電話
「ヒカリ、あいつから電話」
その日の夜に、いつものようにベランダから部屋にやってきたリュウに、携帯を差し出されて。
びっくりして、きょとんと見返すと、リュウは携帯を押し付けてきて。
ハッとして受け取ると耳に当てた。
『・・・ヒカリ?』
サツキちゃんの声がして。
「うん」
『ごめんね、さっそくかけちゃった。今、大丈夫?』
「うん」
うなずきながらリュウを見ると、リュウは自分の部屋に戻ろうとしているところで。
慌てて。
「あ、ちょっと待ってて」
サツキちゃんに断ってから、携帯を下して。
「リュウ!」
声をかけると、振り返ったリュウは苦笑して。
「終わったら、声かけろよ。時間とか、気にしなくていいから」
「うん・・・ありがとう」
リュウの優しさにちょっとホッとして。
でも、携帯って長い時間借りるのって良くないよね・・・。
思って、でもサツキちゃんとも話もしたくて。
やっぱり携帯買ってもらおう。
そう決意して、今日のところはリュウの優しさに甘えることにした。
「待たせちゃってごめんなさい・・・電話くれてありがとう。サツキちゃん」
『ううん、それよりもビックリした! なに? ヒカリの彼氏って一緒に住んでるとかじゃないよね?』
「え?」
『だって、ヒカリ、今家でしょ? すぐに携帯渡せるって・・・』
「あ・・・」
そっか、確かに、こんなふうにすぐに電話をかわれるって、普通じゃないんだって気づく。
「リュウとはお隣さんなの・・・本当は幼馴染で」
『え? そうなの? 初めて聞いた』
驚いた声に、そういえば。
中学の時に仲良くしていた時も、サツキちゃんに自分のことはほとんど話したことがなかった。
リュウのことも家族のこととかも。
『も~、なんか水くさいよヒカリは』
拗ねたような口調に慌てて。
「ごめんね、別に隠していたつもりないんだけど・・・きっと、言う機会がなかったんだと思う」
でも、あれ?
言葉にしたら違和感があった。
私、本当に機会がなくて言わなかっただけだっけ?
・・・・・・なにか、忘れているような気がする。
『ヒカリ?』
ちょっとぼーっとしていたらしくて、サツキちゃんの声にハッとする。
「あ、ううん。なんでもない」
自分でもよくわからないから、ごまかすみたいに笑って。
『っていうか、幼馴染って納得。ヒカリが男の子とあんな気軽に話してるのってびっくりだったし・・・付き合って長いの?』
「え? えっと・・・ちゃんと付き合いだしたのは、つい最近なの」
『最近? じゃあ、もしかして、今日って初デートだったとか?』
勘のいいサツキちゃんの言葉にちょっと照れつつ。
「うん」
『って、初デートでケンカしてたの?』
って、驚かれて驚く。
「え? なんで??」
『そりゃわかるわよ。ヒカリひとりで泣きそうになって、変なのに絡まれてたし』
言われてみれば確かに・・・。
「ケンカっていうか・・・ちょっと行き違いがあっただけなの。あの後、ちゃんと仲直りできたから」
『うん、まあ電話をすぐにかわった時点で仲直りしたってこともわかってたけどね』
くすくすと笑い声が聞こえて、ちょっと恥ずかしくなる。
なんか、全部バレバレっぽい・・・。
『で、そんな幼馴染の彼と、どういう経緯で付き合うことになったわけ? ヒカリが告白したの?』
笑いを含んだ声で訊かれて。
「え? それは・・・」
さすがに恥ずかしくなって口ごもると。
『・・・あ、そっか、ヒカリこういう女子トークって苦手だった?』
苦手っていうか・・・正直言って、こんな話を友達としたことがない。
片想いをしていたときだって、リュウが好きだってこともセイ君以外には話したこともなくて。
ユリちゃんとかクラスのみんなも、リュウと付き合いだしたってことはリュウが暴露しちゃったから、あんまり突っ込んで聞かれるってこともなかったし。
ちょっと恥ずかしいけど、なんか嬉しくもあって。
「ううん、サツキちゃんとこんな話ができて嬉しい」
正直に言うと、サツキちゃんは急に黙り込んで。
電話だけだと、顔が見えないから、表情が読めない。
「サツキちゃん?」
『あ、ごめん・・・私も、ヒカリと話せて嬉しいなって思って』
少し、元気のないような口調に首を傾げる。
だけど。
『で、どっちから告白したの?』
って聞いてきた声が、もとの調子だったから。
気のせいだったのかなって思って。
そのまま、リュウや私の話だけじゃなくて、サツキちゃんの学校の話とかいろいろ脱線したりして。
気づいたら小一時間たっていて、びっくりする。
「ごめん、サツキちゃん、すっごい長話しちゃった」
慌てて切ろうとすると。
『あ、そうだった。ヒカリ、彼氏にお礼言っておいて』
「え?」
『今日の電話、ヒカリの彼氏持ちだから』
え? それって・・・。
『今度は私から電話するって伝えておいて。じゃあまたね』
「あ、うん。またね」
電話を切って、手の中の携帯を見る。
サツキちゃんの言葉が脳裏によぎる。
”ヒカリの彼氏持ちだから”
ってことは、つまりリュウがサツキちゃんに電話をかけたってこと?
なんで?
サツキちゃんがさっそく電話をしてきてくれたんだって思ったのに。
もしかして、リュウがサツキちゃんと話したくて電話したとか?
・・・どうして?
そういえば、昼間サツキちゃんと別れたとき、リュウはずっとその後姿を見ていた。
なにか、話したいことがあったとか・・・?
私に内緒で・・・?
なんか、もやもやする。
それはリュウがカケル君たちと仲良くしているのを見たときの感情に似ていたけど。
どこか違っていて。
不安・・・みたいなものも感じて。
扉を開けてベランダに出ると、リュウの部屋の窓を見る。
声をかけないと・・・って思ったのに。
声が出なくて。
リュウの携帯をぎゅっと握りしめる。
と。
その携帯が急にぶるぶると震えだして、音が鳴る。
「きゃっ」
びっくりして声を上げると、携帯はすぐに止まって。
え? 今の電話? でも、止まっちゃったし??
固まっていると。
「ヒカリ?」
音に気付いたらしいリュウが部屋の窓を開けて。
「電話、終わったのか?」
「あ、うん。・・・でも、今携帯鳴ったのに止まっちゃって」
「ああ、たぶんそれ、メール」
言いながら、慣れた様子でこっちに来る。
携帯を渡すと、すぐに確認して。
「やっぱり、カケルからだ。明日のこと」
そういえば、カケル君とカラオケに行く約束してたっけ。
思い出して、少しホッとして。
「ありがとう、携帯貸してくれて」
「気にすんなよ。俺から言い出したんだし」
本当に気にしてない様子で笑っているリュウに、だけど、またもやもやする気持ちが湧く。
「そういえば、サツキちゃんがお礼言っておいてって。・・・さっきの電話ってリュウからかけたの?」
けっきょく気になっていたことが、口から零れた。
「え?」
驚いた顔を返されて。
ハッとする。
なんか、これって詮索してるみたいに思われない?
でも気になって言わずにはいられなくて。
言ったことを後悔して、でも答えが知りたくて。
恐る恐るリュウを見ていると。
「ああ、先にあっちからメールがあったんだよ。ヒカリに電話つないでほしいって。メール返すのも面倒だし、こっちからかけてかわった方が早いって思って」
だから、かけたんだって言われて。
思わず呆けてしまう。
そして、急に恥ずかしくなった。
リュウがサツキちゃんと話したかったとか、勝手に想像してぐるぐるした自分が。
「そっか、うん、ありがとう!」
だから、つい声が大きくなって。
「あ、でも、こんなふうにいつも借りるのって迷惑よね? やっぱり私も携帯買ってもらうことにする」
つい、しゃべるつもりのなかったことまで言って。
「は? 必要ないだろ」
「え?」
思ってもみない反応に目を見開く。
リュウはどこか不機嫌そうな顔をして。
「今までそんなこと言ったことなかったくせに・・・あいつに携帯持ってほしいとか言われたのか?」
突然イライラした様子に、意味がわからない。
「・・・なに、怒ってるの?」
訊くとハッとした様子で。
「別に怒ってるわけじゃねーよ」
なんかごまかすみたいにそっぽを向く。
じゃあ、なに?
本当に意味がわからない。
「・・・携帯はちょっと前から欲しいなって思ってたの。ユリちゃんともっと気軽に連絡取りたいなって。・・・それに、今日みたいにどこかではぐれても安心じゃない?」
「あ・・・そっか」
急にリュウはホッとしたように顔を緩めて。
「確かに、今日は本気で焦ったしな・・・まあ、ヒカリが携帯持つまでは俺の貸してやるから遠慮するなよ」
やっといつもの様子に戻って、リュウは笑うと。
「じゃ、おやすみ。また明日な」
「うん、おやすみなさい」
私の頭をくしゃっと撫でて部屋に戻っていった。
それは本当にいつもと変わらない様子だったけど。
でも、だからこそ、その前の様子が変だったって思わされて。
それに。
リュウ、サツキちゃんのこと一度も名前で呼ばなかった。
学校で普通に話す程度のユリちゃんだってちゃんと名前で呼んでるのに。
サツキちゃんだけ・・・?
やっぱり、もやもやした気持ちが湧いて。
どうしようもなかった。
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