お父さん?
前回のものですが、サブタイトル間違っていました。すいません!正しくは、「普通」です。
今回も、全然怖くありません。
いつも規則通りの生活は、何処か堅苦しいものである。
少し早めにバイトを入れることにした。私服のブラウスに、黒いスカートの組み合わせの上から店の制服とも言えるエプロンをつけた。ハーフアップにしていた髪を高く、一つにまとめてから三つ編みに結っていった。バイト初日に髪を下ろしたままにしていたら、いつもは厨房に引きこもりのおばちゃんのご主人に、
「おい、そこのおなごさん!そんな髪の毛してたら、不衛生だろうが!」
と少し方言の入った独特の口調で叱られたからだ。のちに穏やかな方だとわかったが、その時の鬼のような形相と剣幕は、今でもなかなか忘れられるものではない。
しばらくすると、初めてバイトに来てから3ヶ月ほどになる美紅がやってきた。こんなに寒い日だというのに、露出度の高い服を着ている。
「こんにちはぁ。」
彼女は私の姿に気づくと、空気の抜けた風船のような声を出した。本当に「は」と言ってるんじゃないか?と思うほどスカスカの声で言った。彼女も私と同様に外套を脱ぎ、エプロンをつけた。別に体調が悪いようでもなさそうだが、普通に考えて友達という関係性でもない私に、その態度はどうかと思う。
涼介がふらりふらりと……倒れそうなわけではない。元から空気のようで、気がついたら消えてしまいそうな……そんな人だ。ふらふらと入ってきて、
「こんにちは」
とくしゃっとした笑顔で言った。すかさず美紅が
「こんにちわぁ!」
とさっきとは打って変わった調子でニコニコといった。なんとわかりやすいやつだ!!先ほどの声はどこに?
おばちゃんに挨拶をして、表に出た。今は別にお客様がきているわけでもないので、うっすらと埃をかぶってきたテーブルを拭いた。台拭きを変えようと一旦厨房を通って、ロッカー室へ向かった。美紅の甘ったるい声が聞こえてきた。
「涼介さんってぇ、ホントに青藍さんと付き合ってるんですかぁ?」
そうよ。ほとんど付き合ってないようなものだけど、一応、ね。
「うん。そうだけど?」
涼介がさも当たり前のようにいうのが聞こえた。今私がいるところはちょうどロッカーの影になるので、彼らからは見えない。しばらく2人の様子を観察することにした。
「ふーん。あっ、涼介さん。今晩、飲みに行きません?」
「いいけど。今晩は暇だし。バイト終わってから?」
「はいっ!」
あーら!お二人で遊びにいっちゃうのかしら?私をおいて?別にいいけどさみしいものね。
「青藍さんは?誘うよね?もう言ったの?」
涼介が問いかけた。流石!考えてくれていると思うと嬉しい。人間、配慮と理解が一番いいものよ。だが美紅は、
「あー。青藍さんは今日は用事があるって聞きましたけどぉ、2人で行ってきていいよって。」
はい、言ってません。まず聞いてません。私そこまでキューピッドみたいなことしません。
「あ、そう。じゃぁ、2人で行くか。」
いや、ちょいちょい。ちょっとは疑おうよ。
でも涼介は見かけによらずお酒にものすごく強い。美紅は
(ちょっとお酒飲まして、軽く既成事実でも作っちゃって、落としちゃおう。)
とか思っているのだろう。無理だ。まずお前がノックアウトする。それを知らない美紅は、
「はぁーい!」
と嬉しそうに返事をする。
そんなわけでバイトを済ませ、エプロンを外し、ロッカー室でスマホに幾らか通知がきているのを確認した。家に帰ってから返信をすることとした。一つは千春から。しょうもないメッセージに既読をつけてスタンプを送った。二つ目はお母さんから。住所が送られてきた。そして、
【貴女の叔父さん。お父さんの、弟。行っておいで。】
と書かれてあった。〇〇県って……、すごい田舎じゃないの。
お母さんからお父さんという単語を聞いたことは、今まで一度もなかった。また、私の親戚のことなど初めて聞いた。しかも父方の。しばらく平坦な文面を眺めていると、またメッセージが届いた。
【なるべく早く行って欲しいの。来週の金曜日に〇〇空港いける?叔父さんの連絡先、伝えときます。】
電話番号も送られてきた。金曜日なら空いているだろう。送られてきた電話番号に、かけてみる。何回かのコールの後で低いが陽気そうな男の人の声がした。
「はい、与謝野です。」
「あの、与謝野青藍です。」
名乗ると、少しよそいきそうな声が崩れて、嬉しそうな声がした。
「ああ!青藍ちゃん!一葉ちゃんから聞いたよ。金曜日にこれるんだっけ?何時の便でこれるかな?いつでも大丈夫だよ!青藍ちゃんの都合に合わせるよ。うちの子供たちもね、ものすごい楽しみにしてるよ。」
よく喋る人だなぁ、と私は思った。電話口でここまでまくし立てて喋る人は、みたことがない。
「えぇと、16:55着の飛行機でいこうと思います。」
「はいはいはいはい……。16:55ね。じゃぁ、楽しみにしてるね。」
ピッと電話が切れた。耳の中で嵐がやってきたようだった。