告白
「・・・ヒカリ、帰るぞ」
放課後、リュウに声をかけられる。
今日はセイが迎えに来ないし、一緒に帰らないわけにはいかない。
「・・・うん」
教室を出て並んで歩く。
けど、どちらからもなにかを話すわけでもなく、気まずい雰囲気。
お昼の話を蒸し返されたらどうしようと思ったけど、リュウから言ってくることもなくて。
ホッとしたけど、でも・・・。
ちらっと横顔を盗み見る。
なにを考えてるかわからない仏頂面。
怒っているわけじゃなさそうだけど・・・。
やっぱり嫌だな・・・この雰囲気。
もっと普通に・・・今までみたいに話とかしたい・・・な。
気持ちを自覚してからまともに顔も見れなかったくせに。
そんなことを考えちゃう自分が本当にバカだなって思う。
電車を降りて、家まであと少し。
こんな雰囲気のままわかれるのは嫌。
でも、なんて言えばいいのかわからない。
「なあ、ヒカリ・・・ちょっと寄り道したいんだけど」
そんなことを思っていたから、リュウからいきなり言われて、驚いた。
顔を上げると、目が合って。
どきっとしたけど、頷いた。
「こっち」
そう言って、リュウが向かったのは近所の公園だった。
広葉樹の木陰に木製のベンチ。小さいブランコがふたつに、子供用の低い鉄棒と滑り台に砂場。シーソーとかもあって、そんな広くはないけれどなかなか充実している。
もの珍しくてきょろきょろしていると、リュウはブランコに近づく。
まだ5月も半ばだというのに、今日はちょっと蒸し暑いからか、公園には子供の姿は少なくて。
「懐かしいな」
言いながらリュウはブランコに足を掛けてみたけど、はっきりいって子供用のブランコに背の高いリュウの体重が支えられるとは思えない。
はらはらしていると、さすがにリュウも諦めたのか足を下ろして。
「無理だな。壊しそう」
苦笑いを浮かべて、こっちを見ると。
「昔さ・・・俺、このブランコで遊んでて怪我したことあるんだよ」
「・・・そうなの?」
「うん、お前と二人で遊んでたとき」
言われてどきっとした。
それはヒカリとの思い出だ。
いままでリュウからそういう話を聞いたことがなかった。
幼馴染なんだから、ヒカリとリュウだけの思い出があるのなんて当たり前。
だけど、リュウは一度もそういう話題を出したことがない。
なんて答えたらいいのかわからなくて黙っていたら、苦笑して。
「悪い・・・こんな話しても、お前は覚えてないし困るだけだよな」
・・・だから、もしかして、わざと避けていたんだろうか?
「・・・リュウ?」
今になって避けていた話題を出してきた理由がわからない。
リュウの言うとおり、ふたりの思い出を語られても、なにもわからない自分には答えようがない。
「・・・なあ、やっぱりお前が好きなのって、セイか?」
いきなり話を蒸し返されて、びっくりしてリュウを見る。
目が合って、真剣な眼差しに戸惑う。
違うって言うのは簡単だ。
だけど、じゃあ誰? って訊かれたら答えられない。
でも、リュウの眼差しは嘘を許してくれなくて。
「・・・リュウには関係ないでしょ」
言いたくなくて、出てきたのは突き放す言葉。
リュウがどこか痛いみたいに顔をゆがめて。
「・・・そうだよな。悪い」
謝るから、とたんに罪悪感で胸が重くなった。
だけど、ここで私が謝るのもなにか違う気がして。
こんな気まずい感じ嫌なのに。
なんか泣きそう・・・。
「あー、クソ!」
急にリュウが大声を上げてびっくりする。
おかげで涙も引っ込んだけど。
「な、なに?」
「悪い、ヒカリ。俺、いいかげん意気地なさすぎだわ」
「え?」
意味がわからない。目を瞬かせていると。
「俺、お前のことが好きだ」
え? え? ええ!?
好き? リュウが? 私を?
一瞬意味がわからなくて、理解したとたん、頭に血が上った感覚がした。
「・・・だけど、お前が好きなのってセイなんだろ? だったら・・・」
「え、ちがっ」
「・・・え?」
食い気味に否定すると、リュウが驚いた声を出して。
視線が合って、まじまじと顔を覗き込まれる。
絶対に赤くなってる自信がある顔を覗き込まれて。
恥ずかしくなって目を逸らした。
「・・・もしかして、俺か?」
どこか、呆然としたような声に、余計に恥ずかしくなる。
顔どころか、全身真っ赤なんじゃないかと思う。
「マジか・・・」
そう言った顔が本当に嬉しそうに笑ってて。
好きだなって思ったあの笑顔で。
いつもは気の強い印象を与える、つり気味の目じりが少し下がって。
ちょっとだけ幼く見える笑い顔。
「うん・・・リュウが好き」
自然に口に出てた。
すると、急にリュウが手を取って引っ張って。
気づいたら抱きこまれていた。
広い胸に頬が当たってどきっとする。
え? ちょ、待って!
急な展開に頭がついていかない。
胸のドキドキがヤバイし、それがリュウにバレたら恥ずかしくて死ねる! とか思っていると。
くっついている胸からリュウの鼓動が聞こえてきた。
それが自分と変わらないくらい早くて。
バカみたいにドキドキしてるのが自分だけじゃないと思ったら・・・急に落ち着いた。
ドキドキするのに安心する。
ふっと体から力が抜けて、代わりにリュウの制服を軽く掴む。
リュウもそれに気づいたのか、抱きしめていた腕の力を少し緩めて。
片方の手が頭をくしゃっと撫でて、髪をすいていった。
その感触が気持ちよくて目を細める。
「・・・ここってさ。俺がヒカリを好きだって初めて自覚した場所なんだ」
「・・・え」
「さっき言ったろ? 俺が怪我したとき」
ザッと血の気が引く音が聞こえた気がした。
・・・そうだ、リュウが好きなのはヒカリで。
私、じゃない。
「・・・離して」
ぐっとリュウの胸を押す。
だけど、ぜんぜん力が入ってなくて。
ちがう・・・違うのに・・・。
好きだって言われたことが嬉しくて、ヒカリとして受け入れちゃえばいいのにって、どこか甘い暗い気持ちも湧いてきて。
「ヒカリ?」
急に暴れだした私に驚いた様子でリュウが顔を覗き込む。
呼ばれた名前に・・・涙が出る。
「私・・・ヒカリじゃない」
「・・・は?」
「私は、リュウが好きになった・・・ヒカリじゃない」
ぽろっと目尻から雫がこぼれて、リュウから離れようと手で胸を押す。
だけどリュウは慌てた様子で、でも離してくれなくて。
「ちょっと待てって・・・よくわかんないけど、とりあえず落ち着けよ」
逆にぎゅっと頭を抱え込まれて、涙がリュウの制服に染みをつくる。
ダメなのに・・・嬉しくて離れられない。
ぎゅっとリュウの制服の裾を掴むと、頭を優しく撫でられる。
ゆっくり、なんどもなんども・・・私を落ち着かせようとしてくれる温かい手。
「・・・落ち着いたか?」
しばらくして涙が落ち着いたのを見計らって、少しだけ体を離したリュウが声をかけてくる。
私は頷いたものの顔を上げられない。
だって、離してって言ったのに、逆にしがみついちゃうし。
いきなり泣いたりしてリュウを困らせて。
本当にダメな自分に嫌気がさす。
「じゃあ、ちょっとこっち・・・座れよ」
体を離されて、手を引かれてベンチに座る。
「飲み物買ってくるから、絶対ここから動くなよ」
きっちり念を押され、その勢いに頷く。