ヒカリさまと呼ばれる理由
放課後になって、約束どおりにやってきた三人と一緒に図書室に続く階段に向かう。
リュウは教室に残った。
でも、教室を出るときに。
「俺は行かないけど・・・絶対に一人きりになるなよ。お前、まだ学校に慣れてないんだから」
とか、どう考えても過保護すぎる発言をされた。
・・・はあ?
さすがにびっくりしてリュウの顔を見上げると、まじめな顔をしていて。
冗談とか、からかって子ども扱いとかしているわけではなさそう。
「・・・お前たちも、終わったらちゃんとここまで送ってくるんだぞ」
後輩たちにも念を押す。
いや、さすがに心配しすぎじゃないの?
小学生低学年とかじゃないんだから、一人で教室に戻ってくるぐらい、記憶がなくたってできる。
「ちょっと、リュウ・・・」
「あ、わかってます。ちゃんとここまで送り届けますから」
文句を言いかけたところに、後輩たちの元気な返答が被った。
お昼休みはリュウの雰囲気に気後れしていた様子だったのに、今はなぜか満面の笑みで受け答えしている。
「じゃ、待ってるな」
そう言いつつ、リュウが頭をぽんぽんと撫でて。
そして、私に何も言う隙を与えずに教室に戻っていった。
なに・・・今の。
あまりに自然にやられたから、ちょっと呆然としてしまう。
っていうか、学校に来てからリュウのスキンシップが激しくない?
家で会っていたときは、親が一緒だったり、部屋で二人きりでもリュウは定位置の椅子で、私はベッドに腰掛けてるから、そんな触れるほど近くに居ることってなかった。
なのに昨日は朝から頭ぽんぽんされて、帰りは手をつながれるし、今日のお昼と今と。
「先輩? 行きますよ?」
声をかけられて私は三人と一緒に歩き出す。
なんだかわからない恥ずかしさと困惑でいっぱいだった。
図書室は、視聴覚室とかの特別な教室のある棟の三階の一番奥にある。
ヒカリたちの教室からは少し距離があった。
放課後だけど、部活のある人も帰宅部もまだまだ人はたくさん残っていて、ふと違和感を感じた。
あれ、あんまり視線を感じないような・・・?
いや、注目されるもんだと思うのも、本当に自意識過剰か? って感じだけど、さすがにあれだけあからさまな視線が、今はあまりないっていうのも変な感じがする。
いや、そもそも見られていた理由もはっきりしないんだけど。
意味がわからなくて内心、首を傾げていると。
「・・・あの~先輩。ひとつ質問いいですか?」
一緒に歩きながら、後輩の一人が顔を覗き込んでくる。
「なあに?」
「さっきの・・・リュウ先輩とは、ぶっちゃけ付き合ってるんですか?」
・・・・・・・・・はあ?
あまりに脈絡がなく突然の質問に驚いて足を止める。
気づくと、普通の教室のある棟から図書室とかのある棟に移っていて、人気もほとんどなくなっていた。
「リュウとは・・・幼馴染なだけよ?」
記憶がなくても、それだけは間違いない。
でも、もしかして周りからはそんな風に見えてたりするのかしら?
「え~、そうなんですか?」
「絶対そうだと思ったのに~」
「みんな、ヒカリさまがついにってウワサしてたのにね?」
「え?」
「・・・あ」
三つ目の発言をした子が、口を手で押さえる。
なに、それ?
ウワサ? ・・・ていうか、下級生にもヒカリさま呼びされてるの?
「バカ、ヒカリ先輩って呼ばなきゃダメでしょ」
「うん、ごめん・・・」
ほかの二人が失言をした子をなじってるけど、別に呼ばれたことはどうでもいい。
「・・・ねえ、知っているんなら教えて欲しいんだけど・・・なぜ私って『ヒカリさま』なんて呼ばれているの?」
そう、理由。
だって、昨日リュウが言ったのは教室で浮いていたからみんなが呼び出したってことだった。
でも、それが本当ならこんな後輩たちにも呼ばれているってのは変だ。
それに、なに? ついに・・・ってどういう意味?
「えっと・・・」
三人で顔を見合わせてから、一人の子が口を開く。
「ヒカリ先輩、すごくモテるのに、誰から告白されても絶対に断るって有名だったんです」
・・・え?
一瞬、なんだそれ? って思って。
あ、そっか・・・ヒカリは美人だった。
と思い出す。
いや、最初にすっごく違和感があったのは美人なヒカリの容姿だったのだけど。
学校にきたら、そんなことよりも周りの雰囲気が普通じゃなさ過ぎてそっちに気を取られて忘れていた。
「それこそ、すっごくイケメンの先輩でも、めちゃめちゃ人気のあるバスケ部のエースの先輩とかもみんな玉砕してて」
「それに、いっつもヒカリ先輩と成績が並んでた生徒会長とかもダメだったってウワサで」
「もう、千人切りか? とか言われてて・・・みんなそのうち『鉄壁のヒカリさま』って・・・」
・・・なんじゃそりゃ?
難攻不落な城みたいなイメージってこと?
つまりヒカリが『ヒカリさま』なんて呼ばれていたのは、いろんな男子からの告白を全部断り続けていたからってことで。
確かに、親しい人がいなくて浮いていたのも事実かもしれないけど、リュウが教えてくれたのとはやっぱり意味が違う。
・・・なんで? リュウは嘘をついたって事?
なぜ本当のことを言ってくれなかったんだろう。
なんとも言えないモヤモヤとした気分が湧き起こる。
それに、もしかして変に注目を集めてしまっていたのだって、リュウのせいなんじゃ?
だって、見られていたのってつまり三人の言葉を借りれば『ヒカリさまがついに付き合いだした』って、思われてたってことで。
考えてみれば、視線を感じているときは常にリュウと一緒の時だったし。
ここに来るまでさほど視線を感じなかったのも頷ける。
でも、リュウがそれに気づいてなかったとも思えない。
気にしないで完全無視してたのは、逆に理由がわかってたからって気がする。
なんで教えてくれなかったんだろう?
ヒカリさま呼びの理由だって、本当のことは教えてくれなくて。
そりゃ私は記憶がなくて、良くわからないことも多い。
きっと本当のヒカリとは全然違うんだろうけど。
でも、やっぱり嘘をつかれるのは悲しいし、寂しい。
「先輩? どうかしました?」
無意識に顔をしかめていたらしく、心配そうに顔を覗き込まれてハッとする。
「ううん、なんでもないわ。ちょっと驚いちゃって・・・」
少し落ちた気持ちをごまかすように笑顔を向ける。
三人は目を瞬かせて顔を見合わせて。
「あ、じゃあ、やっぱりいつも迎えに来てくれてる、あのイケメンさんが彼氏なんですか~?」
「え?」
それって、セイのこと?
「もともと、ヒカリさまに年上の彼氏が・・・って、すっごいウワサだったんですよ」
「そうそう、それで最近は告白する人減ったって」
「そりゃそうでしょ、いくらかっこいい先輩でも、イケメン大学生なんて勝てないって思っちゃうよ」
「車でお迎えとか、やっぱり大人って感じでいいよね~」
「同感~、あのときも、気絶した先輩をお姫様抱っこで・・・すっごく絵になっててさ」
「うんうん、カッコよかったよね~」
本人目の前にしてるって言うのに、テンション上がりまくりで話し続ける三人。
さすがに呆れてしまって傍観していると。
「で、結局どうなんですか?」
急にこっちを向いてくるから面食らってしまう。
「どうって・・・」
そんなことを言われても。
記憶はない上に、セイの態度は曖昧で良くわからない。
・・・でも、やっぱり。
「たぶん、恋人じゃないわ。それにセイはいとこだから」
「え、そうなんですか?」
「あ~でも、さすが、ヒカリ先輩のいとこ。イケメンなの納得です」
「でも、いとこって結婚できるって言うし、恋人もありよね?」
「うんうん、アリアリだよ」
そのままセイの話で盛り上がる三人。
さすがに、呆れて。
「そろそろ、いこっか?」
と声をかけると、三人はハッとして。
「あ、そうでした、すみません」
と歩き出した。
でも、歩きながら。
「そっか~先輩、付き合ってないんだ」
「じゃあ、ウワサが間違いってことだよね。きっと、また・・・」
「うん・・・でも、記憶ないんじゃ・・・」
こそこそと顔を合わせて話している。
その内容は、やっぱりヒカリのことで。
う~ん、隠してるつもりかもだけど隠れてないよ。
ちょっと、注意したほうがいいんだろうか?
そんなことを思っているうちに階段のところに来た。
もともと超短編のつもりだったので、名前とか必要最小限しかつけてません。
ま、逆に読みやすくなったかな~と、今では思ってます(^^)