2話 開戦
「そうか、始まってしまうのか。」
「はい、横井元首も何とか戦争を回避しようと努力なさっていたそうなのですが・・・残念です。」
結城のの帝都の中心街にある高野圭太の屋敷で高野と大高安見はテーブル越しに座って話していた。高野圭太とは結生徒共和国海軍省長官であり文字通り海軍のトップである。またかつての大日本帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六の実家の末裔であり、彼もまた軍略家としての能力を持っていた。対し大高安見は結生徒共和国陸軍省長官であり陸軍のトップである。と同時にかつての大日本帝国陸軍軍人大高弥三郎の末裔であり、彼もまた戦略家であった。体格がよく、勘が鋭い。また同い年相手にも敬語を使うことが知られている。二人とも同じ15歳ということもあって二人の仲は良かった。
「戦争が始まってしまう以上、こちらの犠牲は最小限にしたい。被害が多きければこの国へのダメージも大きくなってしまう。」
「その通りです。我々はかつての大日本帝国軍と同じ道を歩むつもりは毛頭ありません。」
二人は過去の戦争の悲劇を思い出していた。
-太平洋戦争-
大日本帝国海軍のハワイ真珠湾攻撃から始まったこの戦争は大きな爪痕を残した。初戦は勝利を重ねていったもののミッドウェー海戦の敗北から続く連敗、B-29による日本本土空襲、戦闘機ごと敵艦に体当たりする神風特別攻撃隊、最後には広島、長崎への原子爆弾投下、焼け野原となる東京。たくさんの命が散った。旧日本海軍の先祖を持つ二人は同じ悲劇をもう一度繰り返すことなど考えていなかった。
「海軍のほうは?」
「いつでも動ける。もう間もなく向こうから何かしらの宣言があると思う。しかし、向こうが動いてからじゃ遅い。」
「そうですね、陸軍もいつでも動けるよう待機させています。」
「では、そろそろ動くか。」
「はい。」
二人はお互いの顔を見ながら頷きあった。翌日、横井元首を筆頭に政府主要官僚による閣僚会議が開かれ、今後の方針と開戦を想定した戦闘準備の内容が決定した。
10月18日、戦闘艦「榛名」を旗艦とする第一航空連合艦隊が鹿島港を出港。北海道と樺太の間に位置する宗谷海峡から日本海にある佐野の主要な軍事基地がある栗島を目指すため進路を北へと北へと急いだ。この作戦は築による提案でまるでその数日後に佐野連合からの最終通達があるのを見越していたかのようだったが、その理由は謎である。
一方10月22日、佐野は結城に対して最終通告ともいえる「佐野宣言」を発表。それは、結城の国境付近に配備している軍の撤退、結城の領土である栃木の一部、埼玉、山梨の譲渡など決して受け入れられる内容ではなかった。
これに対して、横井は断固たる回答を示した。つまり国境付近に配備した軍の撤退は両国合意のもと両国どちらも行うものであり領土の割譲は一切認めないこと、また活発化させている軍の増強をやめ軍縮を行うことなどが明記されていた。この条件が受け入れられない場合結城は自国を守るため佐野に戦線布告するというものであった。加えて回答期限は10月25日午前0時までとされていた。
佐野からの返答はなかった。彼らは太平洋の反対側に結城の艦隊が出現し、攻撃してくるとは到底考えられるものではなかったのである。
そして迎えた10月24日午後11時50分
佐野大使は佐野にある結城大使館において声明文を発表した。