よし、戦うみたいだっ!
瞬時にわかる前回まで。
ドラゴンの住処を見つけた。
「よし、近づいてみるか、みんな戦闘準備だ!」
「わかったわ!」
ロゼ先輩は先程作った剣を手に持った。
スス部長はというと外套の中から小型の剣を取り出し握る。
柄頭に水晶があしらわれて全体的に美しい。
俺達が持っているロングソードとは見た目も高価そうで格の違いがわかる。
俺が興味深けに見ているとそれに気づいたスス部長が見せびらかすように天に挿頭した。
「ふふりん、これか? これはアゾット剣。我が原家家に伝わる由緒正しい宝剣だ!」
アゾット剣。たしかに水晶部分にそう文字が刻ませている。自慢するのも頷ける。
これはレジェンドシリーズに匹敵するものすごい武器だ。
もし作るのならと素材を頭で検索してみたが、なるほど、これは面倒そうだ。材料の名前からしてとんでもない。
「それでもまぁ、これ完璧ではないんだよなぁ。この柄外れるんだけど、ここに霊薬とか悪魔とか入れる事で本来の能力を発揮するんだ。今のままだとよく切れるただの短剣だな」
口を尖らせ不満顔を見せるスス部長だったが、それでも俺達の初期装備よりは数十倍はいい品だ。店売りレベルの武器でドラゴン相手しろってのが無茶ぶりすぎるのだ。
「スス、おしゃべりは終わりよ。フロストドラゴンが私達の匂いを嗅ぎつけたみたいよ」
ロゼ先輩の言葉は俺達に緊張を走らせた。顔を洞窟へと向ける。最初氷の塊が動いているように見えた。でもそれにはちゃんと目があり翼があり尾があり、そう俺の頭にあるイメージ通りのドラゴンの姿だった。
「ド、ドラゴン・・・・・・!」
驚嘆半分感嘆半分。そりゃあの牙、あの爪、怖いものは怖い。でも空想上の生き物とされている竜を俺はこの肉眼で見ている、それに感動もしていた。
「来るぞっ! ぼさっとするな!」
「は、はい!」
ぎこちなくも力いっぱい剣を握り締める。本当に戦う事になってしまった。小型とはいえ俺の数倍はでかい。それでもさっきの魔王みたいな化け物よりは大きさも威圧感も少ない。もうあぱぱぱぱぱぱぱ言ってられない。
フロストドラゴンは俺達を見据えると頭を天へ向け口を大きく開けた。とたんこちらを威嚇するように咆哮を上げる。音速で飛んできた恫喝に俺は完全にはまり、身を縮こませた。非常に残念だがあっちもやる気満々のようだ。
「ここから竜まで百五十三メートル、でもこんな間合いすぐ詰められる!」
事実、翼を羽ばたかせて空に舞うドラゴン、一旦上空へ高く飛び上がるとそのまま俺達に向かって急降下してきた。
「うわぁぁぁぁ!」
「ウスト君っ!?」
体が動かなかった。避けろと脳が命令しても足がピクリともしない。そんな俺をロゼ先輩が横へ押し飛ばした。
「がっ!?」
雪溜まりにつっこむ俺、藻掻きながらもすぐに抜け出すと辺りは竜が飛び込んだせいで雪が舞い上がり上下左右すべてが白一色だった。
「ロゼ先輩!?」
俺がさっきまでいたであろう場所を見る。俺をかばったロゼ先輩は無事か。未だに視界は開けない。すると真っ白の画面に青い二つの瞳が光る。目が合う。それは俺を向けられていた。
「うわぁぁぁぁっ」
怖い怖い怖い。やっぱり無理だったのだ。ただの高校生がドラゴンなんかに勝てるはずなかったのだ。双眼が近づく、聞こえる唸り声も大きく届く。
距離にして三十メートルほど。
俺はへたり込みながら剣を竜に向け体をガタガタ震えさせていた。寒いからじゃない、それならまだ良かった。
「嫌だ、死にたくない・・・・・・。女の子とまだいちゃいちゃしてないのに!」
竜が羽を短く羽ばたかせる。それによって舞っていた雪が瞬時に吹き飛んだ。そこで見たものは倒れこむスス部長とロゼ先輩の姿だった。
「あ、あ、あ、ロ、ロゼ先輩・・・・・・スス部長・・・・・・」
初撃でやられてしまったのか。だから言ったのに、殺されちゃうって。だから言ったんだ、やめましょうって。
「うぅぅぅ・・・・・・えぐ・・・・・・あぅぅ・・・・・・」
涙が頬を伝う。溢れだす。歪む視界、でもいくら泣こうが叫ぼうが確実にドラゴンは俺の元へ近づいてきている。
これが虎やライオンでも絶望的なのに竜て。
これが虎とかライオンでも破滅的なのに迫ってくるのが竜て。
もう何回でも言ってやる、これが虎やライオンでも・・・・・・。
「怖い・・・・・・死にたくない・・・・・・逃げたい・・・・・・」
俺の思考はもはや駄々漏れだ。そんな弱音を吐きながらも、体を震えさせながらも、それでも俺は剣を杖代わりに無理やり立ち上がった。
「・・・・・・だけど」
今回は気を失ってない。気を失えていたならどんなに良かったか。不可抗力でこの状況から退避できる。しかしそれはもう意地でもできない。俺は見てしまったのだ、目の前で倒れている今日あったばかりの部活の先輩達を。
生死は不明、助けられる保証も皆無。されど、俺は女の子にモテモテになりたいのだ。そう今日学園の門をくぐった時に誓ったのだ。
「こ、来い、俺が、あ、相手だ・・・・・・!」
女の子を見殺しにして逃げ出す男を誰が好きになる。
例え助けられなくても、無残に殺されることになったとしても、俺は自分がカッコ悪いと思う事をしたくない。
心でそう決めていた。それでも現実は涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ、体も恐怖で震え、膝はガクガク。とても異性に見せられる姿ではない。
「はは、今の俺、超かっこ悪・・・・・・」
剣を構え直して、竜に向ける。
あぁ、もう目の前だ。あのヨダレまみれの鋭い牙でガブリといかれるのか、それとも鎌みたいな爪でシュパッとやられるのか。
どっちも痛そうだ、もう破れかぶれに突っ込もうか、それともおとりになって先輩達から離そうか、そんな選択を考えていると竜の方が先に行動を起こした。
大きく開けた口が俺に向かって噛み付きにかかった。本日二回目の走馬灯が訪れる、はずだった。
「いいえ、カッコイイわよ」
死を覚悟して固く閉じた瞼をゆっくり開ける。
「うむうむ、合格だ」
そこに映ったのは先程倒れていたはずの二人。何事もなかったように立っている。
「あ・・・・・・あ・・・・・・れ?」
ロゼ先輩に至っては、竜の口を片手で遮るように抑えこんでいた。スス部長は腕を組みながらうんうんと頷いている。
「ここで私達を置いて逃げ出すような奴だったら、仲間にはしてやれん。利用だけ利用してボロ雑巾のように捨ててやるところだ」
「でも・・・・・・ウスト君は違ったわ。やっぱり君は間違いなく三人目よ」
二人の顔がなんだか嬉しそうだ。スス先輩の眉間のシワは相変わらず定位置だったが。
「さて、このままウスト君が戦ってもいいのだが、それは次回にしよう。ここはロゼッちが手本を見せる、行け、ロゼっち!」
「了解!」
ロゼ先輩がスス部長の声を受け、その竜を抑えていた手に力を込める。白く染まった地面へと竜の頭を一気に押し付けた。
「出た! ロゼっちの必殺技! その名もロゼプレス!」
ただ押さえつけてるだけだろう。いやいや、それでも十分すごいけれども。
「さぁ、スス、今のうちよ」
竜は必死に抵抗して翼や尾をばたつかせるが、この拘束からは抜け出せない。凄まじい怪力だ。スス部長はその隙に自慢のアゾット剣をドラゴンに向けた。
「ごめんな。ちょっとだけもらうな・・・・・・」
氷牙竜の強靭な指先目掛けてスス部長は剣を振り下ろした。眉を下げながら悲しそうに鋭い爪の一部を切り取った。
「痛みもないだろう。それにまたすぐ生えてくる。だから勘弁な」
スス部長が素材をゲットすると、ロゼ先輩はすぐに力を抜いてドラゴンを解放した。自由を取り戻した竜が再び暴れだす、そう思った瞬間、スス部長が竜の顔にふわりと抱きついた。
「ガウガウガウ!」
頭上を撫でながらスス部長がガウガウ言い出した。
「ガウガウ・・・・・・ガウンガウニクス・・・・・・」
竜に耳があるのか、ここからじゃ確認できないが、囁くように何か語りかけているようだ。
「ロゼ先輩・・・・・・スス部長は何やってるんですか?」
「あれはね、多分謝ってるんじゃないかしら」
え、スス部長はドラゴン語を喋れるというのか。本当なら驚愕ものだ。
「スス部長はドラゴン語がわかるんですか?!」
「・・・・・・それは本人に聞いてみて」
にわかに信じがたい話だけど、実際、竜は大人しいものだ。
宥めているようにも見える。竜が甘えているようにも。
俺はスス部長に母親の姿を連想してしまった。
「ガウガウガウダム!」
話はついたのか、竜は翼を羽ばたかせ空へと飛び立った。手を振りながら見送るスス部長。
フロストドラゴンは飛びながらも首はこちらを向けお互いが見えなくなるまでずっとそのままだった。
「ふぅ、良かった、わかってもらったようだ」
スス部長は満足気に、吹雪も止み澄み渡った空を見上げていた。
「スス部長っ! ドラゴン語喋れるんですか?」
「いや、喋れないけど・・・・・・」
喋れないんか~い。じゃあさっきのは一体なんだったんだよ。
「じゃあさっきのガウガウはなんなんですか」
「こう気持ちを込めてだな、お前の住処を荒らして済まなかった。申し訳ついでに爪先を少し分けてもらった。ここは近くにチトが住んでいる。こっちの都合で悪いのだができたらでいい、もう少し南に巣を構えてもらえないか。チトは弱い。竜族のお前が譲ってくれたら助かる、と頼んだのだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そしたら、わかったドラって言ってくれたような気がしたので、私はありがとうドラってお礼を言った」
「・・・・・・へ、へぇ~。それはなによりでしたね」
「うむり、やっぱ話し合いは大事だな」
「素晴らしいわ、スス!」
俺は虚ろに、手を取り合う二人を見る。よくわからないが一段落したみたいだ。討伐してないし、そういや結局剣も使わなかったな。
しかし、あの凶暴そうなドラゴンを素手で倒すなんて、ロゼ先輩は一体・・・・・・。