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創作物語帳  作者: ツェヘラザアド
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柘榴の葉っぱとアリ

一匹のアリがいた。

彼はしめった黒い庭土に巣を張るグループに属するアリだった。

しかし、彼は変わり種のアリだった。

一般にいう働きアリでも兵隊アリでもないし、当然女王アリでも雄アリでもない。

強いて名前をつけるなら、怠けアリといったところか。

彼はグループのために働くでもなく、童話のキリギリスのようにお庭を放蕩していた。

寝て、歌い、お花の鑑賞を楽しんでいた。

では、グループでは居場所がないのかというとそうでもなく冬の間彼の話と歌がもっぱらの娯楽であった。

詩人であり、芸術家であり、自由人である彼の話はとても奔放で情緒豊かで、生真面目なアリたちにはとても面白かった。彼の歌は母や大地を讃えるものでありそれにつられてアリ達は一塊に歌った。

そんなわけで怠けアリはわりと日々に不自由を感じることなく人生を謳歌していたのである。


怠けアリがいつものようにお庭を散歩していると、遠くのとても高いところに花が咲いているのが見えた。――柘榴ザクロの花だった。

アリは胸にストンと何かが落ちる音を聞いた。


―オレはこれと出会うために働くこともできず、巣にいつくこともできず、この黒い庭をさ迷っていたのだ


熱い感動、燃える熱情、いまや彼が歌うのは母や自然を讃える歌ではなくなった。この胸で溢れかえる愛の歌だ。


―あの花に会いに行こう。この気持ちを伝えよう。どんな苦難もこの愛を妨げることは出来まい。今のオレなら何だって出来るさ


アリは旅に出た。仲間たちに一時の別れを告げ、ザクロの花に会うための旅に出た。





ザクロの葉っぱは同じザクロの花ととても仲が良かった。

葉っぱにとって花は妹である。花は葉っぱよりも後に生まれたからだ。

同じようにザクロの果実も妹だった。花の姉でもある。

三人はとても仲が良かったが、ザクロの果実は鳥に啄まれ、人にもがれ、虫にかじられながら、種をまいて先に逝ってしまった。

身を引き裂かれるほど悲しかったが、葉っぱはちゃんと役目を果たした妹が誇らしかった。花も果実と同じようにミツバチさんに蜜を与え花粉をつけて立派に役目を果たしつづけてきた。彼女も葉っぱの誇らしい妹である。

だが、また果実と同じように、別れが近づいていた。

花が咲いていられる季節はとても短い。すぐに散ってしまう。


だから、その短い時間を惜しむように、葉っぱも花もくよくよなんてしてる暇はなかった。

花が咲いていられる短い時間、ずっと話をしていた。

そのなかで、葉っぱにとって印象深い話があった。

それは花の小さな夢のお話だ。


―わたしにも王子様がきてほしかったな

―王子様?白馬に乗るっていうあの?

―そう。…まぁ、白馬には乗らなくて良いけど


お兄ちゃん食べられちゃうもんね、と花は可笑しそうだった。


―でも、たくさん私をキレイっていってくれて、たくさん私に好きだっていってほしいな

―ぼくがいるじゃないか

―お兄ちゃんはだーめ!お兄ちゃんは私とお姉ちゃんのお兄ちゃんだもん


お姉ちゃんとはザクロの果実のことだ。果実がまだいた時も葉っぱはずっと聞き役で少女二人の長い話を延々と聞かされたものだ。


―うーん。手厳しいなぁ

―やっぱりね、王子様はミツバチさんが良いと思うの!ミツバチさんたちってとても優しいから…


それから花の理想の王子様の話をずっと聞かされた。果実がいたなら十倍は長かっただろう。ただ果実とまた話ができるのならそれでも良かったかもしれない

しかし、葉っぱはそのとき本当は別のことを考えていたのだ。


(でも、仮に来てくれても悲しいだけじゃないのかな)


花の王子様がそんなに花を愛してくれているのなら


(ぼくも花もどうせもうすぐ枯れてしまうのに、王子様が泣いちゃうよ)


葉っぱは何も言わなかった。だって、王子様が来るとは思わなかったし、妹のいじらしい夢を壊したくなかったから。



そんなやり取りをしてから数日(彼ら命短き者たちにとって数ヶ月に値する)、一匹の影がザクロの葉っぱの前に現れた。

怠けアリと呼ばれる、あのアリだった。


―あぁ、ようやく着いた。長く険しい道のりだった。やっと思いが告げられる


一人小躍りして、ザクロの木を見上げるアリの視線の先にはザクロの花があった。


(まいったな)


葉っぱは突然の来訪者に戸惑いを隠せなかった。

だが、花を目的に訪れたのなら告げねばならないだろう。

花はもう言葉が交わせないと。


今や花は散り際にある。

その為、妹は眠りについてしまった。

起こそうと思えばまだ起こせるかもしれないが、もうすでに今生の別れの言葉を交わしていた葉っぱにはその気はなかった。妹も目覚める気はないだろう。

つまり、このアリがここまで来ても無駄足なのだ。


(止めよう)


木の幹を登り始めたアリに言葉をかけようとした葉っぱに聞こえてきたのは、妹を想って歌う恋の歌だった。

葉っぱはガツンと揺らされたような気分に陥った。

このアリは、まさか―


ぬかるんだ水場を泳いで、カエルの舌をくぐり抜けて、深緑のなかで紅色鮮やかに咲いている愛しきあなたのためにやってきた―

小さくて弱いオレだけど、あなたのためなら勇者にだってなってやる。だから、一言だけでもいい。オレのためにあなたの声を聞かせて―


葉っぱには歌の良し悪しなんてわからないけれど、このアリが妹を慕ってここに来たことはわかった。

このアリが妹の『王子様』なのだ。


(あぁ、なんということだろう)


葉っぱは運命の悪戯を呪いたくなった。妹はもうすぐ散る定めにあるというのに何故来てしまったのだろう。

ただアリが悲しむだけではないか。


(止めるべきだ)


葉っぱはそう思って、アリに語りかけようとする。

しかし、思いに反して言葉は出なかった。


(止めないと)


心ではそう思っても、それ以上先には進めなかった。

そうしている間にアリは幹を越え、葉っぱの上を伝って花を目指している。


(どうして…)


葉っぱは何故アリに語りかけられないのか、自覚していた。

それは唐突に湧き出た未練だった。


葉っぱの役目は妹達のサポートだった。

太陽と根っこから貰った栄養を彼女達に与えて子種を残すサポートする。そして、兄として彼女達の眠りを見届けて、自分も眠りにつく。それだけのはずだった。


―わたしにも王子様がきてほしかったな


このアリが王子様なのだ。たくさんキレイだって、たくさん好きだって言ってくれる王子様なのだ。散ってしまう前に、妹の願いを叶えてやりたい。

叶うはずがなかった願いを目の前にして、唐突な未練が湧き出てしまった。


葉っぱはもはや、黙って見ているしかなかった。


そして、アリは熱烈な愛の歌とともに花のふちに手をかけた。


多分、それが一つのきっかけだったんだろう。

花びらは散ってしまった。

黒い庭土に紅い花びらが模様をつけた。


ザクロの葉っぱは黙って、それを見ていた。

アリは花びらから手を離さなかった。

黒い庭土に咲いた色鮮やかな花びらを人の子供が拾って、無邪気に握って走っていった。きっと母親に見せに行ったのだろう。


ザクロの葉っぱは黙って、それを見ていた。

黙っていたことを、いつまでも後悔しながら。




柘榴の葉と蟻 金子みすゞ


柘榴の葉っぱに蟻がいた

柘榴の葉っぱは広かった

青くて日陰でそのうえに

葉っぱは静かにしてやった


けれども蟻がうつくしい

花をしたって旅に出た

花までゆくみち遠かった

葉っぱはだまってそれ見てた


花のふちまで来たときに

柘榴の花は散っちゃった

しめった黒い庭土に

葉っぱはだまってそれ見てた


子供がその花ひろって

蟻のいるのも知らないで

握って駆けていっちゃった

葉っぱはだまってそれ見てた

参考資料

詩と詩論研究会編 『金子みすゞ作品観賞事典』 2014

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