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月神のアルカディア  作者: 白魔術師
第五章:Ex aequo  ――一緒に行こう――
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ある日、森の中で、熊さんと出会った

 森の熊さんという歌がある。元の世界なら、知らない人はいないだろう。


 もともとは英語の歌で、銃を持っていない男が熊から命がけで逃げるという内容だ。しかし、それを訳した人は何を考えたのか、少女が最終的に熊とうたって踊るというオチにした。もはや改変である。


 ところで、日本語に改変された歌詞には「お嬢さん早くお逃げなさい」とある。だが、誰からとも明言していなければ、結局熊さんも追いかけてきて、けれど襲っていない。


 なら、逃げるとは何からだろう。


 熊から逃げるのか。それとも、もっと恐ろしい怪物が森の奥に潜んでいて、それから逃げなさいなのか。いったいどっちなのだろう――そんな話を、友人がしたことがある。確か時間はあるものの話題がなかった時だ。その友人曰く、「中途半端に訳したからという答えではつまらない」とのことだった。気持ちはわからなくもない。


 ちなみに俺は、最終的に熊と仲良くなっているし、後者の説を押す。


「――というわけなんだが、シフォンはどう思う?」


「うーん……なんで、今聞くのかな?」


「……なんとなく思い出してさ」


 そんな会話をする俺たちの視線の先にいるのは、お察しの通り熊である。


 一昨日俺達を襲おうとした、あの凶悪な顔つきの熊と同じ熊である。


 そして、大きさに差はあれどそれが5体。彼らは「お逃げなさい」とは言ってくれない.もし言葉を話すとしたら,きっとそれは「オマエオイシソウダナ」だろう。


 観光都市ラナを離れ、草原を超え、再び山道。この先に目的地がある。

 そんな道中、背後から聞きおぼえのあるうなり声を聞いた。振り返れば、一昨日見た熊が一匹、そこにいた。

 シフォンさんお願いします――という前には彼女はファイティングポーズをしていた。俺は邪魔にならないよう、シフォンの後ろに下がろうと思っていた。しかし。


 増えた。

 道の脇、木々の影から4匹が新たに追加されてしまったのだ。


「シフォンさん、対処できますか?」


「……」


 シフォンは何も答えなかった。


 俺たちは熊から目を離さない。離さないまま、じりじりと後ろに下がっている。熊に出会ったときの対処法は、この世界でも共通のようだ。


 一方魔獣もなぜか、昨日のようにいきなり襲ってこない。ガイドブックで読んだのだが、この手の”突発変異型”の魔獣は、魔獣化前よりも知能が低くなることが多いらしい。


 だが、今日の彼らは慎重だ。こちらと一定の距離を保ちつつ、この狭い道をわざわざ列をなして追いかけてきている。最も、森に潜まずわざわざ姿を見せていることから、知能はだいぶ低くなっていることは見て取れる。


 気づけば、シフォンが小声で何かを呟いていた。魔術の呪文だろうか? 気をとられて、シフォンの方に目を向ける。


 それが合図となったらしい。俺が熊から目をそらした瞬間、最初からいたもっとも身体の大きい熊が吠える。おそらくリーダー格だったのだろう。瞬間、熊共が一斉にこちらにむかって突撃してきた。


「なっ」と思わず声をあげるが、同時に、シフォンが紡いでいた言葉も意味を得る。


「――我と汝を断絶せよ。"燃え盛れ炎壁(エンヘキ)"!」


 シフォンが魔術を発動する。


 道幅を超えるほどの巨大な赤い魔法陣が顕現。熊達の目の前に眩い炎の壁が燃え盛る。突然現れたそれに対し当然、彼らは止まれない。1体が炎の壁から転がり出てその場で炎に包まれながらのたうち回る。――が、後続が来ない。


 その意味を察すると同時に、シフォンが舌打ちする。


「走って!」


「言われなくても!」


 月神にもらった”マギア・アーミア”――魔力のない俺でも、魔力強化ができるようになる腕輪だ――を起動する。全身に魔力強化を施し、全力疾走。速い。これは本当に自分の体なのか――そう思うほどに速い。これならば熊だって追いつけない――ことはない。それらを加味しても、単純な運動能力は魔獣が勝る。


 しかし。


「シフォン。あいつら、今ので追ってこれないんじゃ」


「だめ! 横から通れちゃう! ああ、もう! 全部仕留めるつもりだったのに!」


 シフォンの言う通りだった。後ろを振り返れば、熊達は炎の壁を素通りして追いかけてきていた。

 

「あいつら、倒せないのか!?」


「私一人ならどうにかなるかもだけど、4体も相手にケイタ守りながらじゃ無理だよ! 押し負けちゃう!」


 距離はとれたものの、目的地はまだ先のはず。身体性能は魔獣に軍配が上がり、森という地の利も、熊どもが勝る。


 ようするに、いずれ追いつかれる。

 かくして、魔獣達との絶望的な鬼ごっこが始まった。


 ところで、どうしていきなり場面が町から森に飛んでいるのか。そもそもなぜまた森のなかにいるのか――それにはとても浅い理由がある。


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