に聞いて、食べちゃダメなら戻せばいい、くらいに思っていた。

 チョコレートと一緒にお茶、紅茶を入れた容器、それと氷を入れたコップを二つ、お盆に乗せてリビングに戻る。

「お待たせしました。先…………」

 先生は寝てしまっていた。

「まったく寝れないんじゃなかったんですか?」

 理香は少しだけ不機嫌になりながら、先生の隣に腰かけた。

 そして、お茶を一口飲んだ。

「開けてあるし、食べても大丈夫だよね?」

 チョコレートを一個摘まんで口の中に放り込む。

「んっ!? なにこれ美味しい! …………もう一個いいよね」

 理香が食べたことのない味のチョコレートだった。

 もう一個、もう一個と食べているといつの間に無くなってしまった。

「あれ、もうない…………私、そんなに食べたっけ?」

 理香は思考が酷く低下していた。立つのも辛い。

 そのまま先生に寄り掛かる。

 理香にとって、本当に久しぶりの人の温もりだった。とても安心する。

「眠い…………」

 理香はそのまま寝てしまった。



「…………輩! 先輩! 先輩!!」

 理香はその声に聞き覚えがあった。

 しかし、そんなに焦った口調は初めて聞く。まだ自分が寝ぼけているのだと思った。

「早く起きてください、阿婆擦れせんぱいぃぃぃぃぃぃ!!!」

 理香は耳元で思いっきり叫ばれた。

「うるさいよ! 何だか頭が痛いんだから、そんな大声出さないですよ! って、優里亜ちゃん!?」

「いいから早く来てください! あなたのせいでパパが殺されそうです!」

「ええっ!?」

 理香には訳が分からなかった。

 優里亜に手を引っ張られてきたのは、冴香の部屋だった。

 部屋に入ると正座した先生と仁王立ちの冴香さんがいた。

 先生の前にはどこからか持ってきた短刀が置かれていた。

「ど、どういうことですか!?」

 理解が出来なかった。

「あっ、おはよう、理香ちゃん。 ちょっと待ってね、教え子にお酒を飲ませて淫らなことをした愚か者を処理したら、朝食を用意するから」

「冴香さん、待ってください。パパが先輩なんかに手を出すはずがありません!」

 先輩なんか、と言われてことに引っ掛かりがあったが、状況を察することが出来た。

 昨日、あのまま寝てしまった。

 で、朝になって冴香さんが発見して、勘違いして怒髪天ということだ。

「冴香さん、切腹ってちょっと古風過ぎないかな?」

 先生はいつもの調子だった。加えるなら、少し眠そうだった。命の危機、という自覚はないらしい。

「私に軍のイメージが下がるとか言っておいて、自分は朝までコースなんて、ずるい…………じゃなかった。不届き者!」

「だから、私は途中で寝てしまって、何もしていないよ。真境名さんからも弁明してくれないかな?」

「そ、そうです。先生とは少し話をしただけで何も…………」

 理香は頭を撫でられたことを思い出した。言葉に詰まり、顔を赤くした。

 それを見た冴香の瞳から光が消えた。

「切腹なんて生ぬるい。打ち首だ! 《風打刀(かぜうちかたな)》!」

「わぁ~~、阿婆擦れ先輩、パパを殺すつもりですか!」

「冴香さん待ってください! それと優里亜ちゃん、その呼び方でもう一回を呼んだら、引っ叩くからね!?」

 理香は先生の潔白を必死に説明して、冴香を納得させた。その後にチョコレートにはアルコールが入っていることがあると知った。

「先生、ごめんなさい」

「大丈夫だよ。冴香さんだって本気じゃなかったと思うし」

 先生は怒ることは無かった。

 別れ際に「また学校でね」と言う。

 さすがに疲れが溜まっていたし、帰りは電車を使うことにした。

 帰りの電車、建物の高さがだんだん低くなっていって、徐々に田んぼや畑が増えていく。遠くには山が見えるようになった。

 最寄り駅について、宿舎まで歩く。夏の日差しが厳しく、宿舎に着く頃には汗だくだった。

 シャワーを浴びて、ベッドに身を投げて、深呼吸をした。

「なんか久しぶりに帰ってきた気がする…………」

 二日前の夜に出たはずなのに、随分と長い旅をしてきた気分だった。

 理香はすぐに寝てしまう。

 多くのことを経験できた東京旅行は終わった。

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