幕間2-01.奴との遭遇。ユーリの誘惑。
あの虫が出てきます。
苦手な方は注意してください。
文字だけでもおぞましい嫌悪感を抱く人はいる筈。
ちなみに作者も寒気を感じつつ書き上げました(苦笑)
私は常識とか心情とか人と少し違うところがあるのは自分で良く知ってる。
私や私の大切な人達にとって有害だって判断した人は躊躇いもなく殺せるし、そんなだから人型の邪族も平気。
勿論、動物や魔物だって命を奪うことが出来る。
でもそんな私でも絶対にダメなのがいる。
・・・えっと何故こんな話をしているかと言うと、今目の前に出たのだ。あいつが。
黒光する触角と体躯。六本の足で"カサカサカサカサッ"歩くあいつが
野生のあいつ。あ、うん。野生以外では多分いないと思うけど。飼ってる人とかいないよね? ねっ?
私は【虫】が大嫌いだ。そのためハンターギルドで受ける討伐依頼などもその手のは意識して避けてきた。仲間が持って来たりしたら全力で拒否して変更するようお願い等してきた。
そんな私だから今回もそういう依頼は受けていない。
というか今回は依頼じゃなくて趣味を前面に押し出した旅行みたいなものの最中だ。
よりにもよってそんな中で会ってしまったのだ。
王都から馬車に乗って幾つか町や村を過ぎて最後に泊まった場所からは徒歩。
現在は一の鐘が鳴ってから次の鐘がそろそろ鳴ろうかとしているくらいの時間。
森の中。私は一歩も動けない。そいつは別に私を殺そうとかそんなことは思っていないだろうし、出来ないって分かっているけどどうしても身が竦む。
「ひっ・・・ひっっっ!」
"カサカサカサカサッ"目の前を歩いて通り過ぎようとしている。
それを怯えながら見てアメリアにしがみ付く私。
「い、いや・・・。無理。無理無理無理無理」
「ユ、ユーリ?」
過去のトラウマが蘇る。
中学校の廊下。男子2人に片方ずつ手を抑えられて自由を奪われてた上でもう1人の男子が恐怖に震える私に手に持ったそいつを少しずつ近づけてきて。最後は。言いたくない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もうしません。許してください」
「ユーリ? ユーリどうしたの? ユーリユーリ、ボクだよ。しっかりして。ユーリ」
アメリアの声が聞こえる。私を抱き締めて落ち着かせようとしてくれてる。
「・・・すー、はーーー」
深呼吸。うん、大丈夫。少し落ち着いた。
「もう大丈夫。アメリア、ありがとう」
「うん。一体どうしたの?」
「んっ・・・」
アメリアの体の脇から"そっ"と顔を出す。
まだ、いる。立ち止まってこちらを見ている――――!!!???
「ひっ、あ・・・。アメリア、あいつ殺して」
「あいつ?」
そいつを見ないように指を指す。
アメリアはそれを受けてそれから。
「虫嫌いのユーリ、可愛い」
剣に雷魔法を付与。
それを斬撃のようにそいつに飛ばしてこの世から消し去ってくれた。
「もう大丈夫だよ」
「ありがとう。でもまだいるかもしれないし、くっついててもいい?」
1匹見れば30匹とか100匹いるとか言われるような奴らだ。
ならその辺りに仲間がいると思った方がいい。
怖い。無理。生理的に嫌悪感。こんなところで自分は近代日本に生きてたんだなぁって自覚する。
近代日本人、特に女性の98%くらいはあいつを見たら私と同じような感じになる筈。
後の2%はハンターだね。歯牙にもかけず平然とそいつと戦う様は尊敬を通り越して畏怖さえ覚えたものだよ。そのハンターは年配の方が多かったかな。うんうん。
以降、アメリアの腕にしがみつきながら歩く。
周りを"きょろきょろ"しながら"おどおど"もしてたらコーネリアから飴もらった。
「子供みたいなユーリが可愛いのですわ」
って。続いてアンナさんは頭を撫でてくれてラナさんは意味あり気に頷いてた。良く分からない。
もらった飴を口に入れる。ミルクの味。甘い、美味しい。
「あ、食べるんですのね。ほんとに可愛いですわ。ユーリ」
「可愛いよね。ボクのユーリ、可愛い」
ん? 知らない仲じゃないんだからくれたんなら食べるでしょ。
アメリア、歩きながら私を見てたら木に頭ぶつけたり、躓いたりするよ? 邪魔になってる私が言うことじゃないけどさ。
こんな調子で私達は歩き続け・・・。
ごめんなさい、嘘つきました。
体力が尽きた私はアメリアにお姫様だっこされたりしました。
相変わらず体力ないー。
野営地。
正確には違うけど、適度な広さがある平地を見つけて私達はそこに天幕を張った。
私以外の仲間が各々安全確保に努めてくれている中で私はスノーに頼んで調理器具と食材を出してもらって今日の夕食作りに取り掛かる。
と言っても野営料理なんて簡単なものしか作らない。
手の込んだものはまた別の機会にということで。
材料はワイルドボアのお肉と数種のキノコ、ホワイトキャベイツ、カタクリ、水、お醤油っぽいものを始めとした各種調味料、お酒。
これを全部お鍋に放り込んで煮るだけ。
それと白パンと以前港町に立ち寄った際にクラーケン討伐をしたんだけど、そのときのクラーケンで作ったイカリングが今日の夕食。簡単。
割と早くに出来上がる。皆を呼んで。
「「「「「いただきます」」」」」
『『ます』』
簡単なものだけど今日も好評だった。
ラナさんとアンナさんが言うには野営でこれだけのものが食べれるのって贅沢らしい。
普通は不味い干し肉と黒パンと味のないスープだそう。
一度食べたことあるけど二度と食べたくないって思ったなぁ。
黒パンはま食べれるけど他の二種。あれは人の食べていいものじゃないよ。どうやって作ってるのか知りたい。あ、やっぱり知りたくない。
食後に皆が落ち着いてから洗浄魔法をかける。これで清潔。
後は寝るだけとなったけど・・・。
「あ、あのアメリア?」
私はシエルを両手で抱いてアメリアに声をかける。
これから頼むことは物凄く恥ずかしいことで勇気がいるけど背に腹は代えられない。
まだ恐怖が残ってるんだ。動けないときに30匹とか現れるかもしれないって思うと、ね。
「何? ユーリ」
「その・・・お花摘みに行きたいんだけど、ついてきて欲しい・・・」
「えっ!!?」
アメリア、顔が真っ赤。
「そ、それは。で、ででででも・・・幾らボクでも」
「お願い・・・アメリア」
「あ、う・・・うん」
アメリアがこんなに動揺するの珍しいな。
でもついてきてくれるみたいで良かったぁ。
私達は天幕を離れて茂みの少し奥へ歩いていく。
・・・事が終わるそのときまでアメリアは借りてきた猫のようだった。
彼女がそんな風になるなんて。新鮮なもの見たなぁ。可愛かったよ。
◆
-アメリア-
今日のユーリは本当に可愛くて可愛くて仕方ないよ。
あ、いつも可愛いんだけど今日は特に可愛いんだ。
あんな虫1匹で子供みたいに怯えてボクにしがみ付いてさ。
でもコーネリアから飴もらったらしっかり食べるんだよ! 恐怖より食欲って微笑ましすぎて少し笑っちゃった。
ボクのユーリ可愛い。可愛いしか言ってないけどそれ以上言えないんだよ。
こういうの語彙力喪失って言うんだっけ? ユーリが教えてくれたけど。それだよ。
もう、可愛い。可愛くて可愛くてどうしようもない。
ボクはご飯のときもそんなことばっかり考えてた。
その後も可愛いユーリが頭から離れなくて大変だった。
そんな中でユーリはボクに爆弾を落としたんだ。
「その・・・お花摘みに行きたいんだけど、ついてきて欲しい・・・」
ボクね。これでも一応超えたらいけないラインっていうの持ってるんだよ。
これもそれでね、だから今まで一度もユーリのお花摘みについていくなんて真似はしたことないんだ。
ほんとだよ? それがこのお願い。いろんな意味でユーリはボクを殺す気かなって思ったよ。
潤んだ目で上目遣いで頼んでくるから断るに断れなかった。
ボクは終わるまでずっと前にユーリに教えてもらった童謡を頭の中で歌ってた。
ボクは下手だって知ったから人前では歌わない。
ユーリがシエルを手にボクのところにくる。
はにかんだ顔が可愛い。今日だけでユーリは何度ボクを悶えさせたら気が済むのかな。
息出来なくて窒息死しそうなんだけど!! どうにかなりそうだよ。どんどん好きになる。
好きとか大好きとか愛してるとか言葉なんて役に立たない好きってあるんだね。
ボクは気が狂いそうな程ユーリが好きだよ。
「戻ろっか」
激しく動揺しながら背中を向けたらユーリに止められた。
右手でボクの服の裾を摘まんでる。その止め方も可愛い。
「ユーリ?」
「キス、したい」
「!!」
ほんとにほんとに今日のユーリはどうしたの?
振り向いて"ポカン"とユーリを見てたらユーリはボクに唇を重ねる。
いつもの触れ合うキスじゃない。濃厚なの。
心臓が壊れそう。顔を始めとして体中が熱い。
可愛い可愛い可愛い。好き好き好きすぎる。どうしたらいいの? ボク、ユーリでいっぱいなんだけど!
「「・・・・・」」
ユーリが息継ぎのために離れたら今度はボクがユーリの口を塞いだ。
2人共夢中でしちゃった。
いっぱい満たされて満足したらユーリはボクに寄り添って笑う。
「そろそろ戻ろ」
「うん」
ユーリ可愛い。片時もボクから離れようとしない。
戻って来てからもボクにずっとくっついてる。
「ハァ・・・尊いですわ」
「コーネリアさん、鼻血出てますよ?」
「布持ってきたよ」
「・・・・・どうしよう。どんどん布が真っ赤に。出血多量になりますって。コーネリアさぁん」
「ハァ、ハァ・・・。なんて素晴らしいですの。これは、これは」
「少し落ち着こうか?」
「無理ですわ!」
「「・・・・ハァァァ」」
なんだか周りが騒がしいなぁ。
何? ユーリ。
「アメリア。今日は私を構って欲しい。他の子気にするのは・・・やだ」
「ぁ・・・っ」
ユーリにとってそれ程あの虫との出会いは最悪な出来事だったんだと思う。
でもボクはユーリには悪いけど、またあの虫が出てきてくれないかなって思っちゃうのでした。




