15.旅立ち前 その4
「白い・・・スライム」
私はそれを呆然と眺めていた。
この世界にスライムは赤、黄、青の三種類しかいない筈。それが。
違う! そうじゃない! 色じゃなくて種族だ。白ってことはアメリアと同じ。つまり幻獣?
アメリアを見ると彼女も驚いた顔。その様子からすると私と同じように白いスライムなんて初めて見たっぽい?
「アメリア?」
「う、うん。ボクも初めて見た。スライムの幻獣なんて聞いたことないよ。多分この子が初代かな。なんらかの思惑があって世界が生んだんだと思う。なんの意図があるのかは分からないけど」
「世界が生んだって。普通に突然変異種の可能性はないの? もしくはアルビノとか」
「ユーリのいた世界はどうか知らないけど、この世界では白は幻獣を現すんだよ。突然変異にしても白はない。近い色で灰色ならその可能性があるけど」
「そうなんだ」
アメリアがそう言うならそうなんだろう。
もしかして実は灰色なんじゃないかと目を凝らして見るがどう見てもそんなことはない。真っ白。紛うことなき幻獣。スライムと目と目が合う。それと同時に「え? 白いスライム?」町の人達の声が聞こえてきてここが町の中だと言うことを思い出す。
これは・・・まずいんじゃあないだろうか。
もし心無い人に捕獲されたら酷い目にあうのは確実。
それなら私が! と思うけど、スライムがそれを望むかと考えると手出し出来ない。
「白いスライムって本当?」
「どれどれ?」
人が沢山集まってくる。
これはいよいよ取り返しがつかなくなる可能性が高くなって来ている。
仕方ない。水魔法を使ってスライムの体を洗い流したように見せた後、光魔法で光を屈折させて色を誤魔化すようにする。これで周りの人達には普通の青いスライムに見えている筈だ。後は私の演技。自信ないけど、やるしかない。
「ここにいたの? スノー。心配したんだよ?」
スライムを抱きかかえて周りの人達に頭を下げる。
その後はそそくさとその場を立ち去る。
誰も追いかけては来ない。
どうやら万事上手くいったらしい。
町を出てある程度人気が無くなったら警戒を解いて息を吐く。
「ハァ~。焦ったぁ」
腕の中のスライムを地面へ。
逃がしてあげたつもりだけどスライムはその場から動かない。
「どうしたの? 行って良いんだよ?」
『ご主人様ー』
「へあ!?」
え? ご主人様? ご主人様って言った? なんで?
混乱している私の頭上からアメリアの声が降ってくる。
「なんでびっくりした顔してるの? ユーリその子に名前付けてたよね? てっきり主従契約したくてしたんだと思ってたんだけど」
「へ? ・・・・ぁ・・・!」
そうだった。名前つけるとそうなるんだった。ってことは契約成立したのか。
うわぁ~~~、またやらかしたぁぁぁぁぁぁ!!
またやらかしてしまった私。
けれど主従契約した以上はちゃんと面倒を見ることにした。
帰りもお姫様抱っこ。シンシア師匠の家について現在私とアメリアとシンシア師匠に加えてスライムが二匹。そう二匹。
スノーを主従契約した後、すぐ傍にいた青いスライムもシエルと名付けて主従契約してきたのだ。
前にも言ったけど、青いスライムは家庭にも旅にも欠かせない存在だからね。
ゴミとか排泄物とか吸収して溶かしてくれるから重宝されてるんだよ。
一家に1匹、パーティに1匹、又は1人に1匹。
ほぼ絶対と言っていい感じで人々は皆、青いスライムを飼ってる。
この子達は感情があるのかないのか分からない。
あるのだとしたら恥ずかしいけど。いや、だって・・・ね?
「ふむ。白いスライムかい」
シンシア師匠がスノーのことを訝し気な瞳をして見ている。
数秒見ていたかと思うと今度は私を見てシンシア師匠は深々とため息をつく。
「ユーリが原因っぽい気がするねぇ」
「ボクもそう思う」
ちょっ! シンシア師匠? アメリアまで!
濡れ衣だよ。私のせいじゃないよ。
私、小娘だよ? 世界に影響力なんてないよ。
項垂れる私を余所に部屋の隅に置かれている先程買ってきた下着類を見つめるスノー。
そこに近づいていき、何をするのかと思えば"ぴょんっ"と飛んでそれを包み、次の瞬間にはそこからそれを消し去ってしまう。
「「えっ」」
私とアメリア。唖然とする暇もなくスノーは同じ要領で次から次に旅の準備のため纏めていた荷物を消し去っていく。止める間もない。僅か数分で全部消し去ってしまった。
「嘘でしょ」
食材とか調味料とか天幕とかカンテラとか他に諸々。
何もかも無くなってしまった。
また一から用意しなくてはならない。
さすがに絶望しそうになる私。
そんな私の傍にスノーが悪気のない顔をしてやってくる。
体のスライムジェルで人の手のようなものを作り出して私の肩をスノーが叩く。
『荷物の中から欲しいもの言って?』
何を言ってるんだろう。
「じゃあ服」
言うとスノーはその体から"ポイッ"と服を取り出した。
「へっ? どうなって?」
シンシア師匠とアメリアと一緒に取り出された服を見てみるが溶けちゃってるとか、スライムジェルがついちゃってるとか。懸念したことはない。スノーが消し去ったときのまま服はそこにある。
『欲しいものあるときはうちに言って』
「「「・・・・・」」」
私達さん人に見られながらドヤ顔のスノー。
これはひょっとしてひょっとするのではないだろうか。
なんでそんな生物がって思うけど。本当に生物なの? って思うけどスノーの体はもしかして次元収納箱? 本人に聞いてみる。
「もしかしてスノーが体に取り込んだものはその中で時間が停止してたりする?」
『当たりー。うちが取り込んだものは体の中から出すまでその時のままだよ』
「取り込んだものって。それは何処にいってるの?」
『確か次元の狭間? ご主人様も経験したことあるとこだよ』
あそこか。転移で経験したあの空間を思い出す。
あの空間を経験するのは2度目だった。
・・・ん? 2度目? 1回しか経験したことない筈・・・だけど?
妙な映像が頭にちらつく。ここと似たような森。その森を歩く森守人の女性。私と似ている。
その前に現れる全身黒づくめの男性。何かを言い争う姿。その末に男性が女性に魔道具っぽいものを投げつけて。場面転換。そこは教科書か何かで見たことある景色・人々。日本の館? 貴族みたいな人達。女性は訳も分からず呆然としている間に貴族のような人達が女性に気付き・・・。襲われ。
そこで映像は途切れる。
「うっ・・・」
最後のシーンは気持ち悪かった。
こみ上げてきた吐き気を抑えて私はその場に蹲る。
「ユーリ?」
「大丈夫・・・」
「大丈夫って顔してないよ。蒼白だよ?」
そんな顔してるのか。私。
「アメリア、ベットに連れてってやりな」
「分かった」
シンシア師匠の合図でアメリアが私をおんぶ。
その背中が心地よくて。安心出来て。私は目を瞑り意識を手放した。




