13.旅立ち前 その2
シンシア師匠との約束から7日目。
今更この世界について新たなことが判明した。
1週間は7日。曜日はどうやら魔法の属性が当てられているらしい。
月→闇の日 火→火の日 水→水の日 木→風の日 金→雷の日 土→土の日 日→光の日
という具合に。それと1ヶ月が30日固定で1年は14ヶ月ということも分かった。
地球より1年が少し長い。改めて異世界なんだなって思う。日々新しいことの発見があって楽しい。
エメラルドグリーンの空が見える。
確か空は海の色を反映してるんだったっけ。
だとしたらこっちの世界の海はエメラルドグリーンに輝いているのだろう。
地球の日本で言うと沖縄みたいな海なんだろうか。
いつか行ってみたい。見てみたい。魚食べたい。シーフード・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
現実逃避やめよう。
勝てない! また負けた! どうしても魔法の発動が間に合わない。
どうしたらいいのかもう分からない。
これムリゲーじゃないかなぁ。
ああ・・・。意識が・・・。飛ぶ・・・。
「冷たっ!!!?」
水をぶっかけられて目覚めさせられた。
これはシンシア師匠の仕業だろう。
彼女の姿を探す前にゴーレムの姿が目に映る。
拳を落とそうとしている。
横に転がって避けて立ち上がる。
「スパルタすぎだと思います!!」
文句を言ってもゴーレムが止まる様子はない。
襲ってくるのを確認して、必死に走って逃げ回る。
こんなときにどうでもいいことを考える。
ヲタクが本気を出したときどうなるか。
例えば小説を読みながらその登場人物達が百合百合してるのを考えたりする。
文字の内容をきっちり頭に入れながらもだ。
エモいものを見聞きするとヲタクは並列思考が可能になるのだ。
なんでこんなことを考えたのか。
いい加減苛々が募っていた。
理不尽なゴーレムへの怒り。
そんなの当たり前なのだけど、我慢の限界だった。
なんで自分ばっか攻撃してくるんだよ!
私の攻撃も待てよ!
大体何回戦ってると思ってるのさ。
ここまで相手が弱いと見たらハンデつけるでしょうよ、普通。
走りながら怒りに任せて魔法を組み立てていく。
その裏でゴーレムへの警戒は怠らない。
器用なことをやってのける。
「・・・・・」
無詠唱で土魔法を使って落とし穴を発動。
10m以上の高さの穴にゴーレムを叩き落とす。
攻撃の手は緩めない。風魔法でかまいたちを発生させてゴーレムを打つ。効果があまりないと分かるや否や竜巻に切り替えてその体を天高く舞い上げ、充分な高さになったら魔法を解除。地面に落とす。
続いて水魔法使用。水は使い方次第でダイアモンドさえも貫通する武器となる。高圧水ってやつだ。
発動。ゴーレムの首を切る。それでもまだ動くので胸を打つ。そこが弱点だったらしい。
ゴーレムは動きを停止し、数秒後大きな音と共に地面に沈んだ。
「・・・まだ終わりじゃないから」
今までの分、恨みを込めて魔力の塊を数千程浮かせて全部ゴーレムに叩き込む。
ボロボロに。細かい破片になるまで。
私はこの日、やっとゴーレムに完全勝利した。
「いや、やりすぎじゃろ」
シンシア師匠の声が聞こえた気がしたけど今はあえて無視する。
勝利の余韻に黙って浸るよ。
◆
ユーリがゴーレムに暴虐の限りを尽くしているそんな頃。
アメリアもまたシンシアが作ったゴーレム相手に暴力を振るっていた。
最もこちらの場合はユーリとは事情が異なる。
シンシアもユーリも剣や格闘については素人のためアメリアは独学。
そのため教師もいなく先日までは力押しの一辺倒であったのだが、ユーリに訓練内容を聞かれ、正直に話すとそれはアメリアの長所を自らの手で潰しているとダメ出しを受けてしまったため今日からはやり方を変えて色々と試しているのだ。
ゴーレムの攻撃を剣で危なげなく捌きながらアメリアは先日ユーリに言われたことを思い出す。
フェンリルの長所は速さであること。だから力任せより速さを活かした攻撃をするべきであること。
そもそも力任せの攻撃は男性向けであること。女性は男性より力がない。ハンデ。
ならそれをどうすればいいのか。ユーリはそれを補うための1つの手段として人体の急所が載った写真をアメリアに見せて教えた。ユーリが何故そんな写真を撮っていたのかということについては本人も何も言わなかったし、アメリアも別に気にならなかったので何も聞いてない。
人族や亜人族であれば急所となる場所を的確に剣で突いてアメリアはそれを己の体に覚えさせていく。しかしこれは人型の敵との戦い方。魔物相手となれば急所も変わって役に立たない場合もある。その場合の対策として刀身に魔法を付与。その状態で速度で敵を圧倒して敵を斬る剣術もゴーレムに試す。このとき体の動きにも注意する。男性と女性では筋肉の付き方が違うとこれもユーリが言っていた。女性の体はしなやかに動く。意識してゴーレムと戦う。力強い男性の戦い方と違って派手さはあまりないかもしれない。剣士というより暗殺者っぽい戦い方。しかし一撃必殺が狙える。アメリアはいよいよそれを試す。
「シッ!!」
ゴーレムの前から消えた。ように見せて背後へ。首の関節部に剣を刺す。人であればこれで詰み。だがゴーレムはまだ動く。反撃の隙は与えない。首から刃を抜いて心臓部に突き立てる。
アメリアにいくら切られても動いていたゴーレムもこれには堪らずその機能を停止した。
「大体分かったかも」
◇
夜。
ゴーレムを倒せたお祝いとしてシンシア師匠から世界地図をもらった私はベットにそれを広げてぼんやりそれを見つめていた。
この世界には大きく分けて3つの大陸がある。
ユーグリア大陸、アースヘイム大陸、ジュレー大陸の3つ。
このうち今この場所はユーグリア大陸でこれまた3つの大きな国がある。
世界樹を基準に南西に行けばイスミール王国。
南東に行けばフレース王国。
斜めに行かず南に直進すればノルニア聖国。
シンシア師匠の話によるとイスミール王国はかつて人族と亜人族の純血種から迫害されていた亜人族の混血種が自分達の居場所を作るために聖戦を起こして勝利を勝ち取った末に興した国。
その歴史は長く今は亜人族の希望の国と言われているんだとか。
獣人族の混血種の女王が収める国。マウリの町もここに属する。
フレース王国とノルニア聖国は人族の国だけど亜人族もそこそこいてそれなりに仲が良いらしい。
昔は何かといがみあっていたけど、イスミール王国建国の後は同じ人型種とお互いがお互いを認めて争うことをやめたんだって。
そんな感じだから私達もこの大陸ならそんなに迫害など受けないだろうってシンシア師匠は言っていた。
だけど大陸が変われば事情が変わる。
アースヘイム大陸では人族史上主義が蔓延していて特にこの大陸最大の国・トネリコ帝国では亜人族は奴隷・家畜・実験動物のような扱いを受けることになるとか。
なのでこの大陸には間違えても行かないほうがいいだろうというのがシンシア師匠の見解。
うん。君子危うきに近寄らずだよね。行かないようにしようと思う。
最後にジュレー大陸。ここは未開の地でまだよく分かってないとのこと。
何があるか分からないので、もし立ち寄るなら充分に注意するように釘を刺された。
うん、それなら最初はイスミール王国かな。
亜人族の国ならハーフエルフの私もフェンリルのアメリアも普通に溶け込めるだろうし。
ゲームと違うんだから、ハードよりイージモードがいいに決まってる。
どんな国なんだろう。王都はきっと美しいんだろうなぁ。
だってマウリの町もあんなに素敵なんだもん。
だったら王都はそれ以上に決まってるよね!
まだ見ぬその場所に妄想が広がる。
私はその夜、アメリアに止められるまで1人妄想にふけった。




