習慣
六
匂坂が座禅を終えると、朝がやってきた。多摩市で迎える初めての朝。朝妻の姿は、とっくの昔に消えている。十五分かけて、入念なストレッチを行った後、匂坂は多摩の駅に戻った。
風呂に入るためである。
駅前には二十年前から店を構える老舗の健康ランドがある。匂坂は地方情報誌から、健康ランドの存在を知っていた。じっくり一時間、湯船につかる。風呂から上がり、真新しい下着に着替えた匂坂は、ノートを開き、一週間の予定を箇条書きにしてまとめる。内容は以下の通り。
一、犯人を捕まえる
↓
そのために
↓
・情報収集する
・現場で座禅
・武器をまとめる
・もう一人の受験者を探す
「その日のうちにしなければいけない仕事を書き出すと、有意義な一日が送れる」
これは匂坂佑司の父の言葉だ。あまりにも真っ当すぎる助言だが、続く言葉は『非凡』とまでは行かないが、中々皮肉が効いている。
「大人の九割は実践できない」
匂坂は一割の方だった。
正確に言うと、一割に『なった』。中学生の時、父の言葉を聞いて以来、毎日欠かすことなく、その日の目標を記入し、就寝前には成し遂げた項目を黒く塗りつぶしていた。他人に自分の努力をひけらかすのは恥と考えているこの男は、誰にも――もちろん、父親も例外でない――知られることなく、千枚以上のメモ帳を書きつぶしているのである。
リストを見つめること一分。「情報収集する」に大きく丸をつけると、匂坂は健康ランドを後にした。
向かったのは図書館だ。朝妻と待ち合わせした公共施設である。蔵書の規模は十数万冊。地方市にしては中々の規模である。ただし、今回の目的は書物ではない。
匂坂はまっすぐにカウンターへ向かうと、司書の女性に尋ねた。
「新聞はどこにありますか?」