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掌編小説を晒してみようコーナー

雪だけが見ている。

作者: 白黒音夢



 

 気付けば香奈の視界には雪が映っていた。

 考え込んでいたから分からなかったのだろうか。辺りを見渡せば、景色一面が白の薄化粧を施していた。座っていたベンチにも雪がうっすらと積もっている。

 はらりはらりと空から舞い落ちてくる雪に目を奪われたのも一瞬、すぐに行き交う人々をチラリと一瞥した。

 皆一様に幸せそうな表情を浮かべ、道を歩いている。

 俯いているのは香奈だけだ。

 はあ。

 吐息を漏らすと首に巻いてあるストールから湯気が立った。ほわっと立ち上った水蒸気。そして数秒で霧散して見えなくなった。

 ここは幾つかのショッピングモールが建ち並んでいる敷地の端だ。

 道路の両脇に植えられている街路樹は遠くから――香奈の目を凝らしても果ては見えないほどに――続いており、その一つ一つの木にLEDが巻き付けてあった。青白く発色する人工光と降り始めた雪が合わさって、どこか幻想的だ。それに、どことなく寂しげな気も……ってそれは今の私の主観入りか。

 と、香奈は小さな笑みを浮かべた。

 傍から見ればその笑みは待ち合わせの彼を待ち望んでいる女子に見えるだろう。ただ、香奈の浮かべた笑みは苦いモノであった。自虐混じりの苦笑。

 彼氏と約束した時間は、既に三十分も前に過ぎていた。

 果たして彼は本当に来るのだろうか。来たとしても、それは私が付き合っている彼なのだろうか。大切に思われているのだろうか。連絡の一本もよこしてはくれない彼氏なんか……。

 気落ちしていく心を無理矢理に押しとどめて、香奈は肩元の雪を片手で払い、もう一つの手でスマホを取り出した。

 電源ボタンを押して画面を表示させる。

 電話が掛かってきている様子はない。メールの着信もない。ラインも全て既読済みになっている。

 ……連絡の一つのよこさないのは、今まさにこっちに向かってきているから? 音沙汰が無いのは、私が待ってくれていると信じているから? 

 もしかしたら、連絡をよこせるような状況に無いのかもしれない。事故に遭ったりしていたらどうしよう。仮に事故ってなくても、急いでいて事故に遭ったら悔やむどころではない。

 香奈は多分な心配をしながらラインを開き、入力する。

 一時間前に自分から送った『待ってるからね-!』という言葉。そしてその後に送ったスタンプが目に入る。

 重たい女だと思われたくない。

 『どうしたの?』『用事入っちゃったかな?』『ゆっくりでいいからね!』

 入力しては消去し入力しては消去し、香奈が小さな唸り声を上げたとき、スマホからピコンと音が鳴った。そしてラインの画面が更新される。

『ごめん!仕事でトラブっちゃった!本当ごめん!』

 彼氏からだった。

「馬鹿じゃないの」

 香奈は思わず呟いていた。

 仕事は休みを入れると一ヶ月も前に電話で言っていたのだ。だから安心していいよと。久々に会えるねと言ってたのに。

 馬鹿じゃないの。

 二度目の呟きは自分自身に向けてのモノだった。

 きっと彼氏は――いや、もう元彼だけど、どこかの誰かとデートでもしているのだろう。私への連絡など忘れて、私より素敵な女性と逢瀬を重ねていたのだろう。

 あ、私、泣く。

 そう思ったときには香奈の目から涙がこぼれていた。ポロポロとこぼれる涙を抑えきれず、香奈は小さな声でしゃくり上げた。

 寒い。馬鹿。なんで私一人だけこんなところで泣いているんだろう。ブロックしてやる。

 胸中に飛来する様々な感情を洗い流すように香奈は泣き続けた。

 周りの人は、皆どこかに行ってしまった。もう皆、どこかに行ってしまった。

 雪は音もなく降り続いている。

 はらりはらり。はらりはらり。




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