20 正体を暴かれる魔女
区切りの関係で、今回は長いです
温室のそばに置かれたベンチに腰を下ろし、クララはぼうっと空を見上げていた。
青い空は吸い込まれそうなほど澄んでいる。
ラスターと別れた後、すぐにでも行動を起こそうと考えていたが、思った以上に体が重かった。せめて通常の感覚が戻ってくるまでと、休むことにした。
意識がふわふわとしており、今にも舞い上がってどこかに飛んで行ってしまいそうだ。
どれほど時間がたったのか、草を踏む音がクララの耳に届く。そちらに目を向けると、にこやかな笑顔が目に入った。金の髪がキラキラと光り、精霊たちが嬉しそうにはしゃいでいる。
クララは見なかったことにして、もう一度空を見上げた。
「今、目が合ったよな?」
フィルストは苦笑いを浮かべながら、クララの隣に腰を下ろした。
「犯人捜しの協力、助かった。ありがとう」
クララの耳元近くで、低い声が発される。心地よい音程の響きだった。
「どういたしまして。……このようなところにいてもよろしいんですか? 魔獣を召喚した人物は捕まっても、あなたを狙うものが他にはいないなんて保証はどこにもありませんよ」
「昨日は情けないところを見せたけど、私だってちゃんと自分の身を守れる程度には実力はあるんだよ」
「確かにあれほどの魔獣はめったに居りませんからね。私が魔獣を足止めできたのも、精霊のおかげで私自身の力ではありませんし。ラスター殿下がいらっしゃらなかったら、確実に危なかった」
時間を戻したところで、召喚陣をどうにかできなければ、魔獣は再び召喚されていただろうから、結局クララ一人ではどうにもできなかった。それが悔しい。
「いや。あれは確かに君の功績だよ。君がいなければ、私は確実に殺されていただろうからね。グラシーズもそのうち自供するだろう。さて、そのうち皇帝から褒章についての申し出があるのだが、君は何を望むのかあらかじめ聞いていこうと思ってな」
「どんなものでも?」
「君が望むのなら、天の月だって手に入れようではないか」
冗談めかした口調でフィルストは言う。
おそらく、何かの物語のセリフだろう。恥ずかしげもなく出てきた言葉は、驚くほどフィルストに合っていた。
クララの望みは一つ。戦いを起こすことなく故郷に帰ること。
だが、そう願うにはまだ売りつける恩が足りない気がする。クララは自分の戦果が、どれほどの価値を持つのかわからない。
言い淀むクララを見て、フィルストは優しい笑みを浮かべた。
「それほどまでに、故郷に帰りたいのか?」
はいそうです。喉元まで出かかった声をクララは何とか飲み込んだ。ただ、泣き出しそうな表情でフィルストを見上げる。
「その願いだけは叶えられないだろうな」
フィルストは哀れむように目を伏せた。
「君は、昨日の件で自らを使えることを証明してしまった。そして今日もまた、犯人にたどり着くことによって、その地位をゆるぎないものにした」
「……犯人の動機も目的もまだわかっていません。証拠だってまだ見つかっていない段階で、私を評価するのは間違っています。共犯者だっているかもしれない」
クララが経験した時間軸でグラシーズは犯行を認めた。だがあったかもしれない未来での出来事は、なかったことになっている。グラシーズはまだ自白をしていない。
証拠さえ積み上げればグラシーズが犯人だと証明できるだろうが、クララたちは証拠が挙がる前にとらえてしまった。かえって厄介なことになっているのではないか。
もし共犯者がいれば、そこから証拠を隠滅される可能性もある。
「共犯者がいたとしても、実行犯を捕らえられなくてはたどりゆきようがない。君は君の力を誇っていい」
無能だと主張するのではだめか。クララは作戦を変更した。
「与えられるものならすべて与えます。還らずの森の資源を望むのなら、できる限り融通します。私をスピリュティアに帰してください」
「……確かに、スピリュティアの資源は魅力的だ。だが、私たちが望んだのは血のつながりだよ。そうでなければ、わざわざ銀の髪の王女だなんて指定しない」
「でしたら、婿にくればいいんです。なぜ嫁に来いなんですか」
きつい目を向ければ、フィルストはわずかにひるんだ。そしてすぐに静かに告げる。
「君もまた、皇帝妃の候補だったからだ」
「では、お分かりになったでしょう。私は生粋の魔法使い。魔法と魔術は相いれないもの。これから魔術において発展していくウィザダネスにとっては、足手まといの存在です」
「君は何を聞いていた? 先ほども言ったが、君は自らの手で使えることを証明したんだ。魔法は魔獣に対しても有効であり、いち早く犯人の元へたどり着いた。魔術革新の発展に影響を与えるだって? 君一人、魔力がなかったとしてもこの帝国の規模を考えてもみろ。何の足枷にもならない」
フィルストの言葉に、クララは息をのむ。
「君は多分、交渉になる材料を作るために行動していたのだろう。けれどそれは、スピリュティアに攻め込まないという保証にはなりはしても、君を開放するための材料になることはない」
弱みをつかもう、恩を売ろうとしてとった行動が裏目に出たというのか。皇帝妃候補末席にいたはずのクララは、いつの間にか筆頭に立っていた。クララの、そしてフィルストの気持ちなど関係もなく。
クララは細く細く息を吐き出した。
「ウィザダネスはスピリュティアを攻めませんか?」
「それは約束しよう。私の命を守ってくれた恩がある」
クララは掌に顔をうずめ、ほっと息をついた。
故郷に帰れないかもしれない。けれどクララの正体がばれ、皇帝を怒らせたとしてもきっと、フィルストがなんとかしてくれるだろう。そこだけは信じていい気がした。
「ありがとうございます」
手の中に顔をうずめたまま、クララは礼を言った。
今、顔を上げてしまえば泣き出してしまいそうだった。
「なぜ、それほどまでにスピリュティアに帰りたがるんだ?」
優しい口調でフィルストが聞いてきた。そこに含まれる空気は、非難ではなく純粋な疑問だった。
「スピリュティアの王がどのように決まるかご存知ですか?」
クララはのろのろと手のひらから顔を上げて尋ねた。知っているからこその、銀髪王女の指名だと今まで思っていたが、そのうえで尋ねてきたのだろうか。
「知っている。王の子の中で、唯一生まれる銀の髪の子が王位を継ぐのだろう? 現スピリュティア王に銀髪の王女が生まれた情報は手に入れている。彼女には姉兄が数人いるが皆、国民と同じ茶の髪だとか」
「では、銀髪の子どもが王位につかなかった場合、国がどうなるかもご存知ですよね?」
「国が亡びるという伝説があるのも知っているな」
「それを知っていて、なぜ国に帰りたいかと問われるのですか!?」
語尾を強めながら、クララは尋ねた。今のクララは、スピリュティアの王女だ。だから、この言い方であっているはずだ。
クララの顔をフィルストは静かに見下ろす。
「王の系譜が、加護に魔力を取られるので魔法が一切使えないことも知っている。では今度は私が尋ねよう。王にしか現れぬ色を持ちながら、魔法を使いこなす君はいったい何者だ?」
睨むでもなく、笑うでもなく、フィルストはただまっすぐにクララを射抜いた。
クララは限界まで目を見開き、言葉を失う。
「君たちが思っている以上に、ウィザダネスはスピリュティアの情報を持っているんだ。正直に言うと、スピリュティアの王女には、ジークあたりと婚姻を結んでもらってそのまま引っ込んでもらおうと思っていた。魔力が犠牲になったとしても、今の我々にはありったけの加護が欲しい理由があってね。が、ふたを開けてみればやってきた王女の様子がおかしい。間違いなく銀髪だが、魔法を使う。だから確かめてみようと、私は顔合わせの日に君を訪ねた」
硬直するクララに、フィルストは説明を始めた。
クララは深呼吸をし、落ち着こうとする。
「皆さんの前で魔法を使ったのは、魔獣を倒した時が初めてだと思います。ラスター殿下が襲ってきたときは、普通に体術を使っていましたし」
「そう、皆の前ではね。だが結界か何かを張っただろう? どんな魔法を使用したのかわからずとも、領域内に空白ができたことにラスターが気づいた」
師匠と通信するために音を遮断したことを思い出す。まさかそんな初期から疑われているだなんて思いもしなかった。何が潜入完了だ、何がばっちりだ。
クララは胸中で師匠に謝った。
「でもその時点では疑わしいだけだったんですよね?」
疑わしかったから、翌早朝にこっそり窓から出るクララをつけていたのだろう。完全に黒であれば、抜け出した時点で捕まっていそうだ。
「確信に変わったのは、魔獣を倒した時だな。スピリュティアで、常に王女の影のように付き従う存在がいると聞いている。しかも魔獣を屠る存在だとも聞いている。本当の名もその姿かたちも知らないが、異名だけはウィザダネスに届いている。森の魔女、と」
「御名答」
クララは大きく息を吐き出した。
今までの苦労がすべて水の泡だ。
いや、そうでもないか。
スピリュティアを攻めないという言質はとっている。もし襲ってくるようなことがあれば、その言葉を盾に太陽の精霊に脅しをかけてもいいかもしれない。
「これらの情報をウィザダネスにもたらしたのは、グラシーズだよ」
フィルストの声は凪いだように静かだった。
フィルストの顔を見ると、今までにないくらい顔から表情が消え去っていた。
「ラスター殿下は、彼が犯人なのは信じられないと言っていました。それは、フィルスト殿下にとってもですか?」
「彼は優秀な魔術師だよ。ラスターにとっては師でもある。それに、シニタエ山脈を越えてまでスピリュティアに潜伏し情報をもたらすほどの愛国心のあるものが、どうして私の命を狙うと思う?」
「フィルスト殿下ではなく、ラスター殿下を皇帝にしたかったのでは?」
単純に、それしか思いつかなかった。フィルストがなくなったところで、上位継承者にまだジークがいるが、それは魔力不足や年齢でどうにでもなる。
「それはないな」
フィルストがあっさり否定した。
そもそも、第二皇子のはずのラスターが第三皇位継承者なのはいろんな噂がある。
もともと皇帝妃にはフィルストとジークの二人の子どもしかいなかった。そこに、ラスターという皇子が現れたのは十年前のこと。当時、フィルストが十歳、ラスター八歳、ジークが六歳の時だった。
ラスターは、皇帝がよその女に産ませた子供。太陽には月が一人。だから女はラスターのことを隠して生きてきたが、彼の髪認めが金色に代わって隠し切れなくなったのだという。そこで、第二皇子だが継承権を第三として皇帝と皇帝妃の実の息子として引き取ることにしたというのが一番有力な噂である。
そのラスターの師であるグラシーズが、弟子の生い立ちを哀れんで皇帝の座につけようとしたと考えるのは、不自然ではない。けれどフィルストがはっきり言う以上、確信があるのだろう。内部事情を知らないクララにはどうしようもない。深く追及はしないことにした。
ただ、一つだけ忠告できることに気が付いた。
「そういえば、グラシーズさんの心臓あたりに黒い靄を見たんです。もしかすると、今回の事件には何か裏があるかもしれませんね」
クララが言うと、フィルストはいきなり立ちあがった。
「それは本当か?」
クララの両肩をつかみ、真剣な目で尋ねる。
「は、はい」
クララが思っている以上に重要な情報だったのだろう。言っておいてよかったと思いながら、頷く。
「人心操作の魔術で、そうなる時があるんだ。ラスターに伝えてくる」
心から嬉しそうに、フィルストは笑った。その笑顔がまぶしくて、つられてクララも笑いそうになる。クララは慌てて笑顔を引っ込めた。
「これほど重要な情報を隠さないで教えてくれてありがとう。お礼に、今夜は一緒に食事をしよう」
「慎んでお断りを……」
「断らないでくれ。夕方迎えに行くから準備を。あ、いやそれは侍女のほうに伝えておこう。では後程」
夕方の予定を強引に決めて、フィルストは王宮の建物のほうに走り去っていった。
なんて話を聞かない人なんだ、とクララはがっくりと肩を落とした。




