story3.詩島詩音のエゴイスティック
月夜の晩、俺はストーカー気質のある中二病少女ハイビスカスに連れられ、とある公園にやって来た。
今はそこで明かされる衝撃の真実的な展開だ。
「え?……な、なんでアニメの事を覚えてるんですか!?」
俺はこの日本でたった1人アニメを覚えてる人物だと思い込んでいたらしい。
いや、あんな集団記憶喪失みたいなX-Dayが起これば、パラノイアに陥って思い込みぐらいすると思うが……
ともかく事実、目の前には俺と同じように、記憶を持ち続けている人物が2人……中身を合わせて3人いる。
「それが分かれば、俺も槿もこんな旅を続けてないさ」
「それはどう言う……?」
先輩……いや、ここでは名前を統一してマスターと呼ぶことにしよう。
マスターは、胸ポケットからSEVENSTARの箱を取り出し、タバコを1本引き抜いて口にくわえようとする。それをピッと引き抜く槿。
「あ……おい。槿、お前まだ未成年だぞ」
「吸いませんよ。先輩こそ、タバコなんか吸わないで、真面目に話してあげてください」
とても、例の中二病少女とは思えないほどまともな発言。
いや実質、確かに違う人物なのだが……
ただの偏見だが、ハイビスカスなら「タバコ、かっこいぃ……」とか言いそうだ。
タバコをひきぬかれたマスターは少し不満そうな顔をして、やり返すように槿の指からタバコを抜き返し、箱に戻す。
「それじゃ、説明を始めようか……」
「はい。お願いします」
「単刀直入に言う、俺ら以外のほとんどの人間は今、何者かに操られている。洗脳ってヤツだな」
「洗脳!?一体誰がそんなこと!?」
「落ち着け、これから色々と話すから」
「君、えーと詩音くん…だっけ?覚えてるでしょ?例のLIVE放送」
槿は首を傾げながら俺の目を見て語りかけた。
忘れるわけが無い。俺の人生を180度覆した日だ。あの忌まわしい映像のことは、忘れたくても忘れられない。
画面に謎のゴーグル男が現れたと思えば、オタク文化を焼失する。なんて言い出して、その後……
「まさか、あの時の光が?」
「察しがいいじゃないか、詩音。そうあの光が全ての始まり、あの光の正体は人間に感染し、一定の記憶を消去する『アムネシア バグ』というウイルスだ」
「アムネシア バグ……」
まさか、集団記憶喪失の原因がウイルスだったなんて、数分前の俺は想像もしていなかった事実だ。
「察しのいいお前ならもうわかってるだろうが、アニメいや、オタク文化の再建。それが俺たち……『ロマンサバイバーズ』の最終目標。奪われたモノは奪い返すって訳だ」
「まぁ、分かりましたけど……」
「けど……なんだ?」
「いや一つ質問があるとすれば、なんで俺のリュック見ただけで俺がアニメを覚えてること分かったんですか?」
「あぁ、その事か……それはなぁ」
■■■
「まさか、これが……」
リュックに付けていた。
いや、その昔に付けてその存在なんて気に止めてなかったが、これが目印になるなんてな。
この月光を反射してキラキラと青く光る星型の小さなバッチ。いつの日か忘れたが、フェアリーハーツのanimate限定円盤を買った時に付録でついてきた代物だ。
あの日、寒空の中並んだ買った甲斐があったってもんだ。
とは言え、これからどうしたものだろうか……
そう、俺は今悩んでいた。あの集団『ロマンサバイバーズ』の話が終わり家に帰る途中なのだが……
申し訳ないが、もう1度回想シーンへ飛ぶことにしよう。
■■■
「まとめると、アニメを奪われ取り返すために旅をしていて、その途中。バッチを付けた俺を発見。そして今に至るって感じですか?」
「あぁ、そういう事だ。細かい事を言えば、お前を見つけたのは偶然の賜物だけどな。それより、ひとつ聞いていいか?」
「何ですか?」
「興味本位で聞くのだが、お前普段何してるんだ?」
!?
うわ、なんだこの人。初対面の俺に対して、今の俺が最も答えたくない質問を……
ここは、オペレーション『嘘も方便』を発動するか……
「ふ、普通に学生ですよ」
「学生さん?スミマセン。ハイビスカスが、こんな夜に外を連れ回してしまって……」
謝んないで……槿さん。お願いだから謝んないで!!
「だ、大丈夫ですよ。俺、早起きは得意な方なんで……」
一ヶ月前の俺の場合だけどな。
「学生か……どうしたものかなぁ……」
「何がですか?」
先輩は斜め下、地面を見下すような体制を取りながら、顎に手を当て、考え込んでいる。
「今気づいたんだが、俺らが今話したことって案外機密事項だったりして、そんなことを聞かせてしまった訳なのだが……この言葉の意味、理解できるよな?」
「ま、まさか……」
「あぁ、お前にはロマンサバイバーズに入ってもらう」
やっぱりそうだよね。大体決まってるよね。流れってヤツは……しかし、俺にそんな大層な役目が果たせるのか?
確かに何かアクションを起こさなければ、と少しは思っていたが、それは『アニメを覚えてる人物が俺だけ』と仮定した時の話。つまり、俺以外に記憶がある人物が居ると分かった以上、目の前に立っているこの2人に全てを任せてしまっても、何の問題もないんじゃないのか?
「俺なんか、力になれませんよ……」
「でも、お前暇なんだろ?」
「い、いや……さっきも言ったじゃないですか。俺は立派な一学生として、この国の未来の為に勉学に励んでいるんですよ。そんな俺に暇なんて……」
「異議あり!!!!お前、学生なんかじゃないだろ……」
「ッ……!?」
まさか、俺のオペレーション『嘘も方便』を見破っただと。しかも数分で。
「流石、俺の勘。その反応だと、やはりそうか……ここからは真面目な話、俺らの仲間に入るんだ」
「あぁ暇ですよ。たしかに暇ですよ。でも、それとこれとは別問題、俺が暇だったところで、役に立たないのは変わらないんですから、やらなければならない事は見えてるんですよ……それでも俺は……」
そうだ、俺が入ったからって何が変わる?
世界が俺を取り残して、変わって、それに怖がって『俺に出来ることは……』なんて言いながら結局何も出来なかった、そんな男だ。そんな俺に何が……
やるべき事をやり遂げられない気持ちの誤差が、ますます俺の心の壁を厚くする様だった。
「まぁ、そうだよな。いきなり来いとか言って悪かった。俺らは明日の10時にこの街を出る。明日、公園で待ってるぜ。いくぞ……槿」
「は、はい」
マスターは槿を呼び、俺がハイビスカスと一緒に歩いてきた道を悠々と歩き始める。
その後ろを走って追いかける槿が、俺の方を1度振り返る。
その後もただただ俺の顔を見つめる槿。
「何ですか?」
この空気に耐えかねて俺は思わず声を掛ける。すると、槿は少し焦る様な顔を見せながら口を開いた。
「い、いや……ただ悩んでるようだったので、その……『やりたい事』をやればいいと思います。『やるべき事』とか『やらなければならない事』とかじゃなくて……『やりたい事』を……」
「……」
「す、すみません。変な事言って、でも私もやりたい事を追いかけてここにいるので、これだけは言っておきたかったんです」
「おい槿!!あくしろよー」
「今行きまーす。それじゃ……明日、待ってますよ」
闇の中からの呼びかけに吸い込まれるように暗闇に走っていく槿。その姿を呆然と見つめることしか出来ない俺の頭の中では、槿の意味有り気な台詞がただただリピートしているだけだった。
■■■
ぼふっと音を立てて柔らかい白へ体を預ける。布団から香る洗剤の匂いが、1日の終わりを告げるように俺の体を包み込む。
「明日、待ってますよ……か……」
喜ばしい台詞なのだが、状況が状況だからなぁ……
今まで自分勝手に生きてきた。
俺の父親は大手IT企業の社長で、俺もその後を継がなければ行けない立場にあった。だが、俺は『自分勝手』に小説家を目指した。高校も中退した。普通の親なら俺のような息子になんと言葉をかけるのだろうか?
そんなの考えてもわからないが、少なくとも俺の両親は「頑張ってこいよ」とエールとも取れる声援を送った。その言葉がどれだけ俺を勇気づけたことか、そしてどれだけ俺の心を締め付けたことか、いっそ俺は妹のように罵って批判してもらった方が楽だったのかもしれない。
バイトだってそうだ。
俺は例の日の翌日、バイト先に退職届を提出した。それまで割と真面目に働いていた俺のいきなりの行動に、全員が鳩に豆鉄砲を喰らったような顔をしていたのは、1ヶ月たった今でも容易に思い出すことが出来る。
いつだって俺は『自分勝手』で傷ついてきた。
傷ついて、傷ついて、傷ついて……
もうそれも終わりにするべきなんじゃないのだろうか……そろそろ俺は大人になるべきではないのだろうか?この一件の事は諦めて、他人に任せるべきなのではないのか?
丁度いい機会じゃないか!!
きっと神様がくれた諦めのチャンスなんだ!!
こんな事を勝手に決めるなんて非道かも知れないが、それも今となってはどうでもいい。だって俺は『自分勝手』だから。
そう自分に言い聞かせて、言い聞かせるしかなくて、今日も昨日と変わらない時間を過ごす。
もう何度も見た撮りだめのアニメを映し、1ヶ月間食べ続けているコンビニ弁当を口に放り込み、歯を磨いて電気を点けたまま布団に潜ってそのまま瞳を閉じた。
■■■
次の日……
「来ませんねぇ先輩…」
「あぁ、もう少し待ってみよう。アイツは絶対に来る!!…そう思えるんだ」
「根拠は?」
「女の勘ならぬ漢の勘」
「つまり、根拠は無いんですね……でも、私も詩音くんはなんだか来てくれる気がするんですよね……なぁんて噂をしていれば……ホラね?」
槿の見る先に1人の影。
「フ……遅かったじゃないか……正直来ないと思ってたぜ」
「俺もギリギリまで悩みましたよ。悩んだ結果……俺は神のチャンスを足で蹴り飛ばしたんですよ」
そう、結局昨日布団に入ったまま寝付くことが出来なかった。槿の言葉が俺の脳内で呪いの様に反響を繰り返して、まるで『まだ大人になるには早すぎる』と言われているようだった。
そうして結論から言えば俺は負けた。
気づけば体は勝手に遠出の準備をしていて、それこそ呪いの様に聞こえるが何にせよ、俺はキャリーケースを引きずりながら、ここに足を伸ばしてしまった。
「それで?昨日あんなこと言ってたのに何があった?」
「『自分勝手』を貫いたんですよ。俺が本当にやりたい事を貫いたんです。この選択が利害得失ドッチに転ぶかなんて今の自分には分からない。それでも俺は後悔だけはしたくない!!」
「それがお前の解答か……俺が見込んだ通り……見込んだ通りの男だ。ということで……これより詩島詩音のロマンサバイバーズ入団面接を始める!!!!」
「え?俺確定で入れるんじゃないんですか!?ソッチから誘ってきたのに……」
「まぁまぁ、コッチにもしきたり的なものがあるんだ、ってことで槿どうだ?」
槿は「え?」と一瞬戸惑った顔を見せて、こちらをチラッと見て一度微笑む。
「そんなこと勿論OKに決まってるじゃないですか」
「我も同胞の参戦は心から悦ばしい」
いつの間にハイビスカス。
そんなシュッとスタイリッシュに切り替えられるものなのか、っていうか……
「……あの、これ必要ですか?」
「だから、しきたりと言うか大切なのはムードなんだよ。ほらっこれ付けとけ」
マスターは、俺に向かってホイっと青色リストバンドを投げる。俺はそれを両手で受け取って、言われた通り腕に巻く。
ゴム製のそれは、マスターのナポレオンコートのポッケに入っていたからか、はたまたマスターの情熱からか、少しだけ熱を持っていた。
「何ですか?これ?」
「団員証だ。そこに番号が書いてあるだろ?それがお前の団員No.だ。つまり、ようこそロマンサバイバーズへこれで君は今日から立派な仲間だ。槿の先輩でハイビスカスのマスターであり、この団、ロマンサバイバーズのリーダー!!団員No.1俺の名前は犬蓼紡!!!!切り離された世界を紡ぎ直す漢!!」
赤色の団員リストバンドを天に掲げるリーダー犬蓼紡。
俺への歓迎文と自分の名乗り揚げが終わったまま流れる様に、ジッと槿の方を察せと言わんばかりに見つめる。
「えぇ……私もですか?それじゃあ……団員No.2、落城槿。後悔の無いようにこの旅頑張ります」
ピンクと紫、ツートンカラーの団員リストバンドをリーダーと同じ様に天に掲げる。そしてそのまま、中身のもう1人の名乗り揚げに入る。
「我は、団員No.2´ハイビスカス……槿の身体を借り、復讐に身を焦がす堕天使の1人……この旅は我が最高の物語としよう……」
あの……この流れってもしかして……
一斉に全員がコチラを見る。
だよね!!俺も言わないとおかしいですもんね!!
はぁ、気が乗らないけど……ビシッとカッコイイのキメてやるか……
「団員No.3……詩島詩音!!奪われた大きく、重いものを取り返すため、世界に狼煙を挙げる!!世界に楯突く!!誰になんと言われようと、異論は認めない!!」
────俺は高らかにリストバンドを天へ突き立てた。