表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月神のアルカディア  作者: 白魔術師
第五章:Ex aequo  ――一緒に行こう――
20/36

絶体絶命


 月神が言うには、現在一人、アーラの家出少女がいるらしい。最近アイテールの首都の聖堂で、「娘が帰ってくるように」とよく祈られており、月神自身も少し気になることがあるという。


 そこで、その少女にアイテールの案内をさせれば良い。月神のお願いと言えば、さすがに断らないだろう。

 それはお願いではなく、命令ではないだろうか。そして無理矢理が過ぎないか。

 そう疑問には思ったが、他にあてはない。司教曰く、アイテールに行くだけなら手間はかからないが、案内がいるならそれに越したことはないだろう、とのことだった。空中にあるのに手間がかからないとはこれ如何に。この世界に飛行機があるとは思えないのだが。


 その後、ラナを出て、少女がいるという郊外の森の中にある村に向かっていたのだが――。


 走りながら後ろを振り返る。熊型魔獣達との距離は少しずつ縮まっていた。


 目的地は先述したようにまだまだ先である。距離が縮まっている以上、やはり振り切ることは不可能だ。


「ケイタ。先に、行って」


 並走するシフォンが提案してくる。

 シフォンの先ほどの発言を思い返す。こちらを守りながら戦うことは無理。裏を返せば、シフォン一人なら、戦える、かもしれない。


 すなわち、俺が逃げ続け、シフォンは熊型魔獣を相手にする。二人が生き残る可能性はで最も高いのは、その選択だ。少なくともこのまま二人並んで逃げていれば、シフォンはともかく、間違いなく俺は死ぬ。


 しかし、俺は逡巡してしまう。


 原因は犬に食わせたはずのプライドと、シフォンへの心配。そして、そもそも足手まといになりたくないために力を欲したのに、この状況は何だ――という遣る瀬無さ。

 後から考えれば酷いものだ。この思考によって、余計に足手まといになっている。


「ケイタ。返事を」

 シフォンが急かす。熊との距離はより縮まっている。迷う時間はない。


 決断前にもう一度振り返る。魔獣は2体。やはり、より距離が縮まって――。


「――残りの2体はどこいった!?」


 疑問を口にした瞬間、追いかけてくる熊の両方が吠える。全身に悪寒が走る。前方に何かを感じたと同時に、シフォンが顔色を変えて叫ぶ。


「ケイタ! 避けて!」


 言われるまでもなく、右――彼女とは逆の方向に跳んだ。次の瞬間には、そのまま走っていれば着地していたであろう場所に、それぞれ1本の土の棘が突き立っていた。

 着地等は考えずの行動だったため、地面に頭から突っ込む。痛みに呻くがしかし、それを気にしている場合ではない。こんなものが刺さったら、今感じた痛みの比にはならない。


「なんだよ、これは!」

「土属性の魔術! 嘘でしょ……あいつら、魔術使ってる!」


 シフォンの説明と同時に、自身が倒れている地面に再び魔力の感覚。咄嗟に横に転がれば、そこにも土の棘が生える。

 視界の端で、彼女がこちらに駆け寄ろうとするのが見える。しかし、それも新たに発生した土の棘によって牽制されてしまう。そして、その背後には、魔獣が森から飛び出してきていた。居なくなっていたうちの1体だ。


「シフォン!――後ろ!」


「――っ! ……”燃え盛るは炎の柱”!」


 シフォンは振り向きざまに飛び退り、以前みた魔術を即座に発動する。 シフォンの目の前に顕現するのは炎の柱。着地点に発動された熊型魔獣は回避することもできず絶命する。


「前は呪文を唱えてなかったか?」と、場違いなものの気になって尋ねれば、「今のは詠唱破棄……成功してよかった」と答えが返ってきた。どうやら博打だったらしい。失敗しなくてよかった。


 しかし。


「やられた……回り込まれてる」


 シフォンの言う通り、向かおうとしていた方向には既に熊が一体。おそらく、居なくなっていたもう一体だ。そして後方にも熊が2体。囲むという知能はあったらしい。何故最初からしなかったのかは疑問だ。いや、しないでくれて本当によかったのだが。


「戦うしかないってことか?」


 立ち上がりながら、返事を返す。聖堂で魔力強化の一通りの手ほどきの時に、筋は良いと評価は受けた。しかし俺は確実に戦力外だ。それにもっと、重要な問題がある。


「土の棘から逃げながら戦うとか、洒落になってないぞ」


「……魔術を使えるのは、多分あの2体」


「……そうだな」


 あの熊たちが2体吠えて、土の棘が2本。まだ魔術の知識はほとんどないが、あの2体がそれぞれ1本の土棘を発生させたのだろう。


「で、どうする?」


「ケイタは、森の中に逃げて。私が熊の相手をする」


 今いる道は整備されていても、その左右は手つかずの森。確かに、逃げ込むにはそこしかない。だが、右も左も分からない森の中に逃げ込んで、逃げ切れるとは思えない。


「3体なら、なんとかなるかも。少なくとも、魔術を使うあの2体は足止めするから」


「……それだと1体は、俺の方に来てないかな?」


「死ぬ気で逃げて。必ず、私が後で追いかけるから」


 まさか人生の中で、死ぬ気という言葉が、本当に命に関わる場面で使われるとは思ってなかった。


「火柱や、さっきの火の壁でこいつらを倒せないのか?」


「これだけ近いと……ダメ。詠唱している間にケイタが襲われちゃう」


「さいですか」


 そう答えた瞬間、再び魔獣達が吠え、足元に再び魔力の感覚。シフォンと反対方向に飛べば、成人男性の脳天まで貫ける程の土の棘が生える。


「ケイタ、逃げて!」


「わかってる!」


 覚悟を決めろ、東雲慧太。


 シフォンが炎を纏いながら魔獣達に突っ込むのを横目に、一目散へと森の中へ飛び込む。

 シフォンの宣言通り、追いかけてくるのは一体。

 魔獣との絶望的な鬼ごっこ、その第2弾が始まった。



 ケイタを逃して早数分。私と魔獣の戦いは、佳境にさしかかっていた。


「これで――どう!?」


 魔獣が私を狙って生やした無数の棘。その一つを利用して、魔獣の正面から、背中へと飛び乗る。飛び越えざまにその顔面を両手で掴み、出力最大の炎の属性付与。瞬く間に火は燃え移り、魔獣を火だるまに変える。


 と思えば、すぐに魔力の感覚。どこから――とすぐに気づいて顔を反らせば、魔獣を貫いて土の棘が顔を掠めた。


 もう一体の魔獣の仕業だ。あいつ、仲間ごと私を貫こうとしたんだ。


「仲間を何だと思ってるの……」


 背から飛び降り、そいつを睨みつける。睨まれた魔獣は、一歩後退した。おそらく、群れのリーダーは今しとめたこいつ。一番身体が大きいし、何より、目の前の一体の魔獣が身を挺してかばっていた。

 リーダーがやられて(とどめはこいつだけれど)1対1なら、こいつに負ける要素はない。

 魔術を使ってくることには驚いたけど、分かった今では避けることは難しくない。こいつらの使う魔術は、発動までの時間が長すぎる。それこそ、素人のケイタが避けられるほどに。


 それを理解していないのか、それとも理解していてもそれしかできないのか、魔獣は再び私の足元に魔術を発動する。飛んで避けた瞬間、魔獣は背を向けて逃げ出した。


「逃がさない! ――”放て炎の魔弾”」


 炎の球を高速で飛ばす魔術――全属性にある(らしい)初級の魔弾程度なら私でも詠唱破棄には失敗しない。

 威力はそれほどでもないけれど、散々私の炎を味合わせた相手。さらに満身創痍逃げ腰の相手ならこれでも十分な足止めになる。

 尻を焼かれた魔獣が苦悶の声を上げて止まる。そして、それは狙いを定めるのに十分な時間。

火柱で魔獣を焼きはらう。


 これで、足止めした二体の魔獣は倒した。”突発変異型”の魔獣にしては、妙に手強い相手だったと思う。そもそも、魔術を扱う”突発変異型”なんて聞いたことがない。

 

 整備されていたはずの道は、既に魔獣が好き放題に生やした棘で見るも無残な姿になった。これって私のせいなのかな。あとで考えよう。


 ――早く、ケイタを助けなくちゃ。


 休んでいる暇はない。

 熊がケイタを追いかけまわす音、そして魔獣が通って行った跡。それを頼りに、彼の元へ駆ける。どうしようもなかったから、賭けではあったけれど、彼はきっと、まだ生きてる。


 けれど、それも時間の問題。ケイタはまだ、魔力強化に慣れていない。


 聖堂を出る前と出た後、一応魔力強化をして動く練習はした。身体能力が上がるとはいえ、コツを掴めば難しいことじゃない。弱い魔力強化なら、より簡単になる。そして、ケイタは筋がよかった。ラフマニノフ司教が、密かに驚くほどに。


 でも、魔力強化の罠は慣れてきた時にこそ、牙を向く。


 上昇した身体能力と、それを制御する集中力。簡単とはいえ、いつもと違う身体能力を制御するなら、意識する必要がある。魔力強化を使い始めた子たちは、ケガをしながらそれを学んでいく。私だってそうだった。


 けれどケイタはそんな経験なんてない。彼が、もしも集中力を切らしてしまったなら――。


「お願い。無事でいて――!」



 ――さて、俺がシフォンから言われたことは「必死で逃げて」だった。無論、必死で逃げていた。顔に枝や得体の知れない虫が激突することも構わずに。


 しかし、ここは整備などされていない足場の悪い森だ。そして森を駆けるという行為は、当然熊の方が慣れている。何より、身体能力は魔力強化込みでも奴の方が高い。


 ようするに――


「Gaaaaa!」

「ひっ!」

「Groooo!」

「うわっ!」


 ――追い付かれて命がけで回避に徹していた。


 ベアクローをしゃがんで、次の一撃に対しては横に飛び込み――熊は全く手を緩めない。シフォンとの距離はいっさい考えず、ただひたすらに、避けて、避けて、避けていた。魔力強化の恩恵か、意外と避けられる。それとも隠れた才能だろうか。帰ったらその道を目指すのもありかもしれない――帰れたら、だが。


 シフォンは「必ず、私が後で追いかけるから」と言った。彼女ならきっと助けに来てくれる。信じて待つしかない。


 木を陰に攻撃を防ぎ、時にはそれを目くらましとして急激に方向を変え、とにかく逃げ、避ける。お願いだから、早く助けに来てくれ。


 ――いや、本当にそれでいいのか?

 

 唐突に不安がよぎる。シフォンがいると思しき方向からは、微かに熊の吠える声や戦闘の音が聞こえる。つまり、まだ彼女は無事だ。


 ――否。注目すべきところはそこではない。


「まだ戦ってるのか……!」


 つまり、まだ彼女は助けに来れない。そもそも、倒し切ったとして、彼女はすぐに来れるのだろうか。そもそもどれだけ離れた? 彼女は追ってこれるのか?


「――Gaa!」

「――っ!」


 間一髪で、地面に叩きつけられる一撃を避ける。 

 熊の動きが明らかに鋭くなっている。一撃必殺だっただろう大振りから、多少威力は控え目(それでも多分死ぬが)でも正確な攻撃に代わってきている。


 今の一撃も間一髪。おそらく、当てられるまでに時間はあるまい。

 やるしかないのか、と独りごちる。

 月神からもらった腕輪もある。あの時とは、シフォンと出会ったときとは違うはず――ならば。


 次の一撃を横によけ、木を陰に方向を転換。熊のがら空きの横顔が、そこにある。


「これでも――食らえ!」


 その横顔にテレフォンパンチ。魔力強化を乗せた成人近い(いや、この世界だと成人か)の男性の殴打。華奢に見えるシフォンでさえ、熊を吹っ飛ばす威力を発揮した。であれば、この殴打はそれに等しい、いや、それ以上の威力を発揮するはず――だった。


「……嘘だろ?」


 渾身のパンチ。それは熊の顔を反対方向に向けるだけで終わった。首が折れてくれればよかったのに、そんな様子はない。熊はすぐに振り向き、こちらをより一層、敵意のこもった目で睨んだ。


 なぜ? どうして? まさか月神のやつ、ケチったのか?――そんな思考に一瞬支配されてしまう。そして、それによって生じた集中力の途切れは、決定的な命取りになった。


 熊の怒りのこもった大振り。それは避ける。しかし、勢いがありすぎた。受け身を取れずに、したたかに尻を打つ。それだけでは止まらず、ごろごろと転がる。


 急いで体勢を立て直し起き上がって見れば、熊が視界の中にいない。見回してもどこにもいない。いったいどこに。まさか逃げた?


「ケイタ――」


 シフォンの声。視界の端にシフォンが駆けてくる姿が映る。もしかして、向こうの熊は倒しきったのだろうか。ならばもう安心だ――。


「――避けて!」


「え」


 シフォンの絶叫の直後、右からとてつもない衝撃。逃げたわけがなかった。熊はわざわざ、視界から外れ、身を隠した上で、突進してきていたのだ。


「ぷけっ」等という間抜けな声が、口から洩れる。体がくの字に曲がりながら、吹き飛ばされる。そして勢いよく地面にたたきつけられ、それで止まることはなく、体中を打ちつけながら転がり、木へと叩きつけられた。


「ぎ、あ」


 痛い――そんな言葉すら言えないほどに痛い。骨や内臓が無事かも分からない。視界はぼんやりとし、三半規管がやられて、立つことすらできない。


 そして、視界が回復したと同時に、シフォンの悲鳴が上がる。


「――あ」


 それは真っ赤な口を広げて、頭蓋を噛み砕かんと跳びかかってきていた。


 シフォンは遠く、熊の攻撃は止められない。

 俺では熊を傷つけることすら叶わない。そもそも、動けない。

 つまり――認めたくないが、今度こそ死ぬ。



 慌てて魔弾を放つけれど、当たっても魔獣は止まらない。まるでケイタだけは必ず仕留めるとでもいうように。


 この距離じゃ追い付けない。火柱の詠唱破棄を試みたけど――失敗して不発に終わった。


「やめて!」


 不安だったアルビテルに、一緒についてきてくれると言ってくれた彼を。

 二度と嘘をつかないと、私に約束してくれた彼を。


「お願い、誰か――」


 助けて。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ