幕間2-02.前世
ちょっとずつこれまでのお話の中で明かしてきた内容の答え合わせです?
森に入ってから2日後。目的地に辿り着いた。
その場所の警備をしていた兵に挨拶をし、ハンターカードを見せる。
「今日はどのようなご用事でこちらへ?」
「はい、観光です」
「そうですか。ようこそいらっしゃいました。大したところではありませんが楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます」
すんなり通れた。
思ってたより友好的だ。
私の知識の中では閉鎖的で頭が固くて自分達以外は認めない種族なんだけどこの世界では違うっぽいかな。
それとも私が同族だから? だから優しく接してくれてる・・・とか?
しかし集落って聞いてた割に結構大きい。ここ、人族の作る村と町の間くらいの規模があるんじゃないかな。
・・・あれ? なんだか懐かしい感じ。
私、ここ知ってる? この大通り、このまま真っ直ぐ行くと私が住んでた屋敷が。
私が住んでた屋敷? 今自分が考えたことに"ハッ"となる。
そんな筈ない。私はここを訪れるのは初めてだ。エルフの集落。同族がどんな暮らしをしているのか知りたくて、だから興味本位でここにきた。初めてな筈なんだ。住んでたなんてあり得ない。
『リリー』
不意に頭の中に若草色の瞳と若草色の髪、美しい女性の姿が浮かぶ。
「っ」
頭に鋭い痛みが走ると共に涙が零れる。アメリアがそれを見て私を抱き締めてくれる。
「ユーリ?」
「分からない。でも・・・」
きっと私はそこに行かなくちゃいけない。
その場所。そこに私の過去がある。
行って私はそれを知らなくちゃいけない。
例えそこで何か良くないことが起こるとしても。
「アメリア、着いてきてくれる?」
決意はしても1人は怖い。
私は最愛のアメリアに尋ねる。
彼女がいてくれたら私は頑張れるから。
「ボクはユーリを離すつもりはないよ?」
うん、分かってる。
むしろそうして欲しい。
私をずっと捕まえていて欲しい。
私はアメリアが大好きだから。
「うん! そこは・・・。ううん、そこもかな。変わらないよ。約束する」
言い直したのは、私とアメリアが語り合う少し後ろで仲間達の顔が見えたから。
「そこまで言うなら」
アメリアは私と手を繋ぐ。
恋人繋ぎで私達は歩き出す。
仲間達も着いてきてくれている。
ほんとに私は幸せ者だ。
大通りを抜けると屋敷が見える。
屋敷と言ってもそこまで立派なものじゃない。
庶民が暮らす家よりもやや大きい建物といったところか。
ここに住んでいるのはこの集落の領主で人族で言えば公爵の位を持つ人なのだけど、それでも建物がこじんまりとしたものである理由は私達がエルフだからとしか言いようがない。
建物の大きさなどで権威を示そうとする人族とは根本的に違うのだ。
エルフの王族や貴族とは他の皆の相談役みたいなものに近い。
最もたまに勘違いした性格の者も現れるけど。
しかしそういう者が領地を収めようとすると大概ろくなことにならない。
私のかつての兄のように。
ううん、私は兄に異世界こと地球に飛ばされたから詳しいことは知らない。
知らないけど、この集落が平和そのものというところを見ると兄は廃嫡でもされてその権利を剥奪されて集落追放か極刑にでもされたんだと思う。妹をその手にかけたのだからなんらかの極刑かな。あのときの出来事は先程頭に浮かんだあの女性も見ていた筈だし。
「私を知ってる人は生きてないよね」
あれから1000年は経っているのだ。いかにエルフと言えど生きてはいまい。
ハイエルフならば或いは生きている人もいるかもだけど、私達はその彼女達の半分も生きられない普通のエルフだ。
当時の関係者は亡くなって代替わりしているだろう。
「それでも屋敷がそのままなのは少し嬉しいな」
小さく笑い、訝しむアメリアと仲間達と共にその屋敷を右側に大回りして超える。
その先は集落を守る壁。だが四つん這いになれば大人が1人通れる程度の穴が空いている。
「塞がれてないし」
ちょっと呆れる。ここから魔物が入り込んで来たりしたらどうするんだろうか。
危機管理が薄い。あー、でも他の村や町と同じである程度の魔物なら効力を発揮する魔物避けの魔道具が設置されてるのかな。それならまぁ、納得かも。それと恐らくこれは彼女のためでもあるんだろう。
今から彼女に会う。うわぁ、緊張してきた。
アメリア達の顔を見回した後、私は穴を潜る。
穴の先は森。私達がここまで来るまで歩いていた森とはちょっと違う。
この森は特別な森。上質な魔素が漂う森。彼女が住まう森全体が彼女の家。
たまに不法侵入する魔物もいたりするけれど。そこはご愛嬌と彼女が昔言っていた。
「来たよ」
声をかけてみる。
しかし何の反応もない。
あちらから反応してくれないとこちらからは何も出来ない。
いつだってそうだった。呼びかけないと彼女は来てくれなかった。
少し待ってみる。と周りの樹木から蔓が沢山伸びてきて木の球体を私達の目線より少し上くらいの場所に作る。
その球体はある程度の大きさとなったところで弾け、光の球体が地面に緩やかに落ちてくる。
それはやがて人の形となって・・・。
『リリー?』
彼女が私達の前に姿を現した。
「久しぶりだね。でも・・・」
私が知ってる彼女とちょっと違う。
彼女は淑女っていう感じの若い大人美人さんだった。
でも今私の前に立っている彼女はどう見ても、幼女。
「・・・縮んだ?」
思わず呟いてしまう。
幼女な彼女はそんな私のことなど大して気にもせず。
『リリーと同じ魔力。だけど少し違う。貴女は誰? どうして貴女と私は仮契約が結ばれているの? 私が契約したのはリリーただ1人なのに』
そっか。今って仮契約の状態なんだ。
だから彼女は小さく・・・? ううん、何か違う気がする。
「私はユーリ。リリーは私の昔の名前。兄に異世界に飛ばされて、そこで私は死んで生まれ変わって。そこでまたこっちの世界に召喚されたの。ねぇ、貴女はどうして縮んでいるの?」
『リリー? そんなことあるの? でも、でも。私、私貴女と契約切りたくなくて。だからずっと繋いでて。でも貴女と遠すぎるから私の力はどんどん無くなって。それでも私は貴女と繋がっていたくて。生きてるのは分かってた。でも一度何も感じられなくなったら死んじゃったんだと思ってた。ほんとに死んじゃってたんだね。でもね、でもまた繋がったの。だから私は絶望しなかった。おかえりなさい。リリー、リリー』
幼女な彼女は私に飛びついてくる。
一瞬、アメリアが"ムッ"とした顔をしたものの、今回は見逃すことにしたらしい。
ごめんね、アメリア。後でいっぱい貴女と触れ合うから、ね。
『リリー、また私に名前をつけてくれる? また貴女と正式に契約したいの』
幼女と触れ合いながらもアメリアのことを想っているとそう言われる。
昔の私が彼女になんて名前をつけていたのか思い出せない。
違う名前になってもいいのかな? 他ならぬ彼女に聞いてみる。
「ごめんね。貴女の名前が思い出せないの。違う名前になってもいい?」
『うん! リリーがくれるならよ。リリーも昔と名前違うしね』
そっか。私がつけるなら受け入れてくれるのか。
それじゃあ。
「トア。ってどうかな?」
名前を言った瞬間、体からごっそり魔力を持っていかれた。
空になる寸前だ。気怠さでふらついてしまったところ、アメリアが支えてくれた。
「ユーリ、大丈夫?」
「うん、ありがとう。アメリア。いきなりでびっくりしたけど平気だよ」
「良かった」
『ごめんなさい。私もまさかこんなことになるなんて想定外だったわ。でも貴女はやっぱりリリーなのね。同じ名前を私に与えるなんて』
そういう彼女は今は昔のままの彼女だ。
私の魔力が幼女を彼女にしたんだろう。
喋り方も変わってる。
精神は肉体に引っ張られるって本当なんだね。
たまに大人にならない子供のままの大人もいるけどさ。
良い意味でも悪い意味でも。
「トア」
『えぇ、リリー』
「今更なんだけど、貴女は私の親友で樹木精霊のトアだよね?」
『本当に今更ね。えぇ、間違いなくリリーの親友のトアだわ』
「トア・・・」
『それにしても隣の子はリリーの恋人?』
リリーがアメリアに微笑んでいる。
それは優しい笑み。
アメリアは先程まで少なからずトアを警戒していたのにこの笑みに毒気を抜かれてしまったようで。
「そう。ユーリはボクの大切な恋人」
『そう。リリーは素敵な伴侶を見つけたのね。私も嬉しいわ』
「ユーリはリリーじゃないよ? それとボクがユーリの恋人でいいの? トアだっけ? トアもユーリを狙ってたんじゃないの?」
ア、アメリア!? なんてことを。ほら、トアが鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してる。
トアにその気は昔から全然なかったよ。
『ぷっ』
トアは暫くして爆笑を始めた。
「何がおかしいの?」
『ごめんなさい。えっとまず結論から言うわ。私はリリーをそういう目で見たことはないわ。だって私はこの世界が生まれた頃から生きてるのよ? その私から見たらリリーは幼すぎて、ね。それに私はリリーの親友で姉代わりなの。それはリリーも認めてることよ? それから最後に私にとってはリリーはリリーなの。その名前で呼ぶこと許して欲しいわ』
アメリアが私を見る。
私はアメリアに頷く。
それで納得したらしい。
アメリアは大人しく引き下がった。
『さて、リリー。話も纏まったところで貴女がこれまでどう生きてきたか教えて欲しいのだけどいいかしら?』
「最初に言っておくけど、あまり愉快な話じゃないよ? それから私の後でトアの話も聞かせてね」
『ええ、分かったわ』
私はそれからトアのリクエスト通りのことを覚えている限りで話した。
兄と領地の在り方で揉めたこと、兄は私の言い分を聞かず禁忌の術で私を異世界送りにしたこと。
この辺はトアは知っているけど、アメリア達は知らないから話した。
それから異世界こと地球に行った私はそこで現地の人間に襲われて、監禁されて、身籠って挙げ句の果てに火炙りになったことを話す。そのときの子供はどうなったか知らない。再び私が先祖返りのように生まれたってことは何かがあって生き延びたんだろう。
「ふーん」
昔話しを終えた後、アメリアは殺気に満ち溢れていた。
違う。アメリアだけじゃない。私の周りの全員が怒りに震えていた。
この後のこと話すの怖い。虐待とか苛めとかのくだり。皆、耐えられるんだろうか。
とは言っても話すってトアに言っちゃった以上は・・・。
私は一度死んで生まれ変わった後のことを話し出す。
それはもう、見たことないけど、もし魔王がいたらこういう殺気を放ってるんだろうなぁってくらい全員が恐ろしくなった。レオン? あんなの比ではないよ。あいつの何倍もの殺気だよ。
「あの、ユーリさん?」
「何? アンナさん」
「その地球って世界滅ぼしましょう。それがいいです。そうしましょう」
いやいやいやいや。ちょっと待って? 落ち着いて? そもそも無理だから。後、貴女はほんとにアンナさん? 私が知ってるアンナさんは癒しの聖女だけど、今のアンナさんは殺戮の魔女って感じだよ?
「そうですわね。滅ぼすべきですわ。でも出来るだけ苦しませてあげたいですわね」
「あー、そうだね。あははははっ」
怖っ。皆、怖!! この分だとアメリアとトアも恐ろしいことを言い始めるに違いない?
恐る恐る2人の方を見る。と何やら魔法陣を描いていた。
「何してるの?」
『あら、リリー。えぇ、異世界転移の魔法陣を描いてたの。あのとき見たのこんな感じだったと思うのよねぇ。でもおかしいわ。発動しないの。何処か間違ってるのかしら?』
「ボクのユーリを苛めた奴らは生かしておく必要ないよね。ねぇ、トアまだ?」
あ、ああぁぁぁぁ・・・。
私は大変なことをしでかしてしまった。
でも皆が私のことをそんなに思ってくれるのは嬉しいな。
私も正直、私が人間だった頃の両親とか元クラスメイトとかは全員死ねばいいと思うし、殺したい。昔の私を襲った連中はとっくに死んでるだろうけど。
「あのね」
私は皆に呼びかける。
出来るだけ笑顔で。
皆が私に振り向く。
「皆の気持ちは嬉しい。でも私、もうあっちの世界に関わりたくないんだ。だからあっちはあっちで放置したい。大体私達が何かしなくても多分・・・」
あのままだと多分・・・。
皆はため息をつく。
私の傍に来て皆で抱き締めてくれる。
「えっと?」
「ユーリは優しいね」
『リリーは変わらないわね。気に入らない者には容赦無いようで何処か甘い。でも私はやっぱりそんなリリーが好きよ』
「ユーリ、辛かったんですのね。でももう大丈夫ですわ。皆がいますもの」
「私はまだ滅ぼしたほうがいいって思ってるけど、ユーリさんがそう決めたならそれに従うね」
「にしてもこの世界に生まれて良かったって感じだなぁ。ユーリが行ってた世界は生きるのに苦労しそう」
寄ってたかってぐちゃぐちゃにされる。
髪の毛がぁ。服に皺がぁ。
<あ、私達はまだ制服のままだったりする。本来卒業する筈だった日のその日までは着用が許されてるからそうするつもり。制服って便利で。つい>
魔物に襲われるより酷いことになってるんですけど?
けど、幸せだよ。今。




