story5.廃都の野良猫
灰色の世界とはこういう事を言うのだろう。
秋葉原からオタク文化を抜き取っただけで、こんなにも容易く色を失ってしまった。きっとそれはアキハバラだけに言えた事では無い。
俺もそうだ。
俺の心もオタク文化を抜き取ると何も残らない。そう何も…だからこそこの世界にオタク文化を取り戻さ無ければならない。
灰色の世界に、俺の心に色彩を与えなければならない。
そう思って入団したロマンサバイバーズの初任務。
任務内容は、スタイリッシュにアキハバラ内を駆け巡り、記録消滅されていない手掛かりを探すこと。
……と言うのは憧れ。
実際はオートマトンにビクビクしながらアキハバラ内をさ迷うというものだ。流石に、四方八方オートマトンだらけという訳では無いが、アキハバラに来た時にあんな不気味な存在を目に焼き付けてしまえば、四方八方に危険が潜んでるのでは無いかと思い込んでしまう。
次の曲がり角から出るのでは……
後ろから奇襲をかけられるのでは……
空から飛んでくるのでは……
気分はまるでソリッド・スネーク。
いや、あんなカッコイイもんじゃないが、とりあえず俺はそんな恐怖から今、自動販売機と自動販売機の間で体育座りをしたきり動けないでいた。
ヤバイ、足が震えてヤバイ……
あんなに威勢よく飛び出した割に……俺ってやっぱかっこ悪いな。
メタ発言をする訳では無いが、今日はこのまま座りっぱなしでストーリー的につまらない状態が続くかもしれない。
ん?この小説始まってからずっとつまらないって?
少し…黙ろうか……
ともかく、俺はこの状況をどうにかしなければ……
「やっぱり、この場面を覆すには自らアクションを起こさないとダメだよなぁ……」
よしっ!!こんな所でウジウジしてても仕方ない。
やるぞぉ、俺はやるぞぉ!!
震える膝に両手をついて、ゆっくりと立ち上がる。
さらば、落ち着く空間。俺は今から覚悟を決めて戦場へその第1歩を……
『ヴィィー!!ヴィィー!!ヴィィー!!ヴィィー!!』
途端、耳をつんざく様な甲高い警報が辺りに鳴り響く。その音は俺の決断を見事、粉々にし自動販売機と自動販売機の僅かな隙間へと俺を引きずり戻す。
「ビビった……心臓取れたかと思った……」
とはいえ、俺はアキハバラに着いて初めてオートマトンを見たあの時に槿の言った台詞を思い出す。
『あのオートマトン、危険を察知すると仲間を呼ぶ警報を鳴らすんですよ……全く徘徊するだけでも脅威って言うのに……』
「まさか!?リーダー達、オートマトンに見つかったか!?いや、音の方向はオタクの巣から真反対だ……となると」
となると、俺の頭の中に思いつく可能性はただ1つ。
「俺らの他に誰かいるのか……?」
いや、その可能性は極めて低いのだろう。
リーダーが言っていた。3ヶ月旅をし続けてオタク文化を覚えている人物は詩島詩音を含め、槿、リーダー、それとリーダーの旧友1人の5人だと……
5人と聞くと多く聞こえるかもしれないが、その内にリーダーの知り合いが3人、そう考えれば、改めて見つけ出した有記憶者は俺、ただ1人。
そう、ばったり有記憶者に出会う確率は低い。
ただ単にリーダーの周りにたまたま多かっただけで、全国的に見れば、有記憶者の数は少ないとのこと……
つまり、こんな狭い街にいきなり有記憶者がいるわけない。
だが、だからと言ってそれでいいのだろうか?
もし有記憶者がいた場合……もしそうだった時に俺がアクションを起こさなければ……そう考えた俺は、グレーの地面を蹴っていた。
くそ、何だってこんなことになるんだ。
俺はほとんど自分の為、『自分勝手』にこの世界にオタク文化を取り戻そうとしていたはずだ。
今それが矛盾している。
俺は見知らぬ、いるかも分からない存在のために風を切るように走っている。その存在?を見殺しにしたくないと、救いたいと思って走り続けている。
どこが『自分勝手』だ。どの角度から見れば、自分勝手に見える?ご都合主義もいいところだ。
しかし、なんだって俺の足は警報の方向へ向かおうとするんだ。
「畜生、これが善意ってヤツですか?」
少しずつ警報の音が近づいてきた。
きっと後10秒そこらで、この警報の発生地が明らかになる。
もし、誰かがいた時は?オートマトンをどう対処する?その後はどうすれば?
足を1歩進める度に、吸った息を吐き出す度に、俺の脳内で今後起きるであろう事象についての妄想観測が加速する。
脳を抉る様なけたたましい警報に導かれる様に、1つのビルの角を曲がる。
約百メートル先。
両側から灰色のビルに閉ざされた道に、同年代だろうか?1人の少女が5体のオートマトンに囲まれていた。
俺はまず「来てよかった」と安堵した。
そして、それと同時に確信した。あの少女は有記憶者だと……なんせあの少女のあの格好は……
右手に持った銀色のアルミトレイ。
猫耳カチューシャに白と黒を基調としたフリルのドレス。
秋葉原に来たら1人や2人は必ず目にする。
男のロマンを具現化した様な、そう、あれはまさしくJapanese Maid!!
ヴィクトリアンメイドでも無く。
フレンチメイドでも無い。
ゴスロリ調のアレはオタク文化と共に成長した立派な聖華結社の焼失対象。
あの娘が着ているということは、有記憶者であることは確定。俺がここに来たことは最良の選択だった。となれば、次にやる事は決まっている。
「いくぞッ!!恐怖で動けなくなるなよ、詩島詩音!!」
──俺は何の迷いもなく、混凝土を蹴り飛ばした。
駆け抜ける直線道路。
走り始めて2秒。オートマトンが魚雷の如く近づく俺の存在に気付き、ターゲットを女の子から俺の方へと移し変える。
「うぉぉぉ!!テメェらその娘を離せ!!」
右手の拳をギュッと握り、力を込める。
そのまま、後ろに引いて奴の顎に叩き込む!!
「オラァァァァ!!」
オートマトンはガギギと摩擦音をたて、力無くして、そのままその場へ倒れ込んだ。適当に殴ったが、人間と同じで顎が弱点なのか。
「だ、誰?」
「大丈夫か?安心しろ、こんなの俺がすぐに叩き壊してやる!!」
女の子の問い掛けに、女子を背後に人生で1度は言ってみたかった台詞を吐く。
涙を浮かべながら……
(痛えぇぇぇぇぇ!!!!手が、手がぁ……普通に考えればこうなるか、素手で金属を全力で叩いたんだから、ヤベェ、あと二体も残ってるのかよ……)
だが、やっぱりコイツら強くない。本当に警備専門って感じだ。
なら、次の1体も同じ様に叩くだけ、同じく右手に力を込めて振りかぶる。
「弱点はわかった、無い歯でも食いしばってろ!!」
拳のスピードも、込めたパワーも、1体目を倒した時と同じ、いや、それ以上だった。
たった1体だが、俺は1体目のオートマトンで倒し方をこの身で記憶した。
1体目より2体目。
2体目より3体目。
戦闘に慣れるのは当たり前だ。
──そんな理論、この世界では通じなかった。
オートマトンを目指していた俺の拳は、何もない宙を殴っていた。
標的が消えたのでは無い。かと言って、俺の狙いが甘かった理由でもない。
そう、奴はいる。
俺の無残に力を解放していく腕の真下に、体制を低くし、その顔のない顔で俺を確実に狙っていた。
避けられたのだ。スラリといともたやすく、軽い身のこなしで……
俺はその時、コイツらの最も恐れるべき顔を見た…いや、見せつけられてしまった。
コイツの、コイツらの強みは……
「……俺の動きを、学習しているのか!?」
俺の1体目への対応を見て、2体目は俺に対する対応を覚えたって言うのか!?
俺の腕の真下から、2体目が確実に俺の喉を狙っている。掻っ切るつもりか、その金属の細く鋭利な指先で、俺の頸動脈をズバッと抉るように……
そんなの、黙って受けるわけにはいかない。
このまま、拳の勢いで前に倒れれば、奴の指先が俺の命にピリオドを打ち込んでくる。それだけは、絶対に回避しなければ、ならない。
「うぉぉぉ……」
身体中の力という力を足に回す。
後ろへじゃない。真横に、俺は力を流す。
横へ転がる……間一髪、凶暴な指先が俺の頬を掠める。
「危ねぇ、コイツ!!」
すぐに起き上がり、流れるように、2体目に回し蹴りを食らわせる。
1体目と同じように、ドザァと崩れ落ちていく2体目。
「よしっ次は……ぐぁッ、て、テメェ……」
刹那。
背後から金属のヒンヤリした感覚が、俺の首を強く締め付ける。3体目が、俺が攻撃を仕掛ける前に殺すことが最善だと弾き出したらしい。
やっぱり、学習している。
確実に俺をどう殺すかを考えている。
「ぅ……ぁ………」
息が……苦しい、ヤバい意識が、意識が遠のいて行く。全力で首に食いこむ指をはずそうとするが、ダメだ……全く外れない。
「はぁ、女の子を助けに来たんなら、女の子に手間かけさせないでよね」
バコン!!
金属を金属で殴ったような鋭い打撲音と共に、俺は苦しみから解き放たれた。
そこには、オボンでオートマトンの頭を殴る彼女がいた。
「ゲホゲホ……た、助かった」
「まったく…それで?アタシ色々聞きたいことあるんだけど?」
◼◼◼
「なるほど、詩島詩音…ロマンサバイバーズ…アムネシア バグ…まぁだいたい理解出来たわ。それと、あなただけに名乗らせて、私が名乗らないのも失礼ね。私の名前は七原 七百合、名字でも名前でも好きなほうで呼んで。」
「了解。それじゃあ七百合、俺からも一つ聞きたい事があるんだがいいか?」
七百合は、首をかしげる。
肩からサラリと落ちる白銀のロングヘアーに、俺の男心をドキッとくすぐる。改めて近くで話し合って気づく。彼女の顔立ちは、凛としていて、例えるなら可憐な花のよう、しかし、それでいて白黒のメイド服に猫耳カチューシャと来た。
これに心打たれない男子はいない。
「いいけど、何かしら?」
「え、えぇと…ここは、その名の通り閉鎖特区アキハバラな訳だろ?どうやって、入ったのかなって気になってさ」
俺らは、リーダーの旧友とやらの力を借りて入ることが出来た。しかも、入口からではなく、裏口からだ。
仮に、この七百合が俺らと同じ経緯で、誰かの助けを借りて入ったとすれば、俺は1度に2人も記憶者を見つけたことになる。
俺はそれを望んでいた。
「はぁ、あまり話したくないんだけど、詩音もさっき言った通り、ここは閉鎖特区。決して立ち入ることを許さない鉄壁の壁に囲まれた空間よ。それは逆にも言えること……」
「逆……とは?」
「あなた結構鈍感ね。要するに、入ることだけじゃなくて、外にも出られなかったってこと」
「なるほど……」
「メイド喫茶の休憩室で仮眠とってたら、寝過ごしたのよ。それで起きた後、街が静かだから外に出てみれば、まぁこんな感じってわけ……だから1ヶ月間ここに住んでることになるわね」
「いっ1ヶ月!?いや、例の日からだから確にそうなるか……だが、よく生きてこれたな……」
「まぁね、大変だったのは最初の3日だけ…食料があって水道、電気が通ってる場所を探すことぐらいだったし……」
ここまで来るとキュートで「きゃるるーん」な「メイドさん」じゃなくて、サバイバーで野性的な「藤岡探検隊」っぽいな。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「どうするって……なにが?」
「いや、オタク文化が消えた理由が聖華結社の仕業だって聞いて、お前はこれからどうするのかな〜ってな」
「なに?もしかして、このアタシにロマンサバイバーズに入れって言うの?」
七百合は、手を自分の胸に当てて見下す様に、そう言葉を放った。
「その口ぶりだと、入ってくれなさそうだな……やっぱりダメか?」
「いいわよ。入ってあげる」
七百合は腕組みをして自信ありげに答えた。
「そうか……そうだよな………って、いいのか!?」
「えぇ、そろそろ1人で生き抜くのも辛くなってきたし、あなた達といた方が楽できそうだから、べ、別に独りが寂しいってわけじゃないんだからね!!」
こうしてロマンサバイバーズに新たな仲間が加わった。