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月神のアルカディア  作者: 白魔術師
臨時: ↑ここまで改稿済み。
13/36

アルビテル


「えっと、そろそろいいかな?」


 ようやく痺れが治ってきた俺に、月神が問う。

 少しは労りの言葉が欲しい。元を正せば、全てこのクソガキが原因であるというのに。


 おそらくシフォンはこうなることを分かっていた。分かった上でやった。

 でなければ今、あのようなすっきりした顔をしているわけがない。許したと見せかけて、最後の最後にこんな罠を用意するとは、意外とえげつない。


「説明する前に確認したいんだけど、東雲彗太、君はこの世界について、どれくらい知っているの?」


「え? ああ、そうだな……魔術や魔法が存在して、あと魔獣や、そしてたくさんの種族がいる、ということくらいしか知らないが。あと、お前――月神が崇められてるくらいかな」


 月神への無礼な発言に、ラフマニノフ司教が眉をひそめる。司教の立場からすれば当然のことだ。しかし、いくらなんでも誘拐犯に丁寧語を使うほど、そして「様」もつける程プライドは低くない。


「そっか。じゃあ、この世界の成り立ちとかは知らないよね?」


「まあ、そうだな」


「じゃあ、そこから説明が必要か。簡単に説明するとね、今、この世界はいわゆる"作りかけ"の状態なんだ」


「簡単な割には、最初からとても壮大だな」


 作りかけとは何だ。作りかけとは。


「今僕たちがいるこの世界は、僕が張っている結界――"アルカディア"の内側に存在する世界なんだ。その結界の外は混沌で満ちていて、生物は住めない状態。そして、結界の内側では、例えばイニティウムを初めとして、他にも様々な種族が暮らしている。これが大まかな、今のこの世界の状態」


「かなり省略されているけど、まあ、一応理解はできた」


 世界観がまるで、昔読んだファンタジー小説に出てくる異世界のようだ。なおその物語では、その結界を張るためには生贄が必要という設定だった。


 ……本当に俺は、これから何をさせられるのだ? まさか本当に生贄にされるわけではあるまいな。


「じゃあ、次にアルビテルの説明をしようか。アルビテル――シフォンさんにやってもらいたいのは、簡潔に言うと、この世界を旅することなんだ」

「旅、ですか?」


 シフォンが少し驚いたような反応をする。いきなり呼びつけられて旅をしろと言われれば、当然だろう。


「そう。この世界を旅して、この世界の間違いを見つけてほしいんだ」


 この世界の間違い?


「間違い……? それってどういうことですか?」


 シフォンも俺と同じく、月神の言いたいことがわからなかったらしい。月神は「そう、間違い」と言い、説明を続ける。


「僕はずっと探している。この世界に生じてしまった間違いを。僕はこの世界を、幸せで溢れるような世界にしたつもりだった。けど、僕は何かを間違えたらしいんだ」


 月神が両手を広げ、話を続ける。


「さっきも言ったように、この世界はまだ作りかけなんだ。でも、間違いを放置したまま世界の創造を続けてしまうと、後の禍根になりかねない。でも、僕にはそれがわからなかった。だからシフォン。君に探してほしい。どんな些細なことでも良いんだ」


 月神の口調は、まるで、子供に簡単なおつかいを頼むかのように軽かった。けれど、その口調に反し、彼女の言った内容はとても壮大で、重い。重すぎる。


 そもそも、こんな少女に旅を、それも魔獣の出る世界を旅しろというのは、あまりに酷だろう。昨日も行き倒れていたのに。


「なんで、そんなことをするんだ? わざわざ、シフォンに旅させなくても、他の方法がいくらでもあるだろ。神様なんだから」


 我慢できずに、ついシフォンと月神の会話に割り込んでしまう。月神は勝手が過ぎる。いくらこの世界の自称「神」とは言え、人の事をどう思っているのだ。


「僕は万能じゃないよ。それに今も言ったように、僕の視点だけじゃそれがわからなかった。他にも事情はあるけど、この世界に暮らす人、その視点で見いだされたそれが、今の僕にとって重要なんだ」


「……なら、旅をするのはシフォンでなくても」


「他の人にやらせるのかい? それは旅をするという負担が、誰かに移るだけだよ。それに、ウォルタスさんを選んだのは、このアルビテルを為すのに適性があったから。誰でもいいというわけでもないんだよね」


「それは……いや、けど」


 たとえ誰かに移るとしても、シフォンのような少女にやらせるべきことではないだろ――そう言いかけたところで、俺の発言は遮られた。


「シノノメ様。あなたの気持ちも理解できますが、月神教にとって、月神様の仰ることは絶対。月神教を信仰していない、それも異世界の人であるあなたが、口をはさむことではありませんよ」


 月神になおも食い下がろうとする俺を、ラフマニノフ司教が鋭い口調でたしなめた。


 彼の言うことも最もだ。今の俺は月神を崇めず、更にはクソガキ呼ばわりする異教徒だ。そんな者が月神教に、ましてや月神教の主神である月神に口をだす資格などないし、許されない。


 むしろ、既に彼女を冒涜し、その決定に干渉しているにも関わらず、この程度の警告で許されていることがおかしいのだ。元の世界でも、ここまでの冒涜行為を行えば、きっと命の保証などない。


 つまり、この警告を無視すればどうなるかは分からない。


「ケイタ。心配してくれるのは嬉しいけど、司教様の言う通りだから。それに、私は使命を受けてここに来たの。どんな使命でも、今更嫌だなんて言わないよ」


 シフォンが司教に同調する。場違いではあるが、再びケイタと呼ばれたことが非常に嬉しく感じられた。


 アルビテルの当事者である彼女が受け入れるなら、いくら反対したところで、余計なお世話だろう。それに、まだ知り合って1日しか経っていない相手に、あれこれ指図するほど、傲慢になりたくはない。


「……分かった。シフォンがいいなら、何も言わない」


 納得は、できないが。


「とりあえず、理解してもらえたかな? なら、次に東雲君を呼んだ目的について話そうか」


「そういえばそうだったな。で、何をさせるんだよ」


 先述した通り、一介の理系の大学生がこの世界で出来ることなど、想像がつかない。元の世界に無事に帰れるような、簡単なお仕事だと良いのだが。


 そんなことを考えていた俺はまだまだ甘かった

 先ほど「最悪な事態を想定して動く」ことが自身の処世術だと述べたが、またしても失敗していた。



「単刀直入に言うとね、アルビテルに――シフォン=ウォルタスの旅に、同行してほしいんだ」



 ……。


 ふむ。


 このクソガキ、今、なんと言った?


「あのさ、悪いけど、もう一回言ってくれないか?」


 聞き間違いだろうか? 今、この神と名乗る少女は、とてもおかしなことを言ったように聞こえた。いや、おそらく聞き間違いだろう。そうに違いない。違わないと困る。


 俺の聞き返しに対して、月神はきょとんとしている。


「え、まさか聞こえなかったの? アルビテルに、つまり、ウォルタスさんの旅に同行してほしいと言ったんだよ」


 おかしい。聞き間違いが、聞き間違いにならない。


「は……ははは。耳がおかしくなったのかな? シフォンと一緒に、旅しろって言われてる気がするんだけど」


「いや、月神様はちゃんとそう言ってるよ……?」


 突然笑い出した俺が不気味だったのだろう。シフォンが若干引きながらも、心配そうにしている。

 しかし、心配するなら、聞き間違いであるはずの言葉を肯定しないでもらいたい。


「はっはっは。冗談きついぞシフォン。ただの大学生に、この世界を旅しろだと? 魔術とか使えないのに? 魔獣と戦うとか無理なのに? 無茶に決まってるじゃないか。ははは、あはははは……ふう」


 乾いた笑い声をひとしきりあげた後、ゆっくりと深呼吸をする。


 ひとまず冷静になろう。

 そう、冷静にである。

 さあ、冷静に――なれるわけなかろうが。


 怒りに任せて、月神を睨みつける。


「この世界を旅しろと?」


「うん」


「なぜ?」


「シフォンと同様、君の視点――全く新しい視点から、この世界の間違いをみつけてほしいんだ」


「へえ……まさか、その旅が終わるまで、俺は帰れないと?」


「うん。帰さないよ」


 なるほど――冗談じゃない。


「ふっざけんな! それなら俺は、いったい、いつ帰れるんだよ!」


 俺は法則も常識も異なるこの世界に、詐欺同然で連れてこられた。さらに、召喚に失敗したとはいえ、魔獣の出る山の中に置き去りにされた。

 これだけでも腸が煮えくり返っているというのに、その上、この見知らぬ世界を旅しろという。それも恐らく、世界中をだ。数か月、下手したら数年かかるかもしれない。しかも、それが終わるまで帰さないという。無茶苦茶にも程がある。


 しかし月神は俺の怒りを気にする様子はなかった。それどころか「そうだね……今のこの世界は、君のいた地球より全然狭いから。早ければ、1年で終わるんじゃないかな?」と言い放った。


「1年でって……」


 世界中を旅してたった1年で終わるというのは驚きだが、されど1年。どうあがいても、大学留年は確定だ。


「……ふざけんな。騙して連れてきて、その上1年間旅しろと? やってられるか。さっきも言ったが、さっさと俺を元の世界に戻せ」


「拒否する気持ちは分かるけど、今すぐ君を帰すのは難しいよ。というか、無理かな」と彼女は、困った顔をして、言葉をつづけた。「君をこの世界に召喚するだけでも、莫大な魔力を消費した。そしてそれは、君を向こうに帰すときも同じ。君を帰せる程の魔力が貯まるのも、ちょうど1年後くらいなんだよね」


「……は?」


 月神の言葉に呆然とする。

 つまり、俺はいくら月神の要求を拒否したところで、最低1年はこの世界で過ごさなければいけないということか。


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