表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒカリとキオク  作者: 有沢 諒
番外編
30/45

嫉妬と打算:リュウ

 それに、いい加減我慢の限界だった「ヒカリさま」を崩せるいい機会だとも思った。


 中学のとき、学校でのヒカリと接点のない時期があって、気付いたら「ヒカリさま」っていう顔をつくっていた。


 完璧なつくり笑いと所作で、つくりあげた鉄壁の顔。

 高校に入って、そんなヒカリを見て驚いた・・・けど。

 小学校のときみたいに、それを無理に壊してまで、人の輪に入れることはしなかった。


 だけどそれは、ヒカリにお願いされたから尊重したとか、さすがに小学生とは違うから遠慮したとか、そんな人に理解されるような真っ当な理由じゃなくて。


 ただの・・・打算だった。


 本当のヒカリを知っているのは自分だけ。

 心を開いているのも自分だけだという、優越感。


 それに。


 小学校のときから、ヒカリを好きだという自覚があった俺は、ヒカリが「ヒカリさま」を演じている限り、ヒカリが誰かと付き合うこともないって考えていて。

 実際、告白されまくっても断っていたし、一度それでも気になって聞いたときにも「付き合うとか興味ないから」って言っていたし。


 ただ、興味がないって言う返事には少し凹んだ。

 だから、自分の気持ちをなかなか言えずにいたんだけど。


 3年になってから、それがバカな考えだったんだって気付いた。


 ヒカリのいとこのセイが、ヒカリを迎えに来たのを見て、動揺した。


 セイの事は昔から気に食わなくて。

 なによりもヒカリのことでただひとり「勝てない」って思わされた男だったから。


 ヒカリはセイのことをはじめから無条件に信頼していて。

 それは家族だからって言ってしまえば、確かにその通りなのかもしれないけど。

 俺が夏休み中、毎日無理やりのように遊びに誘って、ようやく困った顔よりも見せるようになってくれた笑顔も。

 セイは、ただ会いにくるだけで、それを引き出して。

 ヒカリはセイがいるだけで本当に嬉しそうで。

 それを見た瞬間に、心の奥底で。


 敵わないって・・・敗北感のような感情が生まれたんだ。


 セイが迎えに来るようになって、学校ではたちまち「ヒカリさまに彼氏が!」ってウワサが回った。


 しかもヒカリもそれを否定することがなくて。

 でも、もしかしたら告白されまくって、それを断るのが面倒になったヒカリが、セイに恋人の振りを頼んだんじゃないかって考えもあった。


 実際それまでも、告白されても付き合うつもりがないから困ると、ヒカリはこぼしていたし。


 だけど。


 セイとなら本当にそういう関係になってもおかしくないって、なによりも俺自身が思ってしまっていた。


 しかもセイは昔から俺のことなんて眼中になくて。

 ヒカリのうちに遊びに来ても、ヒカリは久しぶりに会うセイに夢中なのに、「俺のことは気にしなくていいからリュウ君と遊んできなよ」なんて言うようなヤツで。

 その余裕もむかつくのに、言われたヒカリが寂しそうな顔をするから。

 逆に「俺はいつでも遊べるからセイと遊べよ」とか強がって、セイがいるときには気を遣ってヒカリを誘わないようにする羽目になった。


 一緒に遊ぶっていう選択肢もなかったわけではないけど。

 セイに懐いてるヒカリを間近で見続けるなんて冗談じゃない。

 とにかく、昔から気に入らないヤツで、だけどヒカリにとって特別な人間なのは疑いようもなくて。


 だから。


 ヒカリにセイとの関係を直接聞くなんてことはできなかった。


 本当にふたりが付き合っているなんて聞いたら、後悔でどうにかなってしまいそうで。


 そんな時。

 ヒカリが記憶喪失になって。


 今までの自分との時間の全てを忘れられてしまったって言うのは、もちろんショックだったけど。

 ヒカリがセイのことを忘れてしまったっていうことの喜びのほうが、実際は大きかったんだ。


 ヒカリのサポート役を買って出たのだって、ヒカリのためなんかじゃなくて。

 誰よりもヒカリに近い人間なんだって周りに見せ付けるためだった。


 いくらセイがヒカリの特別な人間だったとしても。

 学校で傍にいられる訳じゃない。

 本当のヒカリを知っている人間の中で、ヒカリの傍にずっといられるのは俺だけだ。


 ヒカリが大変だってのはわかっている。

 助けたいっていう気持ちも嘘じゃない。


 ・・・だけど。


 ヒカリが記憶をなくしたと知ったあのとき、俺は。

 チャンスだって思った。


 それが、本音だった。



 ただ、実際に学校に行くと、思ったようにはいかなかった。


 まず登校途中でヒカリに「一緒に登校なんて、誤解されたりして迷惑でしょ」って言われて地味に傷ついて。

 でも朝はまだ記憶がないから遠慮してるだけだろうと、その場は流せた。

 逆にセイの話しを振って、記憶がないとはいえ、もしかしたら二人の関係がなんかわかるかもなんて思うくらい、まだ余裕があった。


 それでも、深く追求するほどの勇気はなかったけど。


 それから教室で実は幼馴染だってバラして、みんなが驚いていたのは、まあ想定内。

 だけど。


「リュウとヒカリさまが幼馴染なんて信じらんねえ」


 カケルがずっと言っていて。

 けれど、それはカケル以外のクラスメイトも面と向かって言わないだけで、同じ様に思っている雰囲気だった。


 考えが甘かったんだって思い知らされた。


 俺が幼馴染なんだと言ったって。

 実際のヒカリは記憶喪失で、証拠がない。

 家が隣同士だからって、その関係性がどんなものかなんて結局はわからないわけで。

 ヒカリと俺との関係を見せ付けるなんて思惑は、ぜんぜん思ったようにいかなかった。


 ただ、記憶を失っても「ヒカリさま」だったヒカリに気軽に声をかけるようなヤツはそうそういなくて、少しほっとして。

 世話役になったユリちゃんも、大人しい感じの割にしっかりはっきりしている子なのは知っていたから、安心した。


 でも、その矢先。

 ふとしたことでヒカリの顔色が悪くなって焦った。

 真っ青な、今にも倒れそうな顔色で「なんでもないわ」とか強がる顔を見て・・・後悔したんだ。


 記憶をなくしたヒカリがどれだけ不安で、不安定な状態なのかって、わかっているつもりでぜんぜんわかっていなかったんだって。

 おばさんから言われてもいたのに、実際に目にするまで理解できていなかった自分を殴りたくなった。


 しかもヒカリはそんな状況でも俺に気を遣って、放課後になるとまた「ひとりで帰る」なんて言い出すから。

 自分への怒りと、そんな状態なのになんで頼ろうとしないんだって、ヒカリに対する八つ当たりみたいな感情も湧いて。


 そうだ、ヒカリは昔っから自分のことにはバカみたいに鈍くて。

 あんなたった一言で倒れそうになるくせに、ぜんぜんわかってない。

 でも、怒るのはなんか違うと思って、最初は落ち着いて説得しようと思ったのに。

 頼れよって言っても、困ったみたいに「でも・・・」なんていう様子に、けっきょくイライラが抑えられなかった。


 俺も勝手なのはわかってるけど、こっちの気持ちをぜんぜん理解しないヒカリに焦れて。

 結局、強引にヒカリをつれて教室を出た。


 手を掴んで歩いていると周りの視線がかなり痛くて。

 ヒカリといるときは、ある程度しかたないと思って流しているそんな視線も。

 自分が強引にしていることを自覚してるから、見られたくなくて、逆に睨み返してしまったりした。


 ヒカリはそういう周りの無遠慮な視線に耐えられなくなったのか、途中で「わかったから手を放して」と、かなり困惑気味に言ってきて。

 わかったと言いながら、実際はぜったいに理解してないんだろうなと思いつつ目を向けると、ヒカリは周りの視線に困るどころかちょっと怯えているように見えて・・・手を放す。


 歩き出すと、ぶしつけな視線も減って、ほっとしたような様子に。

 また自己嫌悪が湧いた。


 困らせたいわけじゃないのに。


 ヒカリは昔から勉強も運動もなんでもできるくせに自己評価が低くて。

 それは謙遜なんてレベルじゃなくて、なんでそんなに卑屈なんだよって負けたこっちが怒り出すくらいだった。


 それでも、俺が本音で話してるってわかるくらい親しくなれば、そんな様子も減ってきて。

 俺の言葉も普通に受け止めて、笑って、ときにはわがままも言って。

 そんなヒカリに・・・会いたいなって思った。


 ここにきて、初めて俺は本気でヒカリに記憶が戻って欲しいって思ったんだ。


 でも。


 ヒカリが記憶を取り戻すために、俺はなにをしたらいいんだ?

 無理に思い出させようとして、ヒカリに負担をかけるのは避けたいし。

 だけど、とりあえず今は。


「さっきは悪かった」


 謝るべきだと思った。半分は八つ当たりのようなもんだし。

 遠慮している様子はイラッとするけど、でも、記憶のないヒカリに無理を言っても仕方ない。

 記憶を取り戻すまでの辛抱だって思った。


 いつ、記憶が戻るのかわからないけど、まだたったの数日だ。


 焦ってもしょうがない。


 それに、俺の打算がなくったって、実際に学校でヒカリをフォローできるのは俺だけなんだから。

 しっかりしないとダメだろ。

 そんなことを思った矢先。


 俺の・・・天敵が現れた。


 ヒカリを迎えに来たセイは、相変わらずの余裕な態度で。

 俺がバカみたいに焦ったりイラついたりするのとは逆に、遠慮しているヒカリに笑顔を向けて軽く説得して、一緒に帰ることを了承させて。

 更には俺にまで声をかけるソツのなさ。

 そんなことを思うほどのことではないかもしれないけど。

 やっぱり勝てないって気持ちにさせられて。


 だいたい車とか、俺にはぜってー無理なアイテムもってやがるし。


 いろいろ敗北感がぬぐえなくて・・・落ち込んだ。


 しかも、その日。

 ヒカリはなかなか帰ってこなかった。


 いくら道が混んでたからといっても、そんな何時間もかかるわけがない。

 帰宅したヒカリに聞いても「うん、ちょっとね」なんて言葉ではぐらかされて。

 更に問い詰めたい気持ちが湧いて、でもけっきょく言葉に出来なかった。


 こんな短時間で記憶のないヒカリとセイの間になにかあるわけないと思うのに。

 それでも、もし気持ちが傾くような何かがあったとしたら。

 思ったら怖くて聞けなくて。


 だけど。


 いつものように椅子の背もたれを跨いで座って。

 ヒカリも記憶がないくせに、いつもと同じベッドに腰掛けていて。

 俺がこうしてヒカリの部屋を訪れるのはほとんど日課のようなものだった。


 なにせヒカリはとにかく遠慮しいだから。

 ほっといたら何日も顔を見ないなんてことになりかねない。

 学校でクラスが離れたって、俺がこうしてやってくればヒカリは嫌がるってことはなかったから毎日会えた。


 テスト前とか、忙しいときはそんなに長居はしないけど。

 たった数分でも顔を見て話をするこの空間は大切な時間だった。


 でも。


 こんなに無言で顔を突き合わせたことなんてなかったな。


 記憶がないヒカリはまた困ったような顔をしていて。

 こんな顔をさせたいわけじゃないのに。

 どうしたらいいのかわからなくて。


 ヒカリを目の前にしてこんなふうになったのは初めてだ。


 すると、ヒカリのほうから「今までの学校での私って、どんなだったのかな?」と訊いてきた。


 不安そうな様子にちょっと驚いて。


 学校での・・・って?

 ああ、そっかヒカリさまバージョンのヒカリについてか。

 と思って、猫を被りまくっていたことを教えてやると。


「じゃあ、別にみんなに嫌われてるとかってわけじゃないのね」


 ほっとしたみたいに言うから驚いた。


 どうやらヒカリさまなんて呼ばれている自分は嫌われていたんじゃないかって勘違いしていたらしくて。

 そんなこと思いもしなかったけど、確かにいきなり呼ばれたり、クラスメイトから距離を置かれた態度を取られたら、そう思ってしまうのも無理はない。

 ヒカリは自分からそうしていたけど、記憶のないヒカリにわかるはずもなくて。


 こんなことでも俺のフォローが足りなかったなと反省した。


 しかも。


「私、早く記憶を取り戻したいの」

 と言われて驚いた。


 そう言ったヒカリの目が決意をまとってこちらを見ていて。


 本気を感じて同時に。

 なんで?

 って疑問が湧いた。


 学校で別れるまで、ヒカリは今の状況に慣れるので精一杯って感じで、記憶を積極的に取り戻したいなんて考えてるように見えなかった。


 実際、ヒカリさまなんて呼ばれる自分に戸惑っていたし。

 ちょっとしたことで倒れそうになるほど不安定で。


 なのに。


 セイと一緒に帰って、それから数時間で。

 なにか・・・あったのか?

 そう思ったらもやもやとした気持ちが湧いて。

 ヒカリの記憶が戻って欲しいって、思っているのに。

 なんだか手放しで喜べない自分がいて。


「俺は・・・もちろん、手伝うよ?」


 そう答えたものの、なんか嘘を吐いているような気分になった。


 だから。


「・・・ありがとう」


 そう言ったヒカリの笑顔が、どう見ても無理をしているものだったのに。

 俺は、それを気にする余裕がなかったんだ。



 **********

リュウのほうが感情がわかりやすいですね~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ