16.旅立ち
いよいよ旅立ちのとき。
私は万感の思いで台所に立っていた。
この家で過ごしたのは決して長い月日とは言えない。
1ヶ月も経っていないそのくらいの日数。
だけどその日々は濃厚で思い返してみても色々なことがあった。
まぁ当然と言えば当然なのかもしれない。
だって私はこの家でこの世界の常識を学んだのだから。
まだまだ勉強不足な面は否めないがそれでも普通に暮らして行く分には問題ないだろうとシンシア師匠からお墨付きをもらった。魔法の他にも錬金術や処世術もある程度身に着けた。
頼りになる仲間もいる。私1人だけじゃない。これがどれ程心強いか。
「・・・・・」
シンシア師匠に作ってもらった包丁を手に"ふっ"と笑む。
それから食材に顔を向けて私はこの家で最後の調理を開始する。
今日の食材はオーク肉、ホロホロ鳥、黒パンを削ったパン粉、卵、小麦粉、キャベイツ、キャロート、オーニオン、ブランマメ、塩、コショウ、オリーブ油。
オーク肉は平たく切って包丁で筋斬りも行う。
ホロホロ鳥は一口大の食べやすい大きさに切る。
軽く塩・コショウをつけて少し置く。
その間に平皿に卵と小麦粉と水を混ぜたものを用意。同じく別の平皿にパン粉入れたものを用意。
少し時間をおいて肉に塩・コショウが馴染んだら卵と小麦粉と水を混ぜた平皿にその肉を入れる。満遍なくつけて次はパン粉の平皿へ。全体にまぶしたら鍋に170度程度に熱しておいたオリーブ油の中に入れる。2~3分したらひっくり返してもう少し待つ。浮いてきたら火傷しないよう取り出して油をきる。
キャベイツを千切りにして大皿にお肉と一緒に盛り付け。
これで一品出来上がり。
もう1つ、キャロートとオーニオン、ブランマメを小麦粉と水で溶いたものの中へ。世界樹の枝で作ったお箸で良くかき混ぜて油の中にいれる。これも浮いてくるまで待つ。
浮いてきたら取り出してこれで二品目出来上がり。
「トンカツとチキンカツ、かき揚げもどきかんせーい」
現在もう少しで二の鐘が鳴ろうとしているところ。
朝から揚げ物って我ながらどうかと思うけど、たまにはいいよね。
笑顔。元気な声で皆を呼ぶ。
「シンシア師匠、アメリア、スノー、シエル。朝ご飯ですよー!!」
「はーい」
一番に来たのはアメリア。
お肉大好きな彼女はもう目がキラッキラ。
椅子に座って早々とそわそわし始める。
涎ちょっと垂れてるよ? 仕方ないなぁと笑い、布巾で口元を拭ってあげようとすると何故か捕まる。
「アメリア? ちょっと放して。涎拭いてあげるから」
「ユーリーーーー」
あー、もう。頬擦りしない。分かった! 分かったから。
アメリアは力が強くじたばた藻掻いても脱出出来ない。
されるがまま。そうこうしているうちにシンシア師匠がスノーとシエルを連れて一緒にやってくる。
「あんた達は朝っぱらから何してんだい・・・」
いや、呆れられてもですね? すべてはアメリアが。
そろそろほんとに放してくれません? もう少しだけ? 仕方ないなぁ。
なんだか1人と2匹の冷たい目に晒されながら数分。
漸く解放された私はぐちぐちゃにされた髪を整えてから自分の席へ。
全員揃った。これでやっと。
「「「いただきます」」」
『『いただきます』』
食べ始める。
シンシア師匠とアメリアの食べ方は相変わらず。
違いはあっても2人共美味しそうに食べてくれるのが嬉しい。
スノーとシエルもスライムジェルを手の形にしてフォークを使い器用に食べている。
2匹は|魔素エーテルが食事で別に人の食事は必要ないらしいんだけど、嗜好品・趣味な感じで楽しんでいるらしい。味も感じられるみたいだから一緒に食べれるならこれからも一緒に食べて欲しい。そのほうが楽しいし。うん。
しかしシエルって感情あるんだなって。
トイレにいるもう1匹の青いスライムは感情ないみたいなのに。
え? シンシア師匠、シエルに感情があるのは私が主従契約したからですか?
普通はしない? ただ拾ってきてそのまま世話するだけ? そうなんですか!! 初めて知りました。
感情あるってことはつまり。あ、なんでもないです。ご飯中に考えないようにします。
・・・トンカツ美味しい。現実逃避? いやいや気のせいですよ。
「美味しい。ユーリのご飯いつも美味しい」
「ありがと。アメリア」
「ユーリ、ボクのお嫁さんになって」
「女の子同士は結婚出来ないでしょう?」
「何を言っておる。普通に出来るぞ?」
「えっ!!」
「子供も出来る」
「はい? どうやってですか?」
「愛し合って普通にじゃな。最もどっちが子を宿すことになるかは運次第じゃが」
そうなんだ。凄いな。この世界。
アメリアが期待した目で私を見てる。
うっ・・・。えーっと・・・。
「考えておくね」
「うん!! でもボク、あまり気が長いほうじゃないからあまり待たされると無理矢理お嫁さんにしちゃうかも」
「あははっ」
えっ? 本気? 冗談だよね?
「冗談だよ」
「だよね」
ハァ。びっくりした。
『割と本気っぽかった』
『ねー』
「そうじゃな」
「えっ・・・」
「ふふふっ」
アメリアの意味深な笑み。
なんだその笑顔。私はどうなるの? ちょっと不安です。
賑やかな食事を終え、片付けと最終準備を終えた私達は全員で庭にいる。
扉の前にはシンシア師匠。その前に私とアメリア。スノーとシエルは私が持つ肩掛け鞄の中の中に入ってもらってる。スノーのおかげでほぼ手ぶら。これから旅に出る者とは思えないけど、私達は間違いなく旅に出る。
「師匠、お世話になりました」
「なりました」
2人で頭を下げる。
シンシア師匠はそんな私達に微笑み、ねぎらいの言葉をくれる。
「ああ、こちらも楽しかったよ。またいつでもおいで。アメリア、ユーリを頼んだよ。ユーリ、世界を見て色々勉強して楽しんでおいで」
「「はい」」
ほんとはシンシア師匠も来てくれたら。
と少し思うけど、ステータスを見せてくれたあのとき、称号にその手の様々なものがついていたことを私は知ってるから何も言えない。言わない。
予想はついてるんだ。多分アメリア関係じゃないのかなって思ってる。
神殺しの一族が子供を宿すことに神々は懸念を抱いたけど、シンシア師匠は説得か何かして・・・。
けどその代わりに罰を受けることになったんじゃないかなって。
神と人。近代日本だと遠い存在だけどこっちは近くにあるみたいだから、ね。
「ユーリ」
「はい」
シンシア師匠に呼ばれて返事をする。
「これを持っていきな。あたしの紹介状だよ。これがあればギルドの連中は素直にあんた達を受け入れてくれる筈さ。特にイスミール王国では効果は絶大な筈だよ」
「ありがとうございます」
シンシア師匠が書いてくれた紹介状。
ありがたく受け取る。
スノーに差し出すと"にょーん"と体を伸ばして仕舞ってくれた。
「それじゃあ」
「ああ」
出発だ。もう一度シンシア師匠に頭を下げて、少しして上げる。
私もアメリアもシンシア師匠も笑顔。
出発時はそうしようって皆で決めていた。
「「行ってきます」」
「行ってきな」
後ろ髪引かれる感覚もある。
けど前を向いて。
私達は旅に出る――――。
「ユーリ」
「あ、最初だから歩くよ。ここから旅の始まりだし」
「こんな魔物だらけの森で歩くなんて危険すぎるよ」
「いや、でも・・・」
「森を出てから歩けばいいよ」
「んーーーっ」
考えてる間にお姫様抱っこされる。
「アメリ・・・」
「ダメ。ユーリが傷つくの嫌だから。これは譲れない」
うっ、そんな顔でそんなこと言わないでよ。何も言えなくなるじゃん。
「ユーリ、大好き」
アメリアの唇が私の唇に。
触れたらすぐ離れていく。
っていいいいいいい、今のははははは!!!!?????
「キキキキキキキキキキキキキキキ????? キス!?!?!?」
「ユーリ、しっかり掴まっててね」
「ちょっ!! あああああああああああああああっ」
いつもより早い。
振り落とされないようアメリアにしっかりしがみ付く。
「えへへ、ユーリ可愛い」
「・・・・・」
あ~、もう!! なんでキスなんて!!
「ユーリーーー」
ハァ。もういいや。アメリア笑顔だし。
私も・・・。
「楽しみだね、アメリア」
「うん!!」
私達の旅は今、始まった。
これにて第一部は完結となります。




