新聞
新聞の地域欄を読み漁ること、五年分。かかった時間は、三時間半。匂坂はようやく目当ての記事にたどり着いた。
「〇〇地区で不審火。住民三名が犠牲に」
「昨日に引き続き、火災。乾燥が原因か?」
「火の用心を強化。悲劇を教訓に」
住所は、朝妻に案内された団地だった。
匂坂は犠牲者の名前をメモ帳に控えていく。続けて、匂坂は郷土史のコーナーへ向かう。多摩市は戦後開発されたニュータウンの為、長い歴史があるとは言い難いが、それでも、週刊少年誌並みの厚さの市史があった。
匂坂はためらうことなく、市史を開いた。匂坂は寺の子。分厚い仏教の経典に比べれば、現代語で書かれた本はそれこそマンガに等しい。ページをめくる音が、図書館の隅で重なっていった。匂坂は何を探しているのだろうか。
「あの、もう時間ですけど」
声をかけてきたのは司書の女性だった。
「ここ、七時で閉館なんです。申し訳ないんですが、市史は禁帯なので……」
匂坂は軽く会釈をして、本を閉じた。
「いいですよ。片づけますから」
匂坂は会釈を重ねて、本を受け渡す。
「珍しいですね。市史を読むなんて。課題か何かですか?」
「まあ、そんなところです」
匂坂は低い声で答えた。別に意識しているわけではない。単なる地声だが、司書には魅力的に響いた。
「明日も来るんですか?」
司書の質問を無視し、匂坂は逃げるようにして、図書館を出た。
匂坂は女が苦手だ。
坊主の家に生まれた匂坂は、皮肉なことに美男だった。煩悩は悪と教わっているにも関わらず、当の本人が煩悩の発信源になっているという矛盾。根がいい加減であれば、教義を使い分けることもできただろう。しかし、匂坂は真面目だった。
そして、何より彼の〝他心〟の能力が、女性に近づくことに困難を与えていた。
(まだ、何か言ってやがる)
匂坂は頭に響く女の声を振り払うようにして、こめかみをたたいた。
気が付くと、目の前に下校中の男子高校生が三人列をなしてやってきた。