記憶の在処
「・・・なんだ、アイツ」
リュウは憎々しげに後姿を睨みつけて、それからこちらに向き直る。
「大丈夫か?」
聞かれて、複雑な気持ちになって目を逸らす。
なにが大丈夫で、なにが大丈夫じゃないんだろう?
「・・・リュウは、どうしてここに?」
「ああ、あの三人が知らせてくれてさ」
心配そうに顔を覗き込まれて・・・だけど、とっさに顔を背けてしまう。
「ヒカリ?」
「・・・別になにもないわ。本当に話しをしていただけだし。リュウに心配してもらうほどのことじゃない」
なんだろう。リュウの気遣いが苦しい。
リュウはいつでもヒカリのために行動している。
・・・そうだ、きっとヒカリさま呼びの理由をごまかしたのだって、きっと今の私じゃなくてヒカリのためなんじゃないだろうか。
「・・・お前、まさかアイツの言ったこと真に受けたんじゃないよな?」
・・・・・・は?
突然、言われた言葉の意味がわからなかった。
驚いて、見上げると目が合う。
ここに来て、はじめてまともにリュウの顔を見た。
眉間にシワを寄せた顔は、心配しているのか怒っているのか、よくわからないような表情で。
あ・・・。
急になにか頭の奥で光ったような気がした。
「え?」
驚いて、そんな言葉しか口から出なかった。
それをリュウはどう思ったのか。
「だから、アイツが言ったことだよ。・・・今のお前と付き合いたいとか、どっかおかしいだろアイツ」
言われた言葉に冷水を浴びたような気分になった。
頭の先から冷えていく感覚。
「ああいう変なやつらが出てくると思ったから、一人になるなって言ったんだよ。ホント、危なっかしいんだから。気をつけろよ」
なに、それ・・・。
そりゃ、私はヒカリとは違う。
だから、偽者の私が、ヒカリの体で誰かと付き合うなんて出来るはずない。
そんなことはわかってる。
リュウに言われなくたってわかってるのに。
・・・でも、ここにいる私はなんなんだろう。
リュウにとってはヒカリの姿で、だけど違う人間なだけ?
ヒカリのためには気遣うけど、今の私はどうでもいいの?
だから嘘も吐くし、信用もしてくれないの?
ねえ、リュウは・・・。
「今の私のこと、どう思ってる?」
「・・・は?」
突然、脈絡なく言ったから、リュウは本当にぽかんとした顔をして。
だけど、そんなことじゃ、一度口から出てしまった気持ちは止まらなかった。
「だから、リュウは記憶のない今の私のこと、どう思ってるの?」
ちゃんと答えて欲しくて、目を真っ直ぐ見て言う。
なのに。
「・・・どうって、お前はヒカリだろ? 記憶がなくたって変わらない。俺の・・・幼馴染だろ」
少し、目を逸らして言われた言葉。
・・・ああ、やっぱりなって思う。
こんな元のヒカリとはぜんぜん違う、偽者の私でもヒカリに違いないっていうのは。
・・・今の私を見てないってことだ。
リュウにとってヒカリは記憶をなくす前のヒカリだけ。
わかりきっていた答えをはっきりと口に出されて。
やっぱりショックを受けてしまう自分が、すごくみじめに思えた。
「そっか・・・そうよね。なに当たり前のこと聞いてるんだろ、私」
自虐的な気持ちになってうつむく。
「ヒカリ?」
声をかけられて、『ヒカリ』と呼ばれることが、今までになくイラつく。
「リュウ。私、やっぱり今日から一人で帰るから」
「・・・は?」
「そんなに過保護にしてくれなくても大丈夫よ。記憶がなくたって子供じゃないんだから、知らない人にはついていかないし、記憶が戻らないのに勝手に誰かと付き合ったりもしない。ちゃんと弁えてるわ」
「お前、なに言って・・・」
嫌な言い方をしている自覚はある。
こんなこと言っても困らせるだけだってこともわかってる。
けど、止まらなかった。
「だからっ・・・リュウが記憶をなくす前の私のこと、大切にしてくれてるってことはわかってる。でも、だけど・・・いいかげん、今の私のことも、もっと信用してよっ」
言ってるうちに感情が高ぶって涙が出そうになる。
あ~ヤダ。
きっと本当のヒカリだったら、こんなとこで泣いたりしないのに。
思ったら、更に悔しくなって、こらえきれない雫が落ちた。
それを見て、リュウがうろたえているのがわかる。
ああ、困らせちゃったな。
という反省の感情と。
ちょっとくらい困ればいいのよ。
っていう相反する気持ちが混ざる。
「ヒカリ・・・俺は」
リュウは眉間にシワを寄せてなにかを言おうとした。
それは心配しているのか怒っているのか、よくわからないような表情で。
見た瞬間に。
更に涙が溢れて止まらなくなった。
・・・え、なにこれ。
それは、悲しいとか悔しいとか、そんな感情ではなくて。
懐かしいような、嬉しいような・・・胸が温かくなる感覚。
さっきまで自分が抱えていた感情とは真逆のそれに、呆然となる。
涙が止まらない。
リュウも、突然ぼろぼろと泣き出した私にびっくりしたみたいに固まっていて。
「・・・私、先に帰る」
言って、返事も聞かずに階段を駆け下りる。
このままリュウの前にいたら、このわけのわからない感情に飲み込まれそうな気がした。
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キリのいいところまで・・・と、思ったら、ここだけちょっと文字数少なめになっちゃいました(^^;