出口
おれの名前は出口真一。
祓い師の見習い。両親は健在。共に一般人。トイレを営業するサラリーマンと、同じ職場の庶務のカップルから生まれた。母はおれが生まれると同時に離職。今は専業主婦。父は定年まであと7年。最終職歴はおそらく今の会社の部長補佐で収まるだろう。
サンガの試験を受けようと思ったきっかけは、三年前のスカウトだった。
中学からの趣味の登山。高尾山薬王院で、朝妻に会った。
「何見てんだよ。エロガキが」
ずいぶん、ヒドイ言い様だ。なにせ、その時の朝妻はぱっつんぱっつんのビキニにハーフパンツ。高校受験の合格祈願にやってきたおれには刺激の強すぎる恰好だ。
「人がどんな格好しようと自由だろ。山では水着になっちゃ行けないっていう法律でもあのか」
「マナーの問題っしょ」
「見せて恥ずかしい身体じゃねえ」
(見せたいのか、見せたくないのか、どっちなんだ)
ツッコミは心の中で押さえ、おれはリュックサックから予備のウィンドブレーカーを取り出す。
「着なよ」
「お構いなく」
「虫に刺される」
「どこが?」
確かに、女の肌は滑らかだった。
「最近の若者にしちゃ、見上げた心がけだな」
「あんたも若者でしょ」
『若者』という言葉に対し、女は、挑発するような笑みを浮かべた。
「幾つに見える?」
「二十二」
とっさに頭に浮かんだのは、二十五だったが、「サバを読むのは男の甲斐性」というじいちゃんの言葉を思い出し、控え目の数字を上げておいた。
「まあ、あんたのじいさんに免じて許してやるか」
女は、ウィンドブレーカーを受け取った。
「なんで、じいちゃんのこと知ってるんだ」
質問には答えない。代わりに名刺を差し出してきた。
「『一来 朝妻永佳』?」
「喜べ。お前は功徳を積んだ」
「一体、どういう――」
名刺から顔を上げると、薬王院の境内が広がっていた。女の姿はどこにも無かった。