紹介
二
「お前、頑固モンだって言われるだろ」
「言われません」
頑固モンの発音から、匂坂は彼女をハーフだと認定した。生粋の日本人であれば「癌の顧問」と誤解されるようなアクセントはつけない。
「残念、ハーフじゃなくてクォーターなんだな」
木陰を歩きながら、朝妻は言った。多摩市は木陰があふれている。元々が山だからだ。町が作られたのはせいぜいここ五十年の話に過ぎない。
「ロシア人とかですか」
「いや、中国。ま、正確に言うと、今の政府には反対しているような連中の子孫になるわけだけど。政治の授業をしたいわけじゃないから割愛。お前から話せ」
「何を」
「さっきの仕返しか? 自己紹介しろって言ってんだよ」
「試験に関係あるんですか?」
朝妻は大きく溜息をついた。合わせて胸も小さく揺れる。
「現代っ子め」
「そもそも、必要ないでしょう。あなたには」
「確かに、私の〝他心〟を持ってすれば、あなたの過去なんて一目瞭然ですけどね」
女はまんざらでもない様子で、匂坂を見下した。
「あなたの口から聞きたいの」
「僕は、匂坂佑司です。出身は埼玉。十八歳。父は兼業の住職です」
「継ぐの? お寺」
「いえ。兄がいるので。僕は現場に」
女の整った眉が、ピクリと動いた。匂坂は気づかぬフリをして先に進める。
「試験を進めたのは父です。『才能があるのなら、活かすべきだ』って」
「お父さんは無かったんだね。才能」
匂坂は足を止めた。蝉の鳴き声が挟まる。
「単なるあてずっぽうだよ。そんな深刻に捉えるなって」
女は目を細める。灰色の瞳が妖しさを増す。匂坂は反射的に身を固める。
(マズイ)
匂坂は目を閉じ、深呼吸した。外界の情報を遮断するためだ。続けて、半ば握られた拳を指の一本一本を意識して、ゆっくりと開く。
(一、二、三)
目を開けると、朝妻が笑みを携えて立っている。
「悪くない。今時、これだけスパッと心を空にできる若者はいないよ。しかも、こんな町中でさ。それもお父さんから?」
「禅宗なんで。常住坐臥、すべて座禅と心得よ。それがウチの教えです」
「なるほど。だから、無駄口も少ないわけね。さ、着いたよ」
「え?」
「ここが、『現場』だ」