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月神のアルカディア  作者: 白魔術師
第二章:Sic infit ――そして物語は始まる――
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目覚めたのは森の中

 気が付いたとき、最初に目に入ってきたのは、それはそれはきれいな紺碧色だった。


 意識がはっきりしてくると、それは青空であり、木々の隙間から見えていることが分かった。


 しばらくぼうっとしていたが、やがて状況の異常さに気づき、慌てて体を起こす。


「嘘だろ……」


 見渡す限り、木。俺が目を覚ましたのは、どことも知れない森の中だった。


 いったい何故、自分はこんなところで寝ていたのだろう。冷静に状況を整理しよう。思い出せる最後の記憶は――そうだ。俺はあの可憐で美しい少女と、コンビニの前で会話していた。


 からかわれているとは知りつつも、仕方なく話に乗っていたら、妙な手品を見せられて――気づいたらここにいた。


 なるほど、わけがわからない。理解できる人がいたら是非会ってみたい。その上で弟子入りさせてもらいたい。


 夏季休暇でなまった頭で想像するなら、手品を見せられている隙に背後から襲われた、というところだろうか。しかし、体に痛みはない。というか、こんなところまで自分を捨てに来る理由がよく分からない。


 そこまで考えて、ふと気づく。


「あれ、リュックは……」


 背負っていたはずのリュックが無い。提出物を折らずに入れられる大きさで、それなりに大きいものだ。普段、大学に通うときに使用している。だが、それが背中にない。


 辺りを見回すと、それほど離れていない場所に発見した。急いで中身を確認したが、盗まれた物は無さそうだ。ノートパソコンも、財布の中身も無事だ。おにぎりと缶コーヒーの入ったビニール袋も、近くに落ちているのを発見した。


 どうやら何も盗られていない。つまり、強盗に襲われたのではないということか?


 いやまて。そもそも俺が居たのはコンビニの前だ。そのような場所で、ただの大学生に強盗を行い、さらには誘拐して、ここまで連れてくる阿呆がいるだろうか。俺を襲うくらいなら、コンビニを襲った方がよっぽどいい。いや、よくはないが。


 長々とここまで考えてみたものの、結局訳が分からない。しかし、自分は自らこんなところまで来て、あまつさえ、寝るなどということを絶対にしない。


 したがって、俺をこんなところに連れてきた阿呆は確実にいるのだ。どんな理由があるにせよ絶対に許さん。この世の果てまで追い詰めて地獄に突き落としてやる――ことは難しいが、少なくとも警察に被害届は出してやる。


 そのためにはまずこの森を出よう。


 スマホを、ズボンのベルトにつけたホルダーから取り出す。現在地を知るために地図のアプリを起動した――が、アプリ内のデータに存在する地図はでるが、現在地が表示されない。


 よくみると、スマホの電波状況は圏外となっていた。どういうことだろうか?


 最近では、電波が来ないところのほうが珍しいと聞く。まさか、ここは未開の山奥とでも言うつもりだろうか。


 正直、ぞっとした。いったい、この森を抜けるのに、どれだけかかるのだろう。今ある食料は、おにぎり3つと缶コーヒーのみだ。これで遭難など、しかも、助けも呼べないなど冗談じゃない。


 ああ、もう考えても仕方ない。


 おにぎりを一つだけ食べ、残りをリュックに入れる。とにかく動こう。日が暮れるまでには、出なければ。


 しかし、いったいどこに向かって歩けばいいのやら。


 そう思ってもう一度辺りを見回すと、これまた近くに、道があった。道と行っても、踏み固められて、草木が生えていない程度のものだ。だが、これを辿って行けば、いずれは森を抜けられるのではないだろうか。


 ようやく帰れる希望が見えた。人が通っているということは大きい。


 待っていたまえ我が家よ。首を洗っていたまえ度し難い罪人よ。



 歩き、歩き、歩き続ける。しかし目に映るものは先ほどとなんら変わらない。


 どうやらここは森というよりも山のようだ。これまでの道のりで、上り坂や下り坂を何度か繰り返している。


 高校の林間学校を思い出す。あれは林間学校という名の本格登山だった。勾配30度以上は当たり前、道なき道を行ったあの懐かしき地獄。今歩いている道はそれほどではない。しかし、いつ出られるのかがわからないという面では、あの時よりも恐ろしい。


 本当に、ここはどこなのだろうか?


 マップを開こうとしたとき、スマホに表示されている時刻は、13時を少し過ぎていた。正確には覚えていないが、図書館をでたのは12時半前だったと思う。そして、コンビニで昼食を買ったのは、移動時間を考えると12時50分は過ぎていたはずだ。


 日付は変わっていなかった。つまりたった10分強で、俺はこの電波も届かない場所に連れてこられたことになる。


 自分の知る限り、大学周辺に電波が届かなくなる山はない。ここが遠い山奥だとしても、人間をそんな僅かな時間で、そんな場所まで捨てに来れるのだろうか?


 そんなことが人間に可能なのだろうか?


 また、GPSが使えないというのも気になる。冷静に考えてみると、GPSは衛星との通知だ。たとえ圏外でも、GPSなら使えるはずだ。


 明らかに状況がおかしい。

 まさか――神隠しとでもいうのだろうか?


「いやいや、馬鹿馬鹿しい。有り得ない」


 きっと山は知らないだけで近くにあり、GPSが使えないのはおそらくスマホが、どこか壊れているに決まっている。19年生きてきて、心霊現象に会ったことは一度も無い。今更神隠しなど、あってたまるか。そんな非科学的なものは存在しない。


 ――突如話しかけてきた、作り物のように美しい少女。からかっているには、妙に真面目な表情。そして謎の幾何学模様――まるで”魔法陣”のような――。


「いや、有り得ない。有り得ないから」


 ぞっとする考えを振り払おうと、頭を振る。ついでに立ち止まって、スマホを取り出す。


 時刻は13時半に迫っていた。すでに30分ほど歩いたらしい。疲れるわけだ。


 未だ電波は圏外のまま。人間の生活圏には遠いらしい。


 あとどれくらい歩けば森、というかこの山を抜けられるのだろう。夏だから、陽が沈むのは遅いはずだ。せめて夜になる前には出たい。


 溜息を吐きつつスマホをしまい、再び歩き始めようと前を向く。踏み固められて出来た道は、平坦になっている。そして、直線に続いていた。


「……なんだあれ?」


 ――そして俺は、前方に何かがあることに気づいた。


 進行方向の100メートル程先に、黒い物体が見えた。

 よく見ると、その黒い物体は布だ。そして、布からは、こちら側に向けて人の足が覗いていた。


 慎重に、ゆっくりと近づいていく。つまるところ、人が倒れているのだ。考えたくはないが、死体の可能性すらある。下手に直視すれば、一生もののトラウマになりかねない。


 近づくにつれ、黒い布はどうやら修道服のようなものだと分かった。夏であるのに、よくもまあ、そんなものを着る。


 ――5メートル。だいたいそこまで近づいて立ち止まる。


 倒れていたのは、これまた美しい少女だった。目の色は閉じているので分からない。その髪は綺麗な紅色。さらに、2つの黒いリボンを使用してツインテールにしている。


 ほとんど仕事をしない正義感が、久方ぶりに叫ぶ。「可憐な少女が倒れているぞ! 早く無事を確かめて助けなければならぬ!」と。


 そう、それが当然だ。人間ならば、紳士ならば。

 俺だって外道では無い。道を聞かれれば親切に教えるし、困っている人がいれば助けもする。


 ――だが正直、今回に限っては関わりたくない。


 想像してほしい。

 こんな夏の日に、少女が熱のこもりそうな修道服を着ている。しかも、山の中で一人で倒れている。さらにその子は、髪を紅色に染めていて、今時珍しいツインテールにしている。


 どうみても、まともな少女だとは思えない。

 とても素通りしたい。


 すでに妙な幼女と関わって、えらい目にあっているのだ。これ以上、厄介な事になりたくない。なりたくはない――のだが……スマホを見てみる。未だ圏外のままだ。

 周りを見回してみる。人の気配は一切無い。


 つまり、今彼女を助けられるのは自分しかいない。後日「少女が山で遺体で見つかった」と報道されるのも後味が悪い。悪すぎる。ああ、もう仕方ない。


 諦めて少女の隣まで近づき、声をかけた。


「あの……失礼ですが、生きてますか?」


 俺の声に反応したのか、少女の瞼が震える。どうやら、生きていた。良かった。

 ゆっくりと開かれたその瞳は、髪と同じく紅色だった。カラーコンタクトまでしているようだ。


 やはり、関わるのは間違いだったか――?

 

 彼女は俺をぼうっと見つめた後、呟くように言った。


「……男の人? 早く逃げないと食べられちゃう……」


「失敬な」



「えっと……ありがとうございます」


 少女がおにぎりを食べながら、俺に頭を下げた。


 彼女の失礼な発言に怒らず、俺は具合が悪いのか、けがをしたのかと尋ねた。結局、彼女が倒れていた理由は次のようなものだった。


「おなかがすきすぎて、動けない」


 呆れてものも言えなかったが、実際、彼女は困っていた。そこで俺はおにぎりを一つ差し出し、彼女はそれを食べ、今に至る。


 もう一つおにぎりがあることは、言っていない。貴重な食糧なのだから当然だ。


「あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 最後の一口を飲み込み、彼女は俺に名前を問う。

 

「ああ。俺……僕は東雲彗太です」と答え、その流れで彼女の名前も尋ねた。「……あなたの名前は?」


「私は、シフォン……シフォン=ウォルタスっていいます。えっと、もしかしてケイタが名前ですか?」


 ……おや?


「そりゃ、ケイタが名前ですが……」


「まるで”スケイル”や”コールヌ”みたいな名前ですね……親がそうなんですか?」


 ……この子は何を言っているのだろう。


「よくわかりませんが……名前が変、と? えっとあの、日本人……ですよね?」


 自分の目には、彼女は一応日本人のように見えた。妙な格好をしているが、その顔にはどこか東洋の雰囲気を感じたからだ。加えて彼女は、全く違和感のない日本語を話していた。


 しかし、彼女は困惑した様子で、


「ニホンジン? 何ですかそれ。……種族なら、見ての通り私は”イニティウム”です。えっと、シノノメさんも同じですよね?」と返してきた。


 彼女の答えに頭を押さえる。ダメだ。本日二度目だが、会話が成り立っていない。”いにてぃうむ”とは何だ。ああ、頭が痛くなってきた。


「……とりあえず忘れてくれ。いや、忘れてください。じゃあ、えっと……シフォンさんは、どうして倒れていたんですか?」


 俺が抱いていた最大の疑問に、彼女は少し顔を赤らめた。


「……実は、魔獣倒したら、魔力切れを起こしちゃったんです」


「ああ……そうですか」


 ――ああ、自分の目に狂いはなかった。

 やはりこの少女はまともではなかった。今の言葉で確信した。


 そう、この子はあの恐ろしい”中二病”に罹患していたのだ。この子がこのような奇特な格好をするのも頷ける。中二病とはそういうものだ。


 だが、どうすればいいのだろう。いくら中二病とはいえ、こんな山奥で遭難しかける重症患者と、一緒に生きて帰れる自信は無い。


 一人で絶望しかけていると、シフォン――いや、本当にこれは彼女の名前なんだろうか――は続けてこう言った。


「私、この山をぬけて街の聖堂に行かなければならないんです。シノノメさんも、街に行くんですか?」


 彼女の予想外の言葉に顔をあげる。中二病に思考回路を冒されている彼女にも、山を下りる気はあるらしい。


 希望が見えた。ならばもう、話を合わせて山を下りよう。


「そうそう、そうなんですよ!」


「なら、せっかくですし一緒に行きませんか? 今気が付きましたけど、シノノメさんから全然魔力を感じませんから……。もしも魔獣がでたとき、危ないです」


「あー……そうですね、そうさせてもらいます」


 中二病などとうの昔に克服した俺に、魔力などあるものか。


 ところどころ、彼女の言動に不安はあるが、山を下りるということは変わりない。

 山を下りたら、然るべき所に彼女を連れて行こう。ここまでの重症患者、放置していたら何をしでかすか分かったものではない。


 ところで、彼女の話を聞いていてふと思ったことがある。魔獣なんてものは彼女の空想だが、ここは山の中なのだ。危険生物――例えば熊などがいてもおかしくはない。


 そんなものに出くわせばどうなるか、推して知るべし。今まで呑気に考えていたが、より一層、山を抜けたくなってきた。


「じゃあ、いきますか」


 俺の言葉と同時に、二人とも立ち上がる。ついでに、服についた土をはたく。このとき、彼女は自分よりも頭一つ分背が低いことが分かった。

 そして並んで歩き出そうとしたとき、それは背後から聞こえてきた。



「Grrrrrrrrr……」



 背筋が凍った。二人の歩みが止まる。


 認めたくない、背後にいるであろうその存在を。噂をすれば影とは言うが、それが今現実にならなくてもよいだろうに。


 恐る恐る振り返る。

 距離は10メートル程だろうか。俺の視線の先に居たのは、それはそれは大きな熊だった。なんという熊かはしらない。ただ、ツキノワグマではなさそうだ。妙にねじくれ曲がった角まで生えている。


 ……角? 熊に、角?


 いや、角はどうでもいい。問題なのは、あの熊が俺達を明らかに獲物とみていることだ。一般的な熊への対処法など、通用するわけがない。ダメ元でも、一刻も早く逃げなければならない。


「シノノメさん、後ろに下がっててください」


 左にいたシフォンをみると、なぜかファイティングポーズをとっていた。まさか戦う気なのだろうか。


 ――いや、戦う気なのだろう。彼女にとって、きっと自分は魔法使いで、あの熊はきっと倒すべき魔獣なのだ。だが、そんな行動は看過できない。


「いや、無理だから! 早く逃げないと」


「シノノメさんが戦えないのは分かってます。私一人で大丈夫です。魔力も多少回復しましたから」


 彼女に、怯えている様子は微塵も無い。まるであの熊など、すぐに倒せるとでも言いたげだ。

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