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ヒカリとキオク  作者: 有沢 諒
きおくそうしつ
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記憶喪失

 本当の自分てなんだろう・・・?




 目を覚ますと、初めに目に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。

 うっすらと四角いマス目が見えて、ぼんやりとその線を目でなぞっていく。

 少し離れたところに、カーテンレールがあって、白い布が下がっていた。

 そのまま目線を下げると、点滴のチューブが下がった器具が見える。


 え? あれ? もしかして、ここって・・・。


「・・・病院?」


 点滴は間違いなく自分につけられていて、そして、自分がベッドに寝ていることも自覚する。


 でも、なんで・・・。


 どうして、病院で寝ているんだろう?


 なんだろう、漠然とした不安が込み上げて、起き上がる。

 すると、頭に鈍い痛みを感じた。


 手で触ると、そこにはしっかりと包帯が巻かれていて。

 つまり自分は頭を怪我して病院に居るのだと理解する。


 でも・・・なんで怪我なんかしたんだろう?


「っ・・・痛っ」


 思い出そうとしたら頭にズキンと痛みが走った。


 それは表面上の痛みじゃなくて、頭の内側から感じるもので。

 思わず頭を抱え込んで呻く。

 

「ヒカリ? 目が覚めたのか?」


 扉を開けて入ってきた人が駆け寄ってくる気配。

 痛む頭を動かさないようにしてちらりと目線を向ける。


 そこに居たのは二十歳くらいの見知らぬ優しそうな男性。

 さらりとした茶色の髪、顔立ちは間違いなくイケメンの部類で、少したれ目なのと目元にほくろがあるのが、どこか色っぽい。


「もしかして、傷が痛む? 今、おじさんたちが医師せんせいの話を聞いているはずだから、呼ぼうか?」


 頭を抑えてなにも言わない自分を気遣って、男性は気遣わしげな表情になった。


「傷はたいしたことないって、言ってたけど・・・」


 男性の手が頭に触れようとしてきて、驚いて身を竦ませる。


「ヒカリ?」


 手を引いた男性から戸惑う視線を向けられた。

 だけど、どうしてこの人が自分を気遣うのかわからない。


 っていうか、今呼ばれたの名前? ヒカリ? それって、私のこと?

 あれ? 私の名前ってなんだっけ?


 頭が痛い。

 顔をしかめて、男性をもう一度見る。

 やっぱり、知らない人だ。


「ごめんなさい。・・・貴方、誰?」

 

 もしかして、人違いなのかと思って訊くと。

 ものすごく驚いた顔をして、彼は目を見開いてこちらを凝視した。


「何を言っているんだ?」


 突然、肩を掴まれて無理やり見上げさせられる。

 真正面から顔を見合わせた。


 っていうか、顔が近い!


 美形でも知らない男性にこんなことをされたら恐怖しか感じない。


「イヤッ」


 思わず叫んで手を払うと、上掛けを頭まで被って潜り込む。

 でも、こんな上掛け一枚で本気で隠れられる訳はないことはわかりきっていて。


 もし、めくられてまた掴まったら・・・。


 恐怖で体が震えた。

 でも、それは杞憂だった。


 男性は少しためらった気配を残して、部屋から出て行った。

 戻ってくる様子がないのを確認して、そろりと顔を出す。


 起き上がったところで、今度はたくさんの人が部屋に近づいてくる気配。

 扉を開けて、カーテンを開けられる。

 カーテンを開けたのは中年の男性と女性。

 そして、その後ろにはさっきの美形と、医師と看護師と見られる男女。


「あの・・・?」


 みんな知らない人ばかりで、心もとなくて恐る恐る見上げると。


「ヒカリ」


 中年の男性が声をかけてくる。

 やっぱりヒカリと呼ばれるけど、なぜみんな自分をそう呼ぶのかわからない。


 だって、私は・・・・・・。

 あれ?

 私の名前って・・・。

 まさか、忘れるなんてそんなことあるわけないのに。


 戸惑って自分を凝視する人たちを見る。


「ヒカリ、冗談でしょう?」


 今度は中年の女性が声をかけてくる。

 でも、やっぱり自分の名前じゃないし、知らない人だ。

 どこかすがるような視線を向けられても、どうしたらいいのかわからない。


「あの・・・誰かと間違えていませんか? 私、ヒカリじゃないです」


 言ったとたんに、みんなの顔色が変わる。

 その変化に逆に驚いて、ぎゅっと上掛けを掴むと。


「いい加減にしなさい!」


 中年の男性が、突然その手を掴んできた。


「きゃあっ。ヤダッ! 離して!」


 本気で怖くて悲鳴をあげる。

 ベッドの上じゃさほど逃げられない、素足のままなのも気にせずに、ベッドから降りて部屋の隅に逃げる。

 点滴の器具が引っ張られて音を立てて倒れるけど、形振り構っていられなかった。


 部屋の壁を背に、警戒していると、中年の男性が呆然とした顔をしてこちらを見ていた。

 いきなり手を掴まれて怖い思いをしたのは自分なのに、なぜか罪悪感が込み上げる。


「皆さん、落ち着いて」


 不意に医師が声を上げた。

 まだ若いその医師は、動揺している面々の中で一人落ち着いた態度で。


「とりあえず、ここは任せてもらえますか?」


 そういって、看護師以外の三人を部屋から追い出した。


「ほら、怪我人はちゃんとベッドに入りなさい」


 言われて、恐る恐るベッドに戻る。

 看護師がなにも言わずに点滴の器具を直していて、少し申し訳なく思った。


「さて、ちょっと質問に答えてもらえるかな?」


 ベッドの横の椅子に腰を落ち着けた医師がこちらを見る。


「はい」


 頷くと、医師は気負った様子もなく、どこか世間話をするように質問をしてきた。


「今日が何月何日かわかる?」

「えっと・・・」


 わからない。

 なんとなく、窓の外の雰囲気とか、着ている服の感じで初夏かなって思うのに、じゃあ5月? 6月? あれ?


「じゃあ、これは何」


 医師が自分の胸ポケットからボールペンを取り出す。


「ペンです」


 すぐに答えると、そうだねと頷いて。


「うんと、じゃ自分の生年月日と歳は?」

「え・・・」


 またわからない。

 なんでわからないんだろう?

 わからないはずがない事だってのはわかるのに。


 そのあとも、いくつか質問されて、徐々に自分がおかしいのだと自覚する。

 わかるものとわからないものがある。

 医師の着ているのが白衣だとか、自分が寝ているのがベッドだとか、ものの名前とかはわかる。

 医師や看護師の仕事が何なのかとかもわかる。


 だけど、自分のことが一切わからなかった。

 名前も年齢も住んでいる場所も、何もかも。

 

医師せんせい・・・私」


 不安と戸惑いで、どうしたらいいかわからない。

 助けを求めて見上げると、医師は少し苦笑を浮かべて。


「大丈夫。君には助けてくれる家族が居るんだから」


 医師はそう言って、看護師に目を向けると、彼女は頷いて部屋を出て行った。


 家族って、さっきの三人のこと・・・?

 見知らぬ中年の男女と青年。

 あの人たちがそうなんだろうか・・・・・・?


 余計に不安が増して顔をしかめると。

 看護師が三人を連れて戻ってきた。

 中年の男性が、居てもたってもいられないといった様子で口を開く。


医師せんせい・・・娘は」

「全生活史健忘・・・いわゆる記憶喪失ですね」


 記憶喪失・・・その言葉に、やっぱりと思いながらショックが隠せない。

 三人も同じなのか、ぐっと口をかみ締める。


「大丈夫、記憶はたいていの場合は徐々に戻りますし、一般的な常識は覚えてますから、基本的に生活に支障はないでしょう」

「そうなんですか?」


 中年の女性が少しほっとした表情になる。


「ええ、ただ自分のことはすべて忘れてしまっているので・・・名前も歳も、自分が何者なのかすべて」


 さらりと言われた言葉にごくりと息を呑む。


「だから、ご家族の協力が必要不可欠です。しっかり支えてあげてください」

「・・・はい。わかりました」


 少し明るくなった女性が頷く横で、男性は顔をしかめて医師を睨むように見た。


「それで、原因は・・・頭を打ったことですか?」


 医師はその視線を受け止めて、少し息を吐くと。


「いえ、それはきっかけに過ぎません。・・・原因は心因性の場合がほとんどです」

「え?」


 思わず驚いて声を上げる。


「なにかしら、強いストレスがあったんだと思います。記憶障害はそれから逃れるために起こることがほとんどですから」


 その言葉に一番ショックを受けたのは、きっと私だった。



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