よし、素材を本格的に集めよう!
瞬時にわかる前回まで。
錬金術で武器を作る事にした。素材は異世界的なところにある。だから、みんなで向かいました。
数十分前の俺に、今の俺はこれでもかと罵声を浴びせ続けていた。あの後、俺は初めてスス部長の笑顔を見ることができた。それだけでも価値はあったのだろう、いやこれっぽっちもないが、そう考えないとやってられない。
「あ、あそこに村が見えるわ!」
「お、よし、行ってみようじぇ!」
そしてロゼ先輩を先頭にみんな仲良くお手て繋いでついた先が、一面真っ白の白銀の世界。
とりあえず素材があるであろう世界までは来た。
ここまでの雪景色を肉眼で見るのは初めてだった。だが錬金部の仲間達はそんな光景に感動する暇を俺には与えてくれない。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ~」
吹雪で視界も悪い、それなのに前の二人は走り出していた。
「は、速っ! 二人共なんちゅー速さだ」
あっという間に見えなくなった。ここで逸れたら遭難してしまう。幸いうっすら目的地の村は見えていたので必死に追いかける。とにかくがむしゃらに走った。
「お、追いついた」
村の入り口を駆け抜ける。
吹き積もる雪のせいで足場が悪いわりにはさほど苦もなく辿りつけた。
間近でみる集落は思ったより広くそれなりの人が生活してそうだ。
レンガ作りの建物、煙突からはモクモク煙を出している。中はとても暖かそうだ。
物珍しげに頭を振りながら先に進んでいく、すれ違うおじさんや少年が奇異の目で俺を見ているが目を合わせない。そのまま歩き続けていると中央広場と思わせる場所が見えた。
そこで俺は先行していた二人を見つけることができた。
「ちょっとスス部長にロゼ先輩、置いてかないでくださいよ~」
俺がプンスカ文句を言いながら先に到着していた二人に近づくと、すでに村の者と接触中だった。
「ふむふむ、そうですか、フロストドラゴンはここから南の洞窟にいるのですね? ありがとうございます、助かりました」
恭しくお辞儀をするスス先輩。俺はこの環境のせいで幻でも見ているのか。
「別にそれはいいけど、あんた達、そんな事聞いてどうするつもりなの?」
ここの住人であろうおばさんは当然そんな質問をする。そりゃそうですよね、俺も聞きたいくらいです。今、ドラゴンって言ったし、俺達には手に終えそうにない。見に行くだけでも危険だろう。
「もちろん、討伐してきます!」
どんと胸をつくスス部長。
「えええ!?」
「えええ!?」
俺とおばさんは声をハモらせて驚愕の声を上げた。
「あんたら、興味本位ならやめときな! フロストドラゴンは、龍族の中ではそりゃ小型だけどそれでもチトの身でどうこうできるものじゃないわよ!」
「そ、そうですよ、こんな100ゴールドで買えそうな剣だけじゃ勝てるわけないですよ!」
俺&村のおばさんとのコンボ説得にも、スス部長はまったく動じない。
「ふふふ、大丈夫です、私達は人間なのでっ!」
相変わらず目つきは悪いがはにかむその表情自体は柔らかく。スス部長もこんな顔できるのだなって一瞬思った。しかし、その事と今は関係ない、何が人間なのでだ、さっきおばさんも人の身では歯がたたないって言ったばかりだろ。それなのに根拠のない自信で満ち溢れているスス部長。
「あらあら、まぁまぁ、そうだったの。だからそんなに軽装なのね。いや、私ね、人間を見るのは初めてだったからごめんなさいね。うちの婆さんはよく昔人間様をお世話したってそりゃあ自慢してたわ。でも、へぇ~、あんた達がねぇ、それなら大丈夫だわ」
「うんうん、でしょうね、だから人間には無理なんですよ・・・・・・って大丈夫なのっ!?」
俺は驚いておばさんの方を見る。あれ、おかしいな。おばさんはさっきまでの心配そうな顔から一変して目を輝かしている。
「ここがね、こんな極寒の地になったのもあのドラゴンのせいなの。ここは元々寒冷地だったけどここまで酷くなかったわ。さらに環境が厳しくなったのもあいつが住み着いてからのことなの。できれば前の暮らしに戻りたい・・・・・・」
「お任せください、我が錬金部一同、全力を持ってフロストドラゴン討伐を成し遂げてきます!」
スス部長の顔がキリっとなった。これは表面だけならとても頼もしく見える。
事実おばさんはこの子ならやってくれると信じきってそうだ。ここでいままで黙ってスス部長の側についていたロゼ先輩が口を開く。そして間髪入れずに続きを付け加えた。
「あ、おば様、この事はここだけの話って事にしてもらいます。私はいいのですがここにいるススがちょっと騒がれるのが苦手なもので・・・・・・」
「あら、今から村中に触れ回って盛大に壮行会でもやろうかと思っていたのに残念ね。この村にはたいした食料もないけど、それでもできるかぎりは持て成そうと思ったのに・・・・・・」
おばさんは残念そうに顔をしかめた。
「そのお気持ちだけ頂いていきます。それに私にはそんなに時間がないので・・・・・・」
スス部長が深々と頭を下げる。この人もしかして俺以外には礼儀正しいのか。
「スス・・・・・・、じゃあ行きましょうか」
ロゼ先輩はそう言うと踵を返した。ん、今一瞬だけ表情が曇ったように見えたが気のせいか。
「よし、行くじぇっ! ぱぱっとやっつけてやる!」
「え、え、え、本気で討伐に行くんですか!?」
足早に村を出ようと歩き出す二人の背中を追いながら俺は問いかける。
「当たり前だ。なんのためにここまで来たと思っているのだ。私達には時間がないのだよ、この後、今日中に炎属性もつけなきゃならんしな」
「ちょっ、まだ見てないけどきっと強敵ですよ、化け物ですよ、殺されちゃいますよ~!」
「ふふふ、大丈夫よ、今度は魔王級じゃないし、剣もある、それに三人もいるもの」
二人は歩むスピードは緩めず先に進んでゆく。俺には引き止められそうにない。
「ほらほら、ロゼっちから離れたら元の世界に帰れなくなるぞ。わかってると思うがスマホは使えんからな、これを口実に連絡先なんて聞けないからな」
「えぇ!? こんなただでさえ遭難しそうな世界で洒落になりませんよっ!」
携帯は繋がらないだろうとは思っていたが、それを知らないふりして番号を聞き出そうとしていた俺の作戦が見破られたのは痛い。しかし今はとにかく二人の姿を目に捉えることに必死だった。
「よ~し、外に出たら走るからな!」
それなのに村の出入り口を出た瞬間、スス部長は駈け出した。ロゼ先輩もわかっていたように同時に走りだす。一気に加速してすごいダッシュだ。これはまずい。
「速い、速いですって! もっとゆっくりお願いしますよっ!」
吹雪いているし、雪は膝くらいまで積もっているっていうのにこの元気はなんなのだ。
「大丈夫よ、ウスト君もちゃんとついて来れるわ、だってウスト君も人間なのだから」
「ひえ~、意味わかりませんよっ!」
後々、ロゼ先輩のおかしな言動もこの変則的な状況もすべて判明するのだが、この時点の俺は迷子イコール死って概念しか頭にはなくロゼ先輩の背中から目を離さないように集中するのがやっとだった。
「いちいち五月蝿いなぁ、いい加減口縫い付けるぞ! 時間がないのだからキリキリ走れ!」
「ううう・・・・・・」
俺は今日入ったばかりの新入生なのに。授業すらまだ始まってないのに。なんで初日から雪の中を走ってるのだろう。
時折、激しい風の音が耳を劈く。それでも先頭を突っ走るスス部長がぼそっと呟く言葉が聞こえた。
「そう・・・・・・私には時間がないのだ」
深くて重い。発せられた刹那、時間が止まったような静寂が訪れ、俺の耳に確実にその声が届いていた。
何気ない一言でも本人の全てがそこに凝縮されていたら自然と重みが増す。
多分今の俺では到底踏み込めない領域から出てきたものだろう。この意味を知るのはもっと先になりそうなので、今は触れないでおこう。
果たして、俺はいつか知ることになるのだろうか。
結構な距離を走ってきた。その間一度も休んでない。それなのに俺はさほど疲れてはいない。
さすがの俺もこの時点でおかしいなと気づいた。
「多分、あれだな」
「例の洞窟もあるし間違いないわね」
少し離れた小高い丘からスス部長が指差す場所にはたしかに洞窟らしい大穴が見えた。適当に向かっていただけかと思ったがちゃんと辿り着ける不思議。
それを見て、俺だけが喉を鳴らしていた。