到着
初投稿です。一日一話更新でがんばります。
一
東京都多摩市。人口約十四万人のベッドタウン。北部には市名と同じ多摩川が流れる。明治天皇の別荘があったことでも有名だが、近年では某国民的純愛アニメの舞台として知られている。南はどうかと言えば、十五年前に某有名キャラクターのアトラクションが生まれているが、千葉のネズミたちにはとても太刀打ちできる規模ではない。それでも、海外からの観光客からは密かなスポットとして静かな人気を集めている。
その中央に、匂坂はやってきた。
私鉄で。新宿から。
駅を出ると、小型商業施設が併設されている。匂坂はそれを無視して、道を行く。
(広いなあ)
道のことだ。比喩でも何でもない。多摩市の道は広い。歩車道分離をモットーに掲げる多摩市ではルートによっては、一度も横断歩道を渡ることなく一キロ先まで進むこともできるという。そのおかげで、やたらめったら歩道橋がある。
匂坂は気を遣うことなく、歩いている自分に気づく。約束をしている。大事な約束。
二分後、たどり着いたのは市が運営する公共施設。図書館の前にあるカフェテリア。ガラス張りの建物からは、親子連れが駅へ向かう姿が見える。安楽椅子型のソファには高齢者たちが寝息を立てている。
匂坂は約束の人物を見つけた。
五人掛けの丸テーブルに座った女に、匂坂は声をかける。
「朝妻さん、ですよね」
「匂坂佑司」
女はサングラスを外した。瞳は薄いグレーをしている。カラーコンタクトかと思ったが、肌の白さを見ると、ハーフなのかもしれない。髪が黒かったから、匂坂佑司には判別がつかなかった。胸のセーターの盛り上がり具合も、海外の血が入っているのならば納得が行く。
「よろしくお願いします」
「何を」
ぶっきらぼうな返事に匂坂は朝妻をにらんだ。
(お前は試験官だろ)
「今、『お前は試験官だろ』って思ったでしょ」
「思ってません」
「プロなめんなよ」
朝妻はジーパンのポケットから、タバコとライターを取り出し、堂々と火をつける。
「公共施設ですよ」
匂坂のセリフはあっさりと無視され、朝妻は気持ちよさそうに煙をくゆらせる。老人が目を覚ました。匂坂の振る舞いに目を丸くする。
「ジロジロ見てんじゃねえよ。このスケベじじいが」
「いや、そういうことじゃないと思います」
「この服着てると、いつもこうなんだよな。日本製で気に入ってるのに」
言っているそばから、またタバコを吸う。店員も気づいた。朝妻は携帯灰皿に吸い殻を落としている。
「マナーだからな」
(だったら、そもそも――)
朝妻のニヤついた笑みを見て、匂坂はハッとした。
「吸わなきゃいい」
貼りついた笑みを消すことなく、朝妻は再びタバコに口をつける。視線は集まり続けている。店員はカウンターの奥に消えて行った。店長を呼んでいるらしい。
「散歩でもするか。この街に私の刺激は強すぎるみたいだから」
お勘定! と朝妻がカウンターに声をかける。金を払うつもりがあると知って、匂坂は安心した。ほんの少しだけ。