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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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真夜中の語り①

 冴香からの提案に対して、理香は二つ返事で「分かりました」とは言わなかった。

「でも、もう一つの部屋はブン君と優里亜ちゃんが使っているし…………」

「い、いえ、私はソファーでいいです!」

 英雄と一緒に寝るなんて恐れ多いこと、理香には出来ない。

「そんなに嫌なの?」

 冴香は寂しそうな顔をする。

 その顔は反則だ。断れない、と理香は観念する。

 浴室の広さや煌びやかさを見る余裕はなかった。

 冴香の部屋の前で深呼吸をする。

「失礼します」

「どうぞ」

 理香は風呂上りとは別の熱で体が熱かった。

 理香は冴香と同じベッドに入る。

 さすがに冴香の方を見る勇気はなく、それでいて背中を向けるのは失礼だと思い、理香は仰向けになった。

「少し話をしてもいいかな?」

 冴香が言う。

 理香は「は、はい」と答えた。

「ブン君は上手くやってる?」

「冴香さんは先生のことをブン君と呼びますね」

 理香は冴香の質問に答える前に知っておきたいことがあった。

「うん、田中君とか、一郎君なんて言いたくないよ。ブン君はブン君だから。私はそう呼ぶよ」

「私も先生の本名、聞いちゃだめですか?」

「なに、理香ちゃん、先生のことが気になるの?」

 冴香は楽しそうな口調で言う。

「えっと、多分、冴香さんが思っていることと違う意味で気になっています。先生って何者ですか?」

 この人って結構口軽いからしゃべるかな、と理香は失礼な期待をしていた。

「私から言えないよ」

 返答は理香の予想と違っていた。

「私自身のことなら言うけど、ブン君のことはブン君から聞きなよ。理香ちゃんがもっと親しくなれば、自然と聞けるようになるよ」

「私は先生にとっては、ただの生徒です」

「ただの生徒にブン君がここまで入れ込まないよ」

「えっ?」

「おっと、今のは失言だった。忘れて」

 やっぱり口は軽いんだな、と理香は思ってしまう。

「理香ちゃん、今、私に対して失礼なこと、考えたでしょ?」

 その言葉に理香はギクリとする。

「そ、そんなことないですよ。ははは…………そうだ、学校での先生ですよね。先生は人気者ですよ。歴史が本当に好きで、生徒と良く話をしています」

「そう、それは安心した」

 少しだけ会話が途切れる。

「冴香さんのことなら聞いてもいいんですよね?」

 冴香は「いいよ」と答えた。

「冴香さんにとって、沖縄戦ってどうでした?」

「地獄だった」

 冴香の答えは簡潔で、重かった。

「味方がたくさん死んだからですか?」

「少し違う。味方と敵がたくさん死んだからだ」

「索敵の時、ブン君の力を使って私も敵の声を聞いたりしてたんだけど、それが一番つらかった。敵の野営地の何気ない兵士同士の会話が聞こえてしまうんだよ。楽しそうに自分の子供の話をしている兵士。奥さんの自慢をしている兵士。戦場に出る前にプロポーズして成功したことを嬉しそうに話す兵士。戦争が終わった後の夢を語る兵士。そんな敵の兵士の言葉が、いや、感情が流れ込んできているのに、戦争をしなければならない。殺さなければならない。聞こえていた声が消えていくのに耐えながら、私は人を殺したよ」

 冴香から初めて「人を殺した」とはっきり言われた。

 理香は分かっていたつもりだったが、言葉にされるとやはり自分と冴香が違う世界の人間だと思ってしまう。同じ道の先にいるはずなのに、その存在は遠い。

 理香が返答に困っていると

「ごめんね。こんな話を平和な時代の軍人を目指す若者に言うことじゃないね」

 冴香の言い方は馬鹿にしたわけじゃなかった。今の時代の軍人には、自分たちとは違う役割がある、と言いたそうな口調だった。。

 それでも理香には強い思いがあった。

「私は沖縄を取り戻したいです」

「うん、分かってる」

 冴香の口調は優しかった。

「でも分からなくなってます。先生に会うまではまた戦争をして武力で沖縄を取り戻すしかないと思っていました。だけど、先生にいろいろ言われて、それに今日みたいな目に遭って、戦争って今日とは比べ物にならないほどの力のぶつかり合いですよね」

「そうだね。正直なことを言えば,私は二度とごめんだよ」

 私って変わったなぁ、と理香は思った。

 以前なら、大和冴香のような英雄がそんな発言をしたら、失望して声を上げていた。今はその言葉を飲み込んで、考えられる。

「戦争をせずに沖縄を取り戻す方法って、外交ってことですね? けど、それって難しい気がします」

「難しいことは分かっているし、交渉は政治家たちの領分だから私が出ちゃいけない。もし、私や他の軍人が政治に口を出すようになったら、日本は軍事国家への道を進んでしまう。軍というのは国の中にあるべきもので、国の頂点に立ってはいけないんだ、と私は思っているよ。私に出来ることがあるとすれば、日本の国力を比較的穏便な方法で帝国へ示すことだと思う」

「それが魔導戦士の戦いを競技化する理由の一つですか?」

「おっ、学年一位の秀才だけあるね。その通り。帝国に見せてやろうと思っているんだ。もし、戦争をしたらお互いに痛い目に遭うぞ。だから、私たちに沖縄を返してってね」

 冴香は笑いながら言ったが、目は真剣だった。本気だった。本気で沖縄を取り戻そうと思っていた。

「それが私の親友への恩返しだと思っているから」

 親友とは『我那覇信重』だと理香は確信する。

「我那覇さんってどんな人でしたか?」

「滅茶苦茶な人だった。我儘だし、私の意見なんて聞かないし、普通に暮らしていたら、絶対に仲良くなれなかったと思う」

「それなのに親友ですか?」

「面と向かって話せば喧嘩になるし、肩を並べて足並みを揃えようとしても独断専行ばっかするけど、背中を任せた時、信ちゃん以上に頼もしい人はいなかった。私なんかよりずっと英雄って呼ばれるべき人だよ。私は所詮非難を躱す為、日本政府が英雄扱いしただけだよ」

 沖縄から民間人の救出には成功したが、代償が多大だった。

 沖縄撤退戦で薔薇の義勇連隊は全滅した。そのことに注目が集まらない為に沖縄戦の英雄として、世間は冴香のことを大きく取り上げた。

「冴香さん、自分をそんな風に言わないでください。私は冴香さんに救われました。冴香さんは私の為に泣いてくれました。どんな思惑があったかなんて関係ありません。冴香さんは私にとって憧れの英雄です」

「理香ちゃんは優しいね。ありがとう。あの施設の他のみんなを救えなくてごめんね」

 その発言に理香は驚く。

「覚えていたのですか?」

「うん、君のことはよく覚えている。ブン君でも中々見つけられないほどの探索妨害がかけられたいた施設。その惨状に心が折れそうだった。君はあの施設の唯一の生存者だから」

 理香はその時のことを聞きたくなった。

「あの………」

 冴香はわざとらしく、大きな欠伸をした。

「ごめんなさいね。昼間のこともあったし、年のせいか眠くなってきちゃった」

 理香は行動と言い方に「これ以上、この話はごめんね」という意思表示に感じられた。

 理香だって実験のことを誰かに話したいと思わない。それと同じで冴香にも触れられたくない部分があることを理解する。

「分かりました。そろそろ寝ましょうか」

 会話が無くなる。

 理香はいつの間に緊張もなくなり、睡魔に襲われた。

 寝る時に誰かが隣にいるなんて久しぶりだった。



(なんだか苦しい。息が息が出ない。金縛り?)

 寝たはずの理香は異常な苦しさに目を覚ます。

 初めは疲労のせいかと思ったが、全く違っていた。

「む~~~~~~!?」

 現在、理香は冴香にがっちりホールドされていた。

 息が出来なかったのは、顔が冴香の胸に埋まっていたからだった。

(このフカフカ幸せ…………じゃなくって! 息が出来ない! でも、ナニコレ!? 女の人の胸ってこうなるものなの? てか、冴香さん、力強ッ! でも柔らかく…………! じゃなくて!)

 理香は強引に抜け出した。それでも冴香は起きなかった。どうやらかなり図太いらしい。

 鼓動が早い。顔に冴香の胸の感覚が残っていた。

「はぁはぁ…………胸ってあんなに柔らかいの?」

などと思い、理香は自分の胸を触ってみる。現実は残酷で柔らかさはなく、骨の形を感じることが出来た。

「あー、動きやすい体で良かった…………」

 理香は独り言を言う。

 油断していると冴香はまた理香に襲い掛かろうとした。

「本当に寝ているの!?」

 理香はベッドから逃げる。これ以上されたら、色んな意味で体と精神に異常が発生しそうだった。

 理香はリビングに向かう。ソファーで寝ようと思った。

 廊下を抜けて、リビングに行くと電気がついていた。

「先生…………」

 先生が酒を飲んでいた。

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