強引な告白
落ちた場所は2階から3階の途中の踊り場で。
普通の学校の階段なだけでなにも感じない。
落ちたときのことを詳しく聞いたけれど、やっぱりなにも思い出す気配はなかった。
せっかく三人に時間を借りてきたのに、まったくの無駄足。
申し訳なくなって、謝る。
「ごめんなさい。なんにも思い出せない」
肩を落とすと、三人は驚いた様子で。
「やだ、謝らないでください」
「そうですよ。大変なのは先輩なんですから」
「早く何か思い出せるといいですね。応援してますから」
全力で慰められてしまった。
後輩に気を使わせるなんて・・・ダメだわ。
心の中で更にがっくり肩を落として、でも表面上は笑って。
「ありがとう」
と言うと、三人は急に顔を赤らめて。
「マジ、ヤバイ・・・」
「・・・は?」
一人の子からもれた言葉に首を傾げると。
「バカ、なに言ってんのっ」
「だって・・・」
「・・・でも、気持ちわかる」
三人は顔を突き合わせてまたこそこそしゃべる。
うん、だからそれ丸聞こえだってば。
周り見えてないのかな~? 大丈夫なのかな、この子達。
こんなんだから階段から落ちそうになったりするんじゃ・・・。
ちょっと本気で心配になって声をかけようとしたとき。
「ヒカリさん」
不意に後ろから声がして、びっくりして肩が跳ねる。
三人が姦しくて気配に気づかなかったのだ。
振り返ると、踊り場にいるこちらを見上げるようにして階段を昇ってくる男子が一人。
まず目に入ったのは茶色い髪。
あれ、うちの学校って校則ゆるいのかな? って、変なことが気になる。
踊り場まであがった人物を良く見ると、なかなかにイケメンだった。
セイとはまた違う、涼やかな目元で整ってはいるけど、まだどこかあどけなさが残る顔つきで、茶髪は毛先を遊ばせている・・・いわゆるジャニ系だ。
背はリュウほどじゃないけど、ヒカリより少し高くて、ちょっと見上げる格好になる。
「えっと・・・私、記憶が」
「うん、知ってる。ちょっと話があるんだけどいい?」
説明を遮って用件を伝えてくる。
その雰囲気はにこにこしている割に、どこか強引で。
思わず眉を顰める。
さっきの三人の会話で、ヒカリが注目されていた理由も知ったし、ウワサになり易いんだろうなともわかった。
だから、記憶喪失になったことも、きっとみんなウワサで知っているんだろうし、別に知られていることは不思議に思わない。
けど。
「えっと・・・私、貴方のことわからないんです。誰、ですか?」
そこまで言うと、ようやく驚いたような顔をして。
「ああ、俺はアキラだよ。少し、話したいから・・・二人っきりになりたいんだけど・・・」
言いながら見るのは後輩三人組の方。
暗に、お前たち邪魔だからどっかいってくんない? って雰囲気だ。
「え、でも・・・」
三人は迷った様子で動かない。
どうやら、アキラとか言うこの男はヒカリと同じ三年。
学年ごとに上履きのラインの色が違うので、記憶がなくてもそれくらいはわかる。
後輩の三人は気後れしている様子。
つき合わせて無駄足だった上に、先輩の男子から睨まれるとか迷惑かけすぎでしょ。
「三人ともありがとうね。もう、用も済んだし帰っていいわ。・・・教室には一人で戻れるから」
リュウの約束もあって、すぐには頷けないんだろうと思って声をかけると。
「え? でも、先輩・・・」
不安そうな顔を返されて困ってしまう。
「ほらほら、ヒカリさんもこう言っているし。俺、大事な話があるんだよ・・・邪魔しないでくれる?」
言われて口をつぐむ三人。
「本当に大丈夫よ。今日はつきあってくれてありがとうね」
「・・・はい。じゃあ、お先に失礼します」
更に言葉を重ねると、三人はしぶしぶといった様子で階段を下りていった。
「・・・えっと、それで話ってなんですか?」
さっさと終わらせて教室に戻りたくて聞く。
早く戻って、リュウに聞きたいことがあった。
そう、『ヒカリさま』呼びの本当の理由をなぜ隠したのか。
「あ~うん、あのさ」
急に腕を掴まれて驚く。
三人やリュウの事が気になっていた私は階下を見ていて。
それが、気に入らなかったんだろうか?
驚いて見上げると、目が合った途端に満面の笑みで。
「俺たち、付き合わない?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・はああ???
意味がわからなくて、ぽかんとしてしまう。
いや、正確には意味はわかる。
けれど、今の自分は絶賛記憶喪失中。
その私と付き合いたいってどういうこと??
ヒカリを知っている人間からしたら、私はまがい物だ。
それなのに付き合いたいって・・・なに考えてんの?
「いや、あの・・・私、記憶ないし・・・」
「ぜんぜん、構わないけど?」
軽い返答に絶句してしまう。
アキラはヘラッと笑って。
「っていうか、前のあんたはぜんぜん隙がなくて美人だけど、ちょっとどうかなって思ってたんだよね~。でも、今のあんたは素って感じでいいよね? 記憶ないくらいがちょうどいいんじゃない?」
・・・まったくもって意味がわからない。
しかも、告白した人間に対して、ずいぶんな言いようだ。
いや、ヒカリが優等生を演じていたから隙がなかったって言うのは本当だろうけど、そもそも記憶が戻ったらきっと元のヒカリに戻るだろう自分に告白してどうしようというのか。
「それ、意味なくないですか・・・記憶が戻ったら、もしかしたら、実は別に恋人とか好きな人がいて、やっぱり別れるとかなるかもしれないじゃないですか?」
「う~ん、まあそのときはそのときじゃない? 付き合ってるうちにもしかしたら元のあんたも俺のこと好きになるかも知んないし、とにかく今のあんたが俺と付き合いたいかどうかじゃないの?」
「・・・でも、私、あなたのこと良く知らないし」
「それ、よく言われるけど、付き合いながら知ってくのもアリじゃん? どうせ付き合ってみなきゃわかんないことも多いし・・・で、どう?」
・・・どうって言われても。
いろいろ捲くし立てられて混乱する。
病院で目が覚めてからずっと、自分がわからなくて不安で。
ヒカリじゃないことだけは確かで、周りの環境に慣れるのに必死で。
そりゃ、母親やリュウたちが気遣って良くしてくれるのもわかっているけど。
それは今の自分のためというよりヒカリのためで。
ずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
この体は確かにヒカリだけど、私はヒカリじゃない。
「あ、そうだ。さんづけとか俺キャラじゃないし、ヒカリって呼んでもいい?」
「私、ヒカリじゃないわ」
「え?」
アキラの驚いたような声でハッとする。
今までずっと思ってはいても、絶対に口に出すことだけはしなかったのに。
ちょうど考えていたタイミングで言われて、つい声が出てしまった。
思わず口を押さえてアキラを見たところで。
「ヒカリ!」
階下から聞きなれた声が響いた。
見ると、息を切らせたリュウが2階からこちらを睨むように見ていて。
その視線は、ずっとアキラに掴まれたままだった腕に注がれていて、気づいたら無意識に腕を振り払っていた。
リュウはそのまま二段とびで踊り場までのぼり、アキラに詰め寄る。
「お前、なにしてんだよ?」
「なにって、話しをしていただけだけど?」
突然、剣呑な雰囲気で食ってかかるリュウに対して、アキラは驚くでも怖がるでもなく普通に答える。
はっきり言って、ちょっと釣り目で体格の大きいリュウが怒ると迫力がある。
なのに、平然と答えるアキラは見た目よりも図太い神経の持ち主みたいだ。
いや、もともと付き合おうと声をかけた相手にずいぶんな言いようだったのだから、不思議はないか。
「っていうか、話の途中なんだよ。関係ないヤツは黙っててくれる?」
「・・・はあ?」
少し背の高い相手に対して見上げる格好ながらもどこかバカにしたような雰囲気に、リュウの眦が上がる。
一触即発な雰囲気に、驚いて慌てて声をかけた。
「あのっ、私、今はそういうことは考えられないから、付き合えないわ。だから、もう話は終わりでいいでしょ?」
これで話は終わり、ここで解散。それで済むと思ったのに。
「っ、お前!」
逆にリュウは今にも殴りかからんばかりの形相でアキラを見る。
アキラも納得できないといった表情で。
「いやいやいや、そりゃないでしょ? 今のヒカリちゃんは今しかいないんだし? 俺、今のあんたと付き合いたいんだよ」
その言葉にどきっとした。
今の・・・私と?
「お前、ふざけてんのか!? ヒカリは記憶がないんだぞ? そんなことが許されるか!」
無視をされた格好のリュウは、更に言葉を荒げてアキラの胸倉を掴みにかかる。
アキラはそれをひょいっと避けて、簡単には掴まれない位置まで下がった。
「リュウ、やめて!」
慌てて腕を掴んで止める。
リュウがヒカリを大切にしているのはわかる。
けど、ここで暴力沙汰とか、絶対にリュウにとっていいことない。
そんなこと、本当のヒカリだって望んでないはずだ。
「あっぶないな~。っていうか、さっきも言ったけど、あんたに関係ないじゃん? 横から口出ししないでくれる?」
やっぱりどこかバカにしたような口調にリュウの肩が揺れる。
それでも私が掴んでいるからか、それ以上は動こうとはしない。
「まあ、いいや。今日は邪魔が入ったから、返事はまた今度で。あ、俺、隣のクラスだし今度は教室に遊びに行くね。じゃね、ヒカリちゃん」
ひらひらと手を振ってアキラは階段をおりていった。
アキラ君はチャラ男ですね(^^;
でも、キャラとしては嫌いじゃないです(笑)