虹の行方
何故、レスリーがあのような場所で水面を見つめていたのか。然として理由はわからない。けれど、それを追求するのは躊躇われる。そこまで踏み込んでもいい間柄でも、今のところまだない。
けれど、意外なことに彼女の方からそれは切り出された。
「ねぇ、ミハエル? あなたは自分の存在がわからなくなる時はない? わたしはあるの」
ミハエルが答えを切り出す前に、レスリーは続ける。
「わたしはね、唄でも明かしたけれど囚われの身のような心地でいるの。いつもとても窮屈で、けれどそれを受け入れるしか出来ない自分に嫌気がさすのよ。それこそ、どこか遠くへ行きたくなるくらいに」
「それでは、連れ出してほしいとお願いしてごらんよ。俺が連れ出してやってもいい」
「あら、それは魅力的な提案ね?」
レスリーはそう言うと、草場に横になった。それを横目に草笛にちょうど良さそうな、ナポ草を見つけて唇に当てる。
「あら、そんなことまで出来るのね」
その問いには答えず、ナポ草の奏でる音に集中した。風が優しく俺とレスリーを包み込むように吹いた。ナポの花の綿が風で吹き上がる。感傷的な気持ちが湧いて出てくるが、それを無視してナポ草で演奏を続ける。
それに合わせてレスリーが鼻歌を奏で、俺とレスリーは互いの気持ちを一つにした。それは、体を一つにすることよりもとても互いを近くに感じられるような一体感をもたらした。
「ねぇ、ミハエル。わたしのこと、もっと知りたくならないの?」
「不思議なことを聞く。俺はもうレスリーを知っている。今、目の前にいるレスリー。それだけで知れているじゃないか。俺は俺の目で見たものしか信じないのさ」
「言葉では信じられないって、聞こえるわ?」
「そう、なのかもな」
レスリーの顔がいつの間にか、すぐ近くにあった。頬に少しだけ触れた花びらのような感触。俺の胸の鼓動が早鐘のようにうるさかった。
「これは、お礼よ」
「素敵なお礼だね。金貨何枚積まれても、この価値には届かない」
「お上手ですこと」
「素直な気持ちさ。偽りなんかない」
「なら、もう一度。今度はミハエル、あなたから来て下さることを期待しましょう」
「もう、行くのか?」
「えぇ、わたしの自由な時間はもう終わり。また、会えるといいわね」
「あぁ。また、会おう」
ナポの花の香りがする。そんな恋の種が俺の中で芽を生やしたのは、必然だったのかもしれない。
・・・・・・
「ミハエル・ディストン。君はいい加減パーティを組むべきだよ」
冒険者ギルド、シナプトン局。年嵩のいった老ギルド職員にそう切り出された。厳しい顔をしたこいつはギルド職員に扮したギルド局長だ。局の長に過ぎない男の言葉と、流してもかまわないのだが……。そうだとしても、それを許さないのが冒険者ギルドだ。
「そうは言っても、相手に恵まれなくてね」
「そう来ると思って、こちらで用意した。喜べ。虹石級のパーティが君を歓迎するそうだよ」
「それは穏やかじゃないな。それで? 俺に何をさせたい?」
「話が早くて助かるよ。〝虹の欠片〟が見つかったらしい」
「……本当に? ますます、断れないじゃないか。たとえ欠片と言えど」
「破滅に至る。……そうだ。これは断れる仕事じゃない」
大きな餌を用意したものだ。俺が〝虹〟を求めていると知っての餌だろう。食いつかないわけがない。
「……よし。沈黙は合意と見よう。明日の昼にここに来たまへ。彼らに紹介しよう。なぁに、〝虹〟を求める同士だ。似合いのパーティだよ」
冒険者のランクである級の前に着くもの。それはその冒険者が求めているものでもあるのだ。虹石。空の島からこぼれ落ちた神代の時代より給うた、聖遺物。
「……りょうかい。恩に着るよ局長殿」
レスリーに逢いにいく時間が、少なくなってしまうな。どうやら俺もまた囚われの身らしい。虹に魅入られた哀れな者の恋は、なかなか実らないらしい。
それ以前に、根無し草の身だ。身を固めるには、せめて定住地を決めなくてはならないだろうね。
未練がましく、ギルドなんかに顔を出すから。こんなことになるんだ。除名をされた訳でも無いから、どうやら彼らの中ではまだ俺はギルド員らしい。
「虹……まさか、本当に欠片だとしても見つかったのならば。それは壊さなくちゃならない。奴らは危険なんだ」