よし、この部に入ることにしよう。
薄紅の花弁が宙を泳ぐ、心地よい風が肌を擽るそんな四月のある日。俺はこの黎桜学園の校門をくぐった。
「よし! これで俺もついにモテ期到来だっ! キャッキャッウフフな学園生活が始まるはずだ! そうだ、そうに違いない!」
そうこれは暗示だ、思い込みは病気をも治す。こう心に念じる事で、体からとんでもない未知なるフェロモンが出るのだ。そうじゃなきゃ駄目だ。もう俺の中では三角関係程度では収まらない、五角関係泥沼愛憎劇のシナリオは出来てるんだ。ペンタゴンラブビートなのだ。
意気揚々と鼻息を荒くする俺だったが、新入生は入学式を終えると今日はもう帰るだけ。同じクラスの連中の顔をよく見たかったが(特に女子)それは後日の楽しみとしよう。
そう思いながら学園を出ようと歩いていると、出口付近には入ってきた時には無かった人だかりが出来ていた。
「野球部に入りませんか~? 今ならボール一つプレゼントするよー!」
「麻雀部で~す! 強くなれば目から雷とか手から竜巻がでるようになるよー!」
「友達が少ないなら、ここだよー! 男友達は増えないけど女友達は劇的に増えるよ!」
なるほど、各部活が新入部員を勧誘してるのか。この学園は何かしらの部活に入らなくてはならない。俺も何れかには入部することにはなるだろうけど、現時点では何も考えてなかった。今あそこを突っ切ると強引に入らされる可能性がある。自慢ではないが俺は流されやすい。しかも美人の先輩に言われたら二つ返事で承諾してしまう自信がある。
「・・・・・・とりあえず今日は回避するか」
できれば可愛い先輩や新入生がいる部活がいい。今はまだ情報が足りないと、俺は回り道をして学園を出ることに決めた。
「たぶん、外壁を伝っていけば門に繋がるだろう」
踵を返して右へと歩む。勝手知らぬがこの学園を把握するのに丁度いい。闇雲に動くのも悪くない。もし迷ってもその辺の生徒に聞けばいいだろう。
そんな感じでウロウロすること三〇分。案の定迷いました。
「広いよっ!」
ちょっとしたテーマパーク位あるよ。涙目で首をキョロキョロとしていると、人影を見つけた。俺は天の助けとその場に走り出していた。
「すいませ~ん!」
助かった。所在地を聞こうにもこの辺は生徒の気配が一切なかったから本当に良かった。しかも、女子生徒二人組だ。俺は砂漠で見つけたオアシスに近づくように必死に駆け寄った。
「な、来ただろ?」
「そうね、ススの言う通りだったわね」
俺が目の前に来たというのに、二人の女子生徒はよく分からない遣り取りをしていた。
「あ、あの~?」
俺の存在に気づいていない訳はないだろうが、一応もう一度声をかけてみる。
「あぁ。ごめん、ごめん。君、名前は?」
「え? あ、崩黎ウストです」
いきなり名前を聞かれたから戸惑ったが、礼儀ではある。俺は素直に名前を告げた。それにしても名を訪ねてきた少女は何故か無茶苦茶俺を睨んでいる。
口調や雰囲気は怒っている風でもないのだが。何故か眉間に周囲の皮を集約させている。
「そうか、ウスト君か。さっそくだが君を歓迎しよう。寥廓英知、ボトムレスナレッジよ」
「今なんて!?」
びっくり。何、この人、突然二つ名で呼び出しましたよ。よく見たら尖った変な帽子被ってるし、もしかして関わっちゃ駄目な部類の人だったか。とにかく目つきも悪すぎる。
「私は、原家スス。練金部の部長であり、その正体は掌握原子、イマジナリィプレグナンシーだ」
自分の事まで変な名前付けてる。しかも想像妊娠てなんだよ。いよいよ本物か。
「こっちは、比丘ロゼ。同じく練金部で、またの名を、掻集乱獲、シードピック!」
友達まで変な名前付けてる。これ本物だ。
「あっちゃ~、そういえば俺用事があったのでした。すいません、そういう事なので失礼します」
軽く会釈をして、一目散にこの場を離れようとした俺だったのだが。
「ねぇ、ウスト君。私達の練金部に入らない?」
そう俺を見据えた少女の長い銀髪がそよ風に遊ばれてふわりと浮いた。比丘ロゼ、こちらの女子生徒は超絶美人だった。その端正な顔立ちが微笑むと息が詰まった。ただ立っているだけなのにその姿は気品が滲み出て、見ているだけで心臓が自分の意志とは無関係に高鳴りだす。
「入ります」
口が勝手に動いた。動かされたと言うべきか。俺の全身が彼女の誘いを受けろと、訴えかけた。
「よし、よし、よし! これで三人揃ったっ! 君が来るまで本当に何もできなかった練金部だが、これでようやく、ようやくだ。活動できるっ」
なんか横でニヤニヤして興奮している人が何かブツブツとしゃべっていたようだ、しかし今の俺はこの愛おし格好いいロゼ先輩に心を奪われていたので耳に入ってはいなかった。