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月神のアルカディア  作者: 白魔術師
第五章:Ex aequo  ――一緒に行こう――
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家出少女


「お断りします」

 アーラの少女――ウィンリィ=ホワイトはそう言って、俺達の頼みを拒否した。


「いや、そこを何とか」と言うが、彼女は態度を崩さなかった。


「嫌です。いくら月神様のお願いとおっしゃられても、さすがにそれは承諾しかねます。私は今、あの国に戻りたくありません」


 どうやら彼女の意思は固いらしい。


 月神、話と違うぞ。承諾どころか真っ向から拒否されているぞ。


 場所は変わって、ここは目的地の村。その外れに位置する小屋。俺達を助けてくれた少女、ウィンリィの家だ。彼女は今、テーブルを隔てて俺達の向かい側に座っていた。


 彼女に助けてもらった後、村まで案内された。結局痛みで立てなかった俺はシフォンに負ぶわれて移動した。恥ずかしい限りだ。一応村の医者にみてもらい、おそらく大丈夫だろうと太鼓判をもらったのちに、彼女の家に案内された。


 熊の血でずぶ濡れになっていた俺と、そんな俺に抱き着いてしまったシフォンは、ウィンリィの好意に甘えてそこで一旦服を借りさせてもらった。シフォンの服はウィンリィのものを。俺の服は、彼女が村の誰かから借りてきた男物だ。元の服は好意に甘えて洗濯させてもらっているのだが、あの血はきちんと落ちるのだろうか。


 そこまではよかった。問題はその後だった。現在は服を着替え、自己紹介をすまし、目の前の彼女にアイテールを案内してほしいと頼んだ直後。はっきりと断られたことからするに、見た目だけではなく中身も気が強いらしい。いや、逆だ。そもそも気が強くなければ家出はしない。


「それは、なぜですか」と聞くと、ウィンリィはきっと睨み「あなた達に話すことではありませんので」と返してきた。


 わざわざ家出をするくらいなのだから、当然原因はあるのだろう。しかし、それが分からないのであれば、解決方法も分からない。お手上げだ。


「でも、私達はアイテールに行かなくちゃいけないんです」と、シフォンが食い下がる。


「それなら、他の人を当たればいいじゃないですか。そもそも、アイテールにいくだけなら、色々あるでしょう?」


「いや、それを知らないんですが」と俺が反論するが、今度は「自分で調べることもできないんですか?」と呆れられた。


 非常に腹ただしい。


 月神もラフマニノフ司教も他の行き方について何も教えてくれなかったし、そもそもあてがあるのだから、調べる必要もないだろうと高をくくっていた。シフォン自身もアイテールに行ったことも、行くことになるとも思ってなかったらしい。だから空中にある以外のことを、彼女は何も知らなかった。


 ウィンリィがため息を吐く。


「アイテールに行くだけなら、各地にあるアイテールの大使館で転移陣を使用させてもらえばいいだけじゃないですか。わざわざ家出してる私に案内しろなんて、性格悪いですね」


「だからそれは月神がって言ってんだろ!」


 本当に口が悪い。もしかして、これが原因で家族とトラブルになったのではなかろうか。


「とにかく」とため息をはきながら、ウィンリィは続ける。「私は絶対に、アイテールに案内はしません。他を当たってください」


 そう言うと彼女は席を立った。


「魔獣がいないか、もう一度回ってきます。最近は“混沌教”とかいう馬鹿どもも活発と聞きますし。とにかく、私は忙しいんです。洗濯にはしばらくかかるでしょうから、しばらくここで待つか、どこかで待っていてください」


 彼女はそう言って、小屋を出て行った。


「……めっちゃくちゃ腹立つなあ! 言い方ってもんがあるだろ!」


「ケイタ……口、悪いよ」


「……すまん」


 シフォンに窘められ、謝る。何故だろう。年はこちらが上であるはずなのに、だんだんとシフォンが上の上下関係ができ始めている気がする。そういえば、サークルでも女性陣に尻にしかれていたな。それはそれで心地よかったからまあ、良い。しかしこの調子で俺は1年後に帰れるのだろうか?


「でも、どうしよう? ウィンリィさん、協力してくれなさそうだよ」とシフォン。


「だからといって、諦めてラナに戻るのか? さすがに勘弁だぞ」


「……今から帰ったら、多分日が暮れちゃうしね。今日はこの村に泊めてもらうしかないかも」


 それに、死にかけたあの道を再び歩きたくない。せめて、月神がくれるというものをもらってからでなければ。だが、この村に泊まることにも少々不安がある。


「あのさ、シフォン。こんなところに村があって、大丈夫なのか?」


「何が?」


「森の中にあんな魔獣がごろごろいるんだぞ? 魔獣が――そりゃ、シフォンみたいに戦えれば怖くないかもしれないが、ここには老人や子供だっているんだぞ? 大量の魔獣が襲ってきたとき、守り切れるものなのか?」


「ああ……そういうことね。それなら心配ないよ。そもそも、魔獣が発生するなんて稀なはずなんだから」


 稀? と返すと、「そう、稀。ケイタは魔獣には2種類あるって知ってる?」と逆に質問してきた。


「知ってる。月神謹製のガイドブックに書いてあったから。”突発変異型”と、”定着型”だろ?」


 魔獣には2種類ある。マナによって普通の動物が魔獣化してしまう”突発変異型”と、この世界の始まりくらいから魔獣として存在している”定着型”だ。


「俺たちが遭遇したのは”突発変異型”だよな?」


「多分、そう。かなり凶暴だったから」


 動物から魔獣となったものは、力に飲み込まれ、たいていの場合理性を失って危険生物となるという。思い返せば、あの熊達は妙に恐ろしい面構えだった。それに、シフォンの炎にもためらわず襲い掛かってくる様は狂気としか言いようがなかった。


「だけど、俺たちが遭遇しただけで何匹いるんだよ。シフォンだって、俺と出会う前に何匹か魔獣を倒してたんだろ?」


「うっ……それはそうだけど、普通なら魔獣はあんなに発生しないものなの。学校で習ったけど、マナの溜まり場で多くても月1、2匹。発生しないことも普通だって」


「そう……なのか」


 魔獣の発生頻度については読んだ覚えがなかった。読み飛ばしていたのかもしれない。そしてさらっと流しそうになったが、新しい単語が出てきた。


「マナの溜まり場って?」


「言葉の通り、マナが異常に溜まるところらしいよ。マナの吹き溜まりとも言うとか……。地形によって出来るらしいけど、そこはマナの濃度が異常に高くて、普通の動物がその中に入ると、ごく稀に魔獣になっちゃうんだって」


「へえ……」


 シフォンの話を総合すると、つまり。


「要するに、今、この近辺ではマナの溜まり場が大量にあるってことじゃないか?」


「……そういうこと、なのかな。とにかく、普段から魔獣がこんなにいるなら、こんなところに農村なんてできないよ」


 要するに、無用な心配ということらしい。


「マナの溜まり場……」


 興味深い代物だ。シフォンによれば然程心配するべきものではないらしいが、それによって魔獣が発生するなら、やはり危険だ。俺からすれば、この世界の”間違い”の一つと言える。


「月神は改善しようとしないのか?」


「月神様っていうより、国がやるよ。異常に魔獣が発生するときは、周辺を調査して、マナの溜まり場を見つけて壊すんだって」


 つまり、この程度、”間違い”ではないということか。

 それにしても――。


「どうしたの、私の顔じっとみて」


「いや、シフォンが意外と博識だなって」


「……どういう意味かな」


「ほめてる! ほめてるから! だからその火を近づけるな!」


「私だって、学校の授業はちゃんと受けてたもの! これくらい常識! ケイタこそ、ちゃんと月神様からもらった本読みなよ!」


「……はい」


 ふん、と鼻をならしてシフォンが拳の炎を消す。やはり尻に敷かれ始めている。一刻も早く月神からもらうものを貰わねば。


 とにかく、と言ってシフォンが椅子から立ち上がる。


「今日はこの村に泊まる! それでいいよね!」


「仰せのままに」


 しかし何故だろう。

 月神から何を貰っても、シフォンとの関係が逆転する気がしない。



ちなみに熊ってのは普通群れません。

では、なぜあの魔獣達は群れていたのか?


簡単です。親子だったからです。

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