第三話 救いの手はロリババア
「な、何者?」
俺の言葉に目の前の幼女は機嫌を悪くしたのか鼻を鳴らし、地面にどかっと座った。
「なんじゃあ、助けてもらったのに礼も言えんのか?それに、相手の素性を聞く前にお前が名乗るのが当然じゃろう」
うわ、気が強そうな幼女だ。それに、しゃべり方も少し変だ。まあ、でも目の前の幼女のいう通りだ。失礼があったのはこっちだろう。なんたって命の恩人である。幼女であろうと礼儀は尽くさなければならない。
「わ、悪い。助けてくれてありがとうございます。えーと、名前は」
ここでちょっと詰まる。そういや、名前決めてないよ名前。こっちじゃ幼女だし、昨日までの男の名前を使うのもちょっと変だ。自分の名前をちょっと文字って女の子らしいのを適当に言おう。
「えーと」
「なんじゃ、じれったいのう」
急かないで。うーん、コウタロウだからコウでいいか。
「......コ、コウです」
「ふむ、コウか。精霊名は?」
なんだ精霊名って。聞いたこと無いぞ。言葉に詰まる俺に目の前の幼女は意外そうな顔をした。
「なんじゃお主、エルフのくせに精霊名を持っておらんのか。......いや、精霊名は精霊から直接預かる名のはずじゃ。精霊名を持っておらんエルフなどおらん。何か訳あって隠しておるのか?」
いえ、違いますね。知らないだけですね。....どうしようか。隠してるって嘘をつくか、それとも精霊名とか知りませーんって本当の事を言うか。別に隠す必要もないし、言った方がいいな。うん、それがいい。
「いえ、隠してません。そもそも精霊名って何ですか?」
俺の言葉に目の前の幼女は珍獣でも発見したかのような顔をした。
「お、お主。本当に精霊名を持っておらんのか!?.....こんな場所にエルフの幼子がいることといい、もしやお主ーー」
ふと、目の前の幼女の言葉が止まる。そして、なぜか俺の方に向いていた視線が外れ、俺よりも少し上の方に向けられた。
次の瞬間、あっけにとられたような顔が必死の形相に変わる。
「避けろっ!!!」
「えっ?」
直後、衝撃が俺の体を襲い、俺は吹っ飛んだ。
目の前でエルフの幼子が吹っ飛ばされた。どれ程に威力で吹っ飛ばされたのか森の木々を勢いよく薙ぎ倒していく轟音が耳に入った。
生きているだろうか?いや、死んでいるだろう。生来、強靭な竜の因子を持つ自分とは違い、あれはただのエルフの幼子なのだから。
「.....わしが殺したのか」
目の前で麻痺から立ち直り悠々と立ち上がる血染め熊を見る。いや、違う。これは血染め熊ではなく鮮血熊だ。血染め熊の上位個体。
「グルルルルル」
生意気にも自分を威嚇してくる、目の前の熊。その背は先程とは違い真っ赤に毛が変色している。自分が見間違える筈がない。確かに先程までは目の前の鮮血熊は下位個体の血染め熊だったはずだ。だからこそ、《麻痺の衝撃》が効いたのだから。
「麻痺中に上位個体に変化したのか」
それしか考えられない。普通はあり得ない。下位個体が上位個体に変化することなど、そうそう無いはずだ。だが、それが起きてしまった。そして、そのせいでエルフの幼子を死なせてしまった。
血染め熊なら《麻痺の衝撃》で一時間は麻痺していた筈だ。そう高をくくっていたせいでエルフの幼子を死なせた。それは自分のせいだ。
麻痺中に上位個体へ変化することなどないと油断していた自分のせいだ。
「.....くそっ、くそっ、くそっ」
A級の魔物『鮮血熊』。目につく生物全てに襲いかかり、捕食する危険生物。体長は三メートルから五メートル。非常に狂暴で、注意すべき点は両手の爪。非常に鋭く、強靭な爪は魔法の強化を施された鎧を容易く切り裂き、毎年多くの冒険者が犠牲になっている。その狂暴性から、A級にも関わらず発見されればすぐに組合で緊急依頼として貼り出されるほど。
非常に危険な魔物だ。だが、A級。所詮、A級だ。
竜の血を引く自分がその程度の魔物に遅れをとったというのか!?
「許さぬ。消し炭にしてくれる」
「グオオオオオオオ!!」
鮮血熊の咆哮が響き渡る。自分がこの森で頂点だとでもいうような態度。所詮は井の中の蛙だ。この世界での絶対的な捕食者はーー竜に他ならない。
「餌が」
手のひらを吠える鮮血熊に向ける。顕現させるは竜の吐息。万物を滅却する炎竜の吐息だ。本来ならばこの程度の魔物に向けるには惜しい。だが、消し炭にすると決めた以上、全身全霊を以て消し炭にする。
「ガアアアア!!」
鮮血熊が腕を振り上げる。攻撃の動作だ。だが、遅すぎる。吐息を放つ方が遥かに速い。
「消えろ」
ドンッ!!!
だが、吐息を放とうとするその瞬間、側方から轟音が鳴り響いた。咄嗟に吐息を中断して、音がした方向に目を向けた。その方向は確かエルフの幼子が吹き飛んでいった方向だった。
次の瞬間、小さな物体が飛び出してきた。
「なっ!?」
人のそれを遥かに越える動体視力がその物体の詳細をはっきりと捉えた。目の覚めるような金髪に、エルフ特有の長い耳。それ確かに先程吹っ飛ばされた筈のエルフの幼子だった。
「死っねええええええ!!っの、くそ熊があああああああ!!!」
凡そ、気位が高く穏やかなエルフのものとは思えない荒々しい絶叫と共に、その小さな拳は鮮血熊に向かって降り下ろされた。
ドゴン!!
肉を打つ鈍い音と同時に激しい衝撃波が生じ、思わず手で顔を覆う。衝撃波が止んで、覆った手を払いのける。
回復した視界が映ったのは信じられない光景だった。
「う、嘘じゃろ?」
先程までは悠々とうなり声を上げていた鮮血熊。だが、一体何が起きたというのかその巨体を地面にのめり込ませ、ただの肉塊に成り下がっていた。さらには、鮮血熊を中心にして大きく地面が陥没し、亀裂が走っていた。
一体どれ程の威力の拳を放ったというのか。
それを成したと思われるエルフの幼子に目を向ける。エルフの幼子は調度宙から鮮血熊の死体の上に降り立つ所だった。
その表情はまるで信じられないとでもいうかのように驚きの表情を示していた。一体、自分でも何が起こったのかわからないと言った感じだった。
視線に気づいたのか、エルフの幼子はばつの悪そうな顔を此方に向けた。
「か、火事場の馬鹿力っていうやつかな。ははは」
何をいっとるんじゃ、こいつ。