2-10.生存する権利を賭けた戦い その1
残酷な描写があります。
苦手な方は注意してください。
それは突然の訃報だった。
いつもの5人で学園の廊下を歩いていた際に聞こえてきた噂話。
「さっきハンターギルドに行ってきたんたけどよ。[[大地の息吹]]のBクラスハンター、リゼって人が魔族に殺されたらしい」
「[[大地の息吹]]ってアンナさんとラナさんの!」
「ああ」
信じられなかった。
あのリゼさんが? って何度も思って、何かの間違いだってそう信じたくて、その話をしていた生徒に詳細を聞こうと足を一歩前に動かしたら学園に鳴り響く緊急事態発生の警報。
何事が!? って思ったときにはもう遅かった。
鳴り響いた地響き。遅れてやってきた凄まじい衝撃。
何が起こったのか分からないまま私達はなすすべもなく何かの出来事から頭を守るため両手を前に目を閉じて事態が収まるのを待つ。
どれくらいそうしていたのだろう? 数分でも数刻でもあったような気がする。
そのくらいの時間が経ってやっと少しは周りが静かになったとき、目を開けて見ると先程まで学園の廊下だった場所は半壊してしまっていた。
私達はそれより少し遠い場所にいたから助かった。
しかし衝撃の中心にいた生徒達は巻き込まれてしまったのだろう。
崩れた天井の下敷きになったり、床に空いた穴に落ちてしまって亡くなっているのが見える。
うん、あれはどう見ても亡くなっている。天井の瓦礫から、その体から、赤が大量に溢れているから。
「ひっ! なっ・・・」
先にリゼさんのことを話していた男子生徒が腰を抜かしてその惨状を見ている。
その背後で"カランっ"と天井から落ちる石。
その音で男子生徒はこちらに振り向き私達に気が付く。
「君達・・・良かった。無事、で?」
よろよろ立ち上がってこちらに歩いて来ようとしていたその男子生徒はしかし、それが最後までは叶うことがなかった。道半ばにして首が胴から切り離されたのだ。
胴から噴水のように吹く赤。数秒の痙攣の後にその胴は地に落ちる。落ちた後は赤は静かなものだ。後はただ流れて赤溜まりを作るだけ。
ここまでの一連の流れを私達はただ茫然と見ていた。
最初に衝撃が起きたときもそう。私達は咄嗟に反応出来なかった。
「脆いなぁ。脆い脆い脆い」
そんな声と共にそいつはかつて男子生徒だったものの首を左手に持ちながら現れる。
二足歩行の獅子。その体に纏っているのは闇と紅の2色を主体として作られた軽鎧。腕に同じ色のガントレット。脚に同じ色のグリーブを装着している。右手には闇色の大剣。全部の装備が禍々しく見ているだけで気分が悪くなる。呪いの装備なのではないだろうか? こんなものを平然とつけているということは。
「魔族」
コーネリアの言葉にそいつが反応する。
嬉しそうに笑い、そいつは高々と名乗りを上げる。
「いかにも。俺様は賢王様が側近の1人、獅子王ことレオン様だ」
名前、見た目そのままだな。とか思うのはこの状況に脳が麻痺しているからなのだろうか。
スノーに各々武器を出してもらってそれぞれ構える。
それを見てずっと左手に持っていた首がこちらに投げつけられる。
私達の足元を転がって二転、三転。死者への冒涜。哀れに思うし、同情もするけど、今は残念ながらそれどころではない。
「あんたはなんなの?」
杖に魔力を移し、いつでも魔法を放てる準備をしてから私は問う。
その私の問いに応えるレオン。
「あぁ? さっき名乗っただろうがよ。もう一度ってことか?」
絶対そう応えるだろうなとは思っていた。
でも私が聞きたいことはそういうことじゃない。
「違う。あんたはどうして、何をしにこの場に現れたのかってこと!」
「はんっ!」
不敵な笑み。ろくな目的ではないことは無かった。
「復讐さ。俺のペットを殺した奴らへのな」
「復讐?」
「ああ、俺の可愛いポチ」
レオンが何やらその顔に似合わない可愛らしい名前を口に出したとき、教師達が到着する。
レオンを囲むようにして立ち、私達は後ろに下げられる。
ううん、よく見ると教師達だけじゃない。ハンターも数人いる。
見たことがある人達だ。リゼさんと話をしていたときに周りにいた人達。
「リゼというハンターを覚えているか?」
そのハンターの人達の口から飛び出した名前に私は目を見開く。
「リゼ?」
顎をさするレオン。暫くその動作を続け、やがて思い出したように。
「ああ、あの斧使いの奴か。あいつはなかなか強かったな。まっ、俺様には適わなかったが」
「「「貴様!!」」」
ハンター達がレオンに襲い掛かる。
教師達も一斉に。ラナさんも飛び出そうとしたけど、アンナさんがそれを止めた。
「なんでだよ! 悔しくないのか。あいつがリーダーを」
「分かってる。でも相手の力量も分かってる。私達じゃ殺されにいくようなものだよ。ここはハンターの皆さんに任せた方がいい」
「何を!!」
「ラナ!」
止められたことに怒り、アンナさんに食って掛かろうとしたラナさんをコーネリアが止める。
そして静かに目線で指すのはアンナさんの握られた右手。
「アンナも辛いのですわ」
その手はキツく握られている。
爪で傷つけられた手の平から赤が零れて滴っている。
「・・・ごめん」
「うん」
それっきり2人は静かになる。
戦闘の成り行きをハンター・教師連合の勝利を信じてただ見守り続ける。
どうやらレオンは脳筋でどんな攻撃も【力】でねじ伏せようとするタイプのよう。
そのため絡め手など使える手を全部使って戦うハンター達に最初は苦戦していた。
しかしそのままハンター・教師連合の勝利とはならなかった。
ハンター達が勝利を確信したところでレオンの持つ剣が縦にも横にも伸びて最初の3倍程の大きさとなり驚愕するハンター・教師連合を薙ぎ払ってその命の殆どをあっさりと刈り取ったのだ。
「惜しかったなぁ。いやぁ、実に惜しかった。後少しだったなぁ。おい」
レオンは上半身と下半身が分断されたハンター達を見下ろしながらさも楽し気に笑う。
それは戦った相手を完全に見下して、侮蔑して、心から嘲笑っている声。
不愉快だ――――。
その冷笑に耐えられなくなった私はレオンに挨拶代わりの魔法を一発。
それに気付き、拳一つでその魔法を打ち砕いて消滅させるレオン。
別に驚かない。その程度は出来るだろうと思っていたし、何よりさっきのはダメージを受けてくれることを狙ったものではなかったから。
「何の真似だ? 小娘」
「さっき復讐がどうとか言ってたよね? どういう意味?」
「ああ、ポチのことか」
ポチ。聞き間違えじゃなかったか。犬・・・だよね? 魔族もペット飼うんだね。
「それは犬? ケルベロスとかそういうの?」
「何を言っている。ポチはイザウ村の洞窟で飼っていたゴブリンキングのことだ」
「イザウ村・・・」
そっか。ポチってあいつか。だとしたら、だとしたらリゼさんを殺したのは私?
あはは・・・。何処まで疫病神なんだ。私は。地球でもこの世界でも人に迷惑をかける。
「・・・・・」
ふつふつと改めて怒りが込み上げてくる。殺っていいのは殺られる覚悟のある者だけ。
殺った者は復讐されても仕方ない。じゃあ私も復讐されて終わるのか? 世の中はそういう円環の理で出来てるっていうなら私にも私を苛めてた連中に復讐させろ。
神様は理不尽だ。傷ついた者からまた容赦なく奪おうとする。傷つけようとする。
かつてフェンリル達が神に反旗を翻したのって神がそういう理不尽さを良しとしていたからじゃないのか。
「アメリア」
私は私の恋人で神殺しの子孫の名を呼ぶ。
「ユーリ」
その恋人で子孫は私の呼びかけに優しく応えてくれる。
「あいつ殺したい」
「分かった」
2人で駆けだす。
いや、仲間達も私に続いてくれている。
「ポチを殺したのは――――私よ」
「貴様・・・。貴様が・・・大人しく殺されろ。そしたら赦してやる」
「断る! 風刃」
「爆発魔法」
「聖なる光球」
まずは私とラナさん、アンナさんの魔法攻撃。
レオンが怯んだところにアメリアとコーネリアが追い打ちをかける。
「シッ!」
「ヤァァ!」
総力戦。
私達かレオンか。生存する権利を賭けた戦いをこれから――――。




