第三話 模擬戦闘準備
学院長にお近づきの印にエリスのパンツを渡した後、俺たちはまだ学院長の部屋にいた。
「そうか、コウ君はこの学院での戦闘指導教員になりたいと?」
「はい、そうです」
そうなのだ。俺はこの学院で戦闘指導教員になって、午前中は異世界の知識をつけるために生徒達に混じって講義をきき、午後は生徒達をしごき倒すためにこの学院に来たのだ。
誰かさんの学院長に顔が利くとかいうふざけた台詞はさっきの一幕ではっきりと上下関係が呈示されてしまって、全然あてにならない。
ちゃんと自己アピールしないと。はあ。
「ふむ」
学院長は顎に手をあて、俺を観察する。怖え。何、この緊張感。喉がからからする。学院長はひとしきり俺を観察したあと、顎から手を外した。
「しかし、コウ君。君はエルフだろう。魔力が全く無いようだが?」
魔力がない。それはつまり、魔法を一切使えないということだ。そして、エルフは魔法を得意とする種族である。エリス曰く、エルフだけが使える精霊魔法は他の魔法と比べると強力で、エルフならば才能の有無に関わらず誰でも使えるだとか。しかし、肝心の魔力がなければ精霊魔法なんて使えるわけない。
『魔法が使えないエルフ』
この世界での諺みたいなものらしい。意味は何もできない無能の事を揶揄しているのだとか。エルフという種族はその存在においてそれほど魔法の比重が大きい。
今の俺は揶揄しなくても、そのままの意味で魔法が使えないエルフだ。だが、俺には転生者が持つ外れし力がある。
「学院長、俺は外れし力を持っています」
「外れし力!君は転生者かい?」
「そうです」
最初は微妙に感じていた俺の超身体能力は使えば使うほどチートだなと感じ始めていた。これのお陰で塔から落ちて地面に激突しても無傷ですんだのだ。
学院長は顎に手をあて、また思案を始めた。どうやら、俺が転生者なのが意外だったようだ。
「ふむ、エリス」
学院長が横にいるノーパンロリババアの名前を呼んだ。呼ばれたエリスは学院長の横の棚の引き出しに向けていた視線を学院長に向ける。
いい加減、諦めろよ。
「な、なんじゃ」
「コウ君は君のお眼鏡に叶ったのかね」
「あ、ああ。こやつは強い。おそらく、近接戦闘ではわしやお主にも匹敵するだろう」
学院長は驚いたように少し目を見開いた。
「それほどまでか。.....君がそういうのなら事実なのだろう。それほどの実力があるのならば、是非とも戦闘指導教員として迎え入れたいところだ」
おいおい、まじかよ。エリスの押しが効いてる。俺の読みが外れるとは。
「だが、学院を纏めるものとして、教員の実力は把握しておきたい。横に訓練用の闘技場がある。そこで実戦形式の模擬戦闘をやってもらおう。よろしいかな、コウ君?」
やれ、と言われればやるしかない。自信はないが。
俺は頷く。
「はい」
学院長は俺が了承すると、両手をパンと叩き合わせて言った。
「では、さっそく闘技場に行こうか」
「コウ、許さんからな」
いや、どう考えてもお前が悪いだろ。塔によじ登らせて、人の顔面に落ちて来たんだから。
「エリス」
「っ」
「君が悪い」
「.......」
どうやら、エリスに味方はいなかったようだ。
場所は変わって、闘技場。長方形で石造りの建物だ。前の世界で言えば学校の体育館に似ている。普通の体育館よりも二周りは大きい。
中に入ると、下は地面になっていて、白い線が闘技場の地面を五つに仕切っていた。おそらく、一つ一つの白線に囲まれた地面が模擬戦闘で使われる場所なのだろう。
「はっ、はっ、はあ!!」
闘技場は無人というわけではなく、一番遠くの白線に囲まれた場所で剣を振り回している三十代の顎髭を生やした男がいた。顔こわ。黒いベンツに乗ってそうな人だ。
鍛練、だろうか?
夢中になっているようで、闘技場に入ってきた俺たち三人に気づいていない。一心不乱に剣を振り続けている。凄く、それっぽい。
「おーい、アレン!!君に紹介したい子がいるんだ!!」
学院長が大声を上げて、剣を振るおっさんに呼び掛けた。アレンと言うらしい。流石に学院長の声に俺たち三人の存在に気づいたらしく、剣を振り回すのを止めた。
「えっ、は、学院長!?わかりました、すぐにそっちに行きますんで、ちょいとそこで待ってて下さい!」
アレンは持っていた剣を腰に下げていた鞘に刺すと、こっちに小走りでやって来た。
すげえ汗だく。
「し、紹介したい子ってこの子達ですか?」
アレンが学院長の横にいる俺達二人に目を向けた。その目は明らかに何でこんな幼い子どもを?と言っている。
「いや、この子だけだ。コウ君、彼は戦闘指導教長のアレン君だ。言うなれば、君の上司になる。強面だが、根は優しいから、困った事があったら遠慮なく相談するといい」
「よろしくお願いします」
俺は頭を下げる。第一印象というのは大切だ。挨拶はしっかりせねば。
「ちょ、ちょっと待ってください。この子が戦闘指導教員になるって!?まだ、俺の娘と同い年くらいの子供じゃねえですか!」
アレンはいきなりのことで少し混乱しているようだ。確かに、俺ぐらいの見た目の子どもが自分の部下になるって言われたら動揺するわ。俺でもする。
「心配しなくてもいい。実力は確かだ」
「っ!そ、そう言われましても」
「とりあえず、自己紹介をしてやってくれ」
学院長、けっこう強引にいくな。見た目は優しそうだけど、サドっぽいもんな。
「わ、わかりました。戦闘指導教長のアレン・エルラードだ。戦闘指導の他にこの闘技場の管理も行っている」
「コウです」
自己紹介と共にアレンが手を差し出してきたので、握る。握手だ。手でかいな。
「で、こっちの子はなんですかい?」
アレンの視線がエリスの方に行く。静かだな、こいつ。
「彼女も今年から教員として雇うんだよ。君も聞いたことくらいのあるだろう?『竜の娘』だ」
「あ、ああ!『竜の娘』ですか!これはこれは、挨拶が遅れました。アレン、といいます。同じ職場で働く事が出来て光栄です。貴女の事は毎晩母親の枕元で聞かされて育ってきました。まさか、こんな所で出会えるとは」
こいつ、お伽噺になってんのかよ。
「ああ、エリス・フェン・ドラグノートじゃ。よろしく頼む」
エリスも自己紹介をする。エリスにはアレンは手を差し出さなかった。やっぱり、恐れ多いからだろうか。
「ここに来たのは、コウ君の実力を一応拝見してみたかったので、模擬戦闘をやろうと思ったからだ。アレン、場所を一つ借りていいかい?」
「それは別にいいんですが、相手はどうするんで?流石にお二方が相手するわけにはいかないでしょう。俺が相手をしましょうか?」
俺はアレンの鍛え上げられた肉体をみる。腕は木の幹のように太く、胸襟は盛り上がっている。凄い鍛え方だ。相当な強者なのだろう。
相手に不足なし、な感じだ。
「いや、相手はわしがしよう」
「えっ」
思わず声を上げる。何で、エリス?アレンさんでいいじゃん。
「こやつはまだ手加減を知らん。じゃから、わしが相手をする」
「そうか。じゃあ、頼むよエリス。アレン、僕たちは観戦と洒落込もう」
「は、はあ。そうですか」
アレンと学院長の二人が離れていく。俺はエリスに不満の目を向けた。
「どういうことだよ、エリス」
「どうもこうもない。わしがお主の力を測ってやる。全力でこい、コウ」
その目は真剣そのものだ。どうやら、ガチでやるらしい。
「わかった、やってやるよ」
異世界での本格的な初戦闘だ。真面目にやろう。